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ついに公開! ディープな世界「御内原」とは? 首里城(1)

ついに公開! ディープな世界「御内原」とは? 首里城(1)

東のアザナから見下ろす御内原(おうちばら)。国王の生活空間が見られるようになった

「私が知っている首里城とは、まるで違うグスクのよう」。今回、首里城を訪れたいちばんの感想だ。2019年2月1日から、「御内原(おうちばら)エリア」などが公開され、ベールに包まれていた首里城の知られざる世界に足を踏み入れられるようになった。

これまでとまったく違う印象を受けたのは、公開された御内原が、今まで目にしていた首里城とは違う神秘的な空間だったからだ。そして、東(あがり)のアザナに立ち違う角度からグスク内を見渡せるようになったことで、改めて首里城の広大さと荘厳さを実感でき、感激した。

ついに公開! ディープな世界「御内原」とは? 首里城(1)

正殿を境にして東側にある後之御庭(くしのうなー)。右が国王一族の食事を準備した寄満、正面は王女が居住し国王死後は次期国王が即位の儀式に使用した世誇殿

首里城は琉球国王が居城とし、琉球王国の政治・外交・文化の中心地として栄華を誇ったグスクだ。4.7ヘクタールのうち3.6ヘクタールが首里城公園となっている。「西のアザナと西城郭エリア」「京の内エリア」「御庭エリア」「御内原エリア」「継世門・美福門エリア」などいくつかのエリアから構成されるが、その役割から、京の内などの「祭祀(さいし)空間」、正殿や御庭などを中心とした「行政空間」、国王とその家族、女官たちが生活した御内原という「生活・儀礼空間」の3区域に分けられる。

その構造と配置は、本土の御殿と似ている。たとえば江戸城の本丸御殿では、将軍が大名と謁見したり政務を行ったりする公的な区域は「表」、将軍のプライベートな空間や奥方の住まいなどの私的な区域は「中奥」および「大奥」と分類される。同じように、首里城にも公的な「表」の世界と私的な「奥」の世界があった。首里城にはグスク特有の祭祀の空間もあるが、政治や行政を司る正殿などを「表」の世界とするなら、御内原は生活や儀礼を行う「奥」の世界だ。三つの区域は西から「祭祀空間」「行政空間」「生活・儀礼空間」の順に並んでいた。

これまで首里城では「祭祀空間」と「行政空間」を中心に公開されていた。観光のメインスポットは行政空間の中心である正殿で、観光客が目にできるのは表の世界だけだった。正殿の奥がどうなっているのか気になってはいたものの、それを知ることはできなかったのだ。「まさかこんな世界が広がっていたとは!」と驚き、未知との遭遇に胸が高鳴った。

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南殿から見る、御庭と正殿

御内原は、淑順門(しゅくじゅんもん)、黄金御殿(くがにうどぅん)・寄満(ゆいんち)、奥書院、二階御殿(にーけーうどぅん)、女官居室、寝廟殿(しんびょうでん)、東のアザナ、美福門、継世門、世誇殿(よほこりでん)、白銀門(はくぎんもん)などから構成される。国王一家とそこに仕える女官たちが暮らした生活と儀礼の空間で、役人はもちろん、国王一家や親族以外は男子禁制が原則。違反した者は厳しく罰せられたという。

淑順門が御内原の表門で、すぐ脇には女官たちが生活した女官居室があった。継世門は通用門だったが、国王が亡くなると城外に住む世継ぎの王子はここから城内に入ったという。次期国王の即位の礼が行われたのが、後之御庭をはさんで正殿の対面にある世誇殿。世界遺産の園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)や城内の首里森御嶽(すいむいうたき)と同様に石造りの屋根が乗る珍しい形式の白銀門は、国王専用と考えられる特別な門で、門を抜けた先にある寝廟殿は、国王の霊柩(れいきゅう)を安置する神聖な場だったという。

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淑順門。御内原への表門で、かやぶきの櫓(やぐら)門形式

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白銀門。国王だけが出入りできた、寝廟殿へと通じる正門。古写真を手がかりに石組を忠実に復元してある

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寝廟殿。建物は詳しくわかっていないため、輪郭を平面表示してある

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寝廟殿は神聖化された場所であるため、一面にサンゴが敷き詰めてある

国王の日常の居室や寝室があったのが、二階御殿(にーけーうどぅん)だ。2階建ての細長い建物で、2階は黄金御殿とつながり、さらに黄金御殿は正殿とつながるL字型のおもしろい構造をしている。正殿前の御庭(うなー)から見ると、黄金御殿に隣接する近習詰所が渡り廊下のように正殿に接続しているのがわかる。国王や王妃、王母の居室があった黄金御殿は、どうやら御内原の中心となる建物だったようだ。近習詰所との間に鈴引きの間と呼ばれる部屋があり、縄の先につけられた鈴で表と奥の取り次ぎを行っていたとされる。この建物内を通って琉球国王が正殿へと向かったのだと想像し、悠久の歴史に思いをはせた。

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御庭から見た、正殿(左)と南殿(右)。間に見える近習詰所は、黄金御殿と奥書院を結びつけている

もっとも印象的だったのは、やはり東のアザナからの眺望だ。アザナとは物見台のことで、首里城の内郭(中心部)は東のアザナと西(いり)のアザナが東西の両端に置かれ、その間にさまざまな建物が配置されている。西のアザナや漏刻門と同じく、城下に時を知らせる役割もあったという。

首里城は標高120〜130メートルの丘陵にあり、東のアザナは首里城内の最高所にある。首里城内を歩いているだけではなかなか高低差に気づけないが、ここに立てばこんなに高いところに築かれていたのかと驚くはずだ。感激したのは、東のアザナから四方を遠くまで見渡せること。首里や那覇方面の向こうには東シナ海が広がり、西には慶良間諸島、東には晴れていれば久高島まで見える。東西南北に物見台を置かなくても、この場所さえ押さえておけばどの方角もしっかりと監視できる。さすがは国王のグスクとうならせられる。

東のアザナから見渡すグスク内の景色も、とてもよい。姫路城など本土の城はもっとも標高が高いところに本丸を置いて天守を建てるが、首里城は城域の中央に正殿を置く。そのため、東のアザナからは御内原はもちろん首里城の中心部を見下ろせるのだ。ここから見下ろす首里城は、旧友の新たな一面を知ったときのような新鮮さがある。本来の奥行きがよくわかり、首里城がより立体的に、より壮大に見えてくる。

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東のアザナからの景観

日中に景色を堪能するのもいいが、夕暮れ時もまた美しい。沖縄の太陽に照らされてキラキラ輝く白い城壁も魅力的だが、夕日に照らされた城壁は妖艶(ようえん)で、エキゾチックな雰囲気に包まれる御内原も素敵なのだ。城壁に用いられている琉球石灰岩は空気にさらされると変色する性質があるため、サンゴのように真っ白な壁面を永遠に見られるわけではない。ぜひ近々、訪れて見てはいかがだろう。

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御内原の城壁。琉球石灰岩を積み上げた白壁が美しい

(つづく。次回は3月11日に掲載予定です)

#交通・問い合わせ・参考サイト
■首里城
ゆいレール「首里」駅から徒歩約15分で守礼門
http://oki-park.jp/shurijo/(首里城公園管理センター)

PROFILE

萩原さちこ

小学2年生のとき城に魅了される。執筆業を中心に、メディア・イベント出演、講演、講座などをこなす。著書に『わくわく城めぐり』(山と渓谷社)、『戦国大名の城を読む』(SB新書)、『日本100名城めぐりの旅』(学研プラス)、『お城へ行こう!』(岩波ジュニア新書)、『図説・戦う城の科学』(サイエンス・アイ新書)など。webや雑誌の連載多数。

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