永瀬正敏フォトグラフィック・ワークス 記憶

映画は思いを集めた銀河系 永瀬正敏さんインタビュー(1) 新連載開始を前に

国際的に活躍する俳優で写真家でもある、永瀬正敏さんの新連載「永瀬正敏フォトグラフィック・ワークス 記憶」が3月から始まります。永瀬さんが各地を訪れて撮りためてきた写真作品をピックアップし、エピソードや思いとともに紹介するコラムです。連載開始を前に永瀬さんが語ってくれた俳優や写真家としての近況や思いを、3回にわたってお届けします。(聞き手:&TRAVEL副編集長・星野学)

――公開中の映画「赤い雪」を拝見しました。幼い時に弟が失踪した漆職人・白川一希を演じておられます。死人のような雰囲気で登場し、記憶が戻って真実を知ることで、生きて絶望の淵に沈む表情になる。物語のはじまりと終わりでまったく違うたたずまいです。

「そう言ってくださると、すごくうれしいですね。甲斐さやか監督の脚本を読ませていただいて驚き、出演を決めたのですが、お会いしたら小柄なにこにこしておられる女性で、え?この人がこんな本書くの?とまた驚いて。実際にお話をうかがっていると、監督は振り幅が大きいというよりは深い方で。僕が変に役作りをするよりも、まっさらで現場に行って、監督に委ねて役をつくっていければ、ずっとおもしろい一希になるんじゃないかと思いました」

――希望のかけらもない作品です。被害者の兄と容疑者の娘が出会ったら、という重いテーマで。登場人物それぞれが抱える絶望が絡み合う。

「起承転結のはっきりした映画も嫌いじゃないですけれど、『赤い雪』は、自宅まで持って帰っていただける映画だと思います。誰かと喫茶店に寄って『どう思った?』って話したくなる作品、見ていただいた方の心の中で進化していく作品だと思っています」

映画は思いを集めた銀河系 永瀬正敏さんインタビュー(1) 新連載開始を前に

――弟をさらった容疑者の娘で、菜葉菜さんが演じる江藤早百合と一緒に小舟に乗るラストシーンが印象的でした。

「脚本を読んで唯一わからなかったのが、あそこで早百合を舟に乗せること。『どういう気持ちで乗せるのかわからない』と監督にずっと言っていて、『答えはもらわなくていいです。とりあえずその場に立たせてください。もしかしたら、脚本に反して乗せないかもしれないですよ』と話していました。でも、本番でふっと見た菜葉菜さんの表情やたたずまい、風に揺れる服を見て、乗せられる、と。一希の中で何か決心がついたというか」

――「映画は監督のもの」とよくおっしゃっていますね。

「僕は意識としては、『俳優部』の1人なんです。映画を作る仲間の1人。撮影部さん、照明部さん、録音部さんといっぱいあって、それを束ねる人が監督です。監督の思いを皆で表現し、それをお客さんにどう見ていただくか。映画や芸術は、究極的にはお客さんのものだと思いますが、監督さんがいてこその映画だと思います」

――そうは言っても、個々の俳優さんが存在しなければ、映画は成立しませんよね。

「現場にいる誰が欠けてもその作品は成立しないですね。同じ脚本でも監督が違えば全然違う作品になりますし、役者が違ってもしかりです。そこもおもしろいですよね。僕は若いころ、自分が演じるだけで精いっぱいだったんです。でも、どこかのタイミングで、一歩引いて見られたというか。自分のことだけでめいっぱいのうちは、自分の中だけの宇宙を現場に持っていくんですが、経験を重ねるうちに、共演の方によって自分の演技も変わることに気づいたし、カメラマンや監督や照明さんや、いろんな方の宇宙が集まって銀河系みたいになるのが楽しいと思うようになったんです」

映画は思いを集めた銀河系 永瀬正敏さんインタビュー(1) 新連載開始を前に

――ご自分で監督をされるお考えは?

「うーん、僕にその才能はないですね。僕を育ててくれたのは(デビュー作『ションベン・ライダー』の)相米慎二監督でした。彼がよく言っていました。『俺の新作が出たら見ろよ。見たら400字詰め原稿用紙10枚分感想を書け』って。全然書いたことはなかったですが、時々相米さんに『あの映画のあの場面は』と話したり聞いたりすると、とてつもない言葉が返ってくる。それがないと映画監督にはなれないんだろうなと思います。脚本をそのまま撮ることはできるかもしれないけれど、監督ってそれだけじゃないですよね」

「あと、いい脚本があれば、僕は出演する方に回りたい。出ながら撮る才能はないです。北野武さんなどはその才能をお持ちですけれど。僕は監督になったら、絶対自分に点が甘くなると思う(笑)。共演の俳優さんにも甘くなっちゃうかな。『俳優はこの待ち時間がつらいんだよね。今撮ってほしいよね』みたいなこともわかってしまうから。でも、撮影の段取りをするスタッフの方々の気持ちもわかるし、自分の中がぐちゃぐちゃになってしまいそう」

――役者さんはいろんなことを考えながら映画に向き合っているんですね。

「僕も50代になりましたが、40代のころからかな、僕より下の世代の俳優さんの顔を見ると、わかるようになったんです。今監督のOKが出てみんな移動し始めたけど、本当はもう1回やりたいんだよね、というのが。彼らは若いし、みんな次のカットの準備を始めているから言いたくても言えない。で、『もう1回やりたいんだろ?』ってこっそり聞くと、『はい……』って言うから、「じゃ、俺が言ってくるよ」って監督のところに行って、「すいません、今のところ、もう1回やらせてもらえないでしょうか……」って。それができるようになってから、映画へのかかわり方、お芝居への思いが変わってきました。

映画は思いを集めた銀河系 永瀬正敏さんインタビュー(1) 新連載開始を前に

――つい最近まで、イランに映画の撮影にお出かけでしたね。

「おととし、東京国際映画祭の審査委員をやらせていただいたとき、イランの監督さんもいらしていて、通訳兼コーディネーターの方を介して知り合いました。いつか仕事をしたいです、と言っていただいたら、こんなに早く形になったんです。内容はまだ発表できないのですが」

――若い頃からジム・ジャームッシュ監督の映画「ミステリー・トレイン」など、国境を越えて映画に出演してこられました。日本に拠点を置きつつ、外国の映画にもどんどん出るのは?

「ジャームッシュに言われたんですよ。彼と『ミステリー・トレイン』で一緒に仕事をしたのが1988年、公開が89年で、その後ジムと『ミステリー・トレイン』のプロデューサーさんが、ニューヨークに僕を呼んでくれたんです。4カ月ほどプロデューサーさんの家に居候している間に、ジムが自分の友達の映画監督や俳優さん、カメラマンさん、いろんな人を紹介してくれました。その中でジムが、「僕はこちらのエージェントをいくらでも紹介できるけど、永瀬には日本をベースにやって欲しい」と言われたんです。当時はまだ、日本人の役がある映画がものすごく少なく、アジア人の役自体が少なくて、あったとしても、日本人でも中国人でも韓国人でもいい、という役で。それを待っている時間がもったいないと。「日本の映画はすばらしい。日本でちゃんと映画に出ろ。そうすればまた海外から声は必ずかかるから、その時の心の準備だけしておけ」と。ジムは小津(安二郎監督)さんが大好きです。その頃は、海外の人のほうが日本映画をちゃんと評価してくれていた印象があります」(第2回に続きます)

映画は思いを集めた銀河系 永瀬正敏さんインタビュー(1) 新連載開始を前に

撮影:葛西亜理沙 スタイリスト:渡辺康裕(W) 衣装協力:YOHJI YAMAMOTO ヘアメイク:遠山美和子

PROFILE

永瀬正敏

1966年宮崎県生まれ。1983年、映画「ションベン・ライダー」(相米慎二監督)でデビュー。ジム・ジャームッシュ監督「ミステリー・トレイン」(89年)、山田洋次監督「息子」(91年)など国内外の約100本の作品に出演し、数々の賞を受賞。カンヌ映画祭では、河瀬直美監督「あん」(2015年)、ジム・ジャームッシュ監督「パターソン」(16年)、河瀬直美監督「光」(17年)と、出演作が3年連続で出品された。近年の出演作に石井岳龍監督「パンク侍、斬られて候」、公開中の甲斐さやか監督「赤い雪」など。写真家としても多くの個展を開き、20年以上のキャリアを持つ。2018年、芸術選奨・文部科学大臣賞を受賞。

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写真家を演じると、自分では撮れない写真が撮れる 永瀬正敏さんインタビュー(2) 新連載開始を前に

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