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再び「12万円で世界を歩く」ヒマラヤ編5

『12万円で世界を歩く』(朝日新聞社)は30年前に刊行された。内容は総費用12万円でどこまで行って帰ってくることができるか……。そのなかでネパール、ヒマラヤ中部にあるアンナプルナのトレッキングに挑んでいた。そのコースを、再び歩く旅も5回目。最終回になる。

【前回「ヒマラヤ編4」はこちら】

30年前の到達点より少しでも高い地点まで登る。なんとかその目的を達成し、後は下山。長く、揺れるつり橋、ニューブリッジを再び渡り、登山口へ。そこからは四輪駆動車やバスでポカラに。さらにそこからカトマンズをめざす。祭りの雑踏に、下界へおりてきたことを教えられる。

今回の旅のデータ

再び「12万円で世界を歩く」ヒマラヤ編5

登山口までの往路を四輪駆動車できたトレッカーの多くは、ポカラまでの復路用の車を事前に手配しておくようだ。しかし僕らのように復路用の車を事前手配しなかった場合は、下山時、登山口に午後になって着くと、ナヤプルやポカラまでの足の確保に苦労する。

四輪駆動車は何台も待機しているが、どれも予約車。この時点でポカラから新たに登山口まで四輪駆動車にあがってもらうとかなり割高。予約車に空きがあれば乗れるかもしれないが。

安全な方法は、午前中に登山口に着くこと。トレッキング客を乗せてきた車が、しばらく待っている。ポカラ行きのバスもやってくる。なんとかナヤプルまでおりてしまえば、夕方になってもポカラまでの足は確保できる。

ポカラには宿は多い。とくに予約なしでも部屋はある感じだった。僕らは1泊750ルピー、約750円の宿にした。シャワーはちゃんと湯が出た。

長編動画

カトマンズに戻った。ツーリストエリアであるタメルの安宿に向かうと、とんでもない雑踏。ヒンドゥー教のお祝い、ディーワーリーのただなかに放り込まれる。

短編動画

ポカラからカトマンズへは乗り合いバンで。途中のドライブインで昼食。残金が気になって天ぷら1個。

ニューブリッジからタイ・バンコクへ「旅のフォト物語」

Scene01

再び「12万円で世界を歩く」ヒマラヤ編5

チョムロンの村から下山。恐怖のつり橋のニューブリッジを渡ると、石積みの坂道が消える。山を巻くようにつくられた土の道になる。足への負担も減り、高低差も少ないのだが、疲れが足にきてます。なんとか登山口まで、バテることもなく着きたい。そんな思いで歩いている。優しいまな差しでこの写真、見てください。

Scene02

再び「12万円で世界を歩く」ヒマラヤ編5

つり橋を渡り終えた頃から気が抜けたのかペースダウン。途中、荷揚げの青年と話し込んでしまった。試しに彼の荷物を背負ってみようと思ったが、もちあげることもできなかった。60キロというのはハンパじゃない。彼は今日、この荷物をチョムロンの山小屋まで運ぶ。時間をとらせてごめんなさい。

Scene03

再び「12万円で世界を歩く」ヒマラヤ編5

登山口に着いた。正面に見える小屋は四輪駆動車のチケットカウンター。ここで呼んでもらうシステムらしいが、スタッフは仕事放棄。というのも、トレッカーの大多数が帰りの車を予約して山に入るか、山小屋から運転手に直接、到着時間を伝えるからだ。たまに僕らのような客がくだってきても……。

Scene04

再び「12万円で世界を歩く」ヒマラヤ編5

僕ら同様、車の予約なしトレッカーがもうひとり、登山口に着いた。ネパール人の若者だった。彼に聞くと、午後はもうポカラ行きのバスはないという。このコースに慣れている様子で、20台近い四輪駆動車のなかから予約なし車を探してくれた。助かった。ナヤプルまで1000ルピー、約1000円。乗るしかなかった。

Scene05

再び「12万円で世界を歩く」ヒマラヤ編5

四輪駆動車はナヤプルの手前のオフィスに停車。トレッキング登録証を見せ、「下山」というと急に険悪な空気に。「どうして半券があるんですか」。登る前にここに寄り、半券を切ってもらう手順だったらしい。原因は行きで乗ったバス。地元の人しか乗せないバスは、このオフィスをパスしたのだ。こんなことでいいのか。職員は渋々通過させてくれた。

Scene06

再び「12万円で世界を歩く」ヒマラヤ編5

四輪駆動車の運転手は、「あと1000ルピーでポカラまで行くよ」と誘ってきたが断った。この旅は『12万円で世界を歩く』をなぞる旅。節約が筋。乗り物はバスが基本だ。日が落ち、寒さが忍び寄るなか、待ち続ける。やってきたバスは混んでいたが乗せてくれた。ポカラまで200ルピー、約200円。やはり安い。

Scene07

再び「12万円で世界を歩く」ヒマラヤ編5

ポカラのレイクサイドというツーリストエリアへ。1泊750円ほどの宿でシャワーを浴び、モモというネパール風水餃子とビールで乾杯。ここに来て、トレッカーたちはレイクサイドの旅行会社で四輪駆動車や山小屋を予約して山に入るというシステムをはじめて知った。最初にここにきていたら……出費はかなり増えた?

Scene08

再び「12万円で世界を歩く」ヒマラヤ編5

レイクサイドは中国語が目立つ。「今日のメニュー」は漢字だけというレストランも少なくない。ここは中国人向け商店。これも時代ですなぁ。街を歩いていても、日本人にはまったく会わなかった。「どうして日本人はこないの?」。チョムロンで会ったガイドの言葉を思い出していた。

Scene09

再び「12万円で世界を歩く」ヒマラヤ編5

翌朝、乗り合いバンでカトマンズに向かう。途中の街で、こういう物売りに出会うと、山をおりてきたんだなぁ、と実感してしまう。荷物は背負うものではなく、頭に載せるものに変わっていく。それにしても、このジャガイモ、大きくない? ネパールの土と気候のなかで育つとこうなる?

Scene10

再び「12万円で世界を歩く」ヒマラヤ編5

乗り合いバンはしだいにカトマンズに近づいてきた。正面に見えるのが、目玉寺とも呼ばれるスワヤンブナート。ネパール最古の仏教寺院とされる。そしてその向こうには、雪をかぶった山並み。ここでヒマラヤも見納め? そんな感傷を笑うかのように、バンはカトマンズ盆地の汚れた空気のなかに突入していった。

Scene11

再び「12万円で世界を歩く」ヒマラヤ編5

カトマンズのタメル。30年前も、トレッキングを終えて、この街に泊まった。登山用具店やゲストハウスが並ぶ一帯だったが、いつの間にか商店街に。2015年のネパール地震の爪痕もほとんどない。そして今日はディーワーリーというヒンドゥー教の祝いの日。で、路上で根気のいる石並べ模様づくり?

Scene12

再び「12万円で世界を歩く」ヒマラヤ編5

奥に見えるのがタメルにあるタレジュ寺院。近くに「生き神」として選ばれるクマリという少女がいるクマリの館も。クマリはタレジュ女神の生まれ変わりとされる。しかし周囲はディーワーリー。このとき、買い物をすると縁起がいいといわれ、街全体がバーゲン状態。この期間にかけるネパール商人の意気込みはすごいです。そのエネルギーに圧倒され、僕は何度も道を見失った。

Scene13

再び「12万円で世界を歩く」ヒマラヤ編5

タメルでは1泊800ルピー、約800円の宿。街はずれで店も少なく、やっとこの店でビールを買うことができた。中心街は大騒ぎだというのに、どこ吹く風。ひっそりと雑貨屋を深夜まで開ける親子? いい人でした。最近、こういう店を見つけることがうまくなった気がする。

Scene14

再び「12万円で世界を歩く」ヒマラヤ編5

深夜のカトマンズ。道端にはゴミが山のように積まれ、その脇に、騒ぎに疲れたような犬が寝そべっていた。眉間にはティカと呼ばれる赤い印を塗られていた。神に祈るときの儀式なのだが、犬にしたらいい迷惑? これを見たカトマンズの若者は、目を輝かせていましたが。

Scene15

再び「12万円で世界を歩く」ヒマラヤ編5

片道1万8726円。いちばん安かったネパール航空でバンコクへ。空港の自販機で電車の切符を買いながら、もう日本に戻ったような気分になった。バンコクから東京までは片道2万1964円。タイ・エアアジアというLCC。今回の総費用は11万5938円。なんとか12万円で賄うことができた。

※取材期間:2018年11月5日~7日
※価格等はすべて取材時のものです。

【次号予告】次回からバスでアメリカ大陸一周の旅がはじまる。

PROFILE

下川裕治

1954年生まれ。「12万円で世界を歩く」(朝日新聞社)でデビュー。おもにアジア、沖縄をフィールドに著書多数。近著に「『裏国境』突破 東南アジア一周大作戦」(新潮社)、「僕はこんな旅しかできない」(キョーハンブックス)、「一両列車のゆるり旅」(双葉社)など。「週末アジアでちょっと幸せ」(朝日新聞出版)に続く、週末シリーズも好評。最新刊は、「週末ちょっとディープなベトナム旅」(朝日新聞出版)。

フォトグラファー

阿部稔哉(あべ・としや)
1965年岩手県生まれ。「週刊朝日」嘱託カメラマンを経てフリーランス。旅、人物、料理、など雑誌、新聞、広告等で幅広く活動中。最近は自らの頭皮で育毛剤を臨床試験中。

再び「12万円で世界を歩く」ヒマラヤ編4

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