あの街の素顔

「ちゃんちゃらおかし」 女装して勇み踊る大瀬まつり 静岡県沼津市

天下の奇祭・大瀬まつり

おだやかな早朝の内浦漁港

おだやかな早朝の内浦漁港

毎年4月4日、天下の奇祭と名乗りを上げて大漁を祝う「大瀬(おせ)まつり」が行われる。場所は静岡県沼津市、駿河湾へぴよっととびだす大瀬崎だ。出発は早朝の内浦漁港から。2018年のまつりを訪ねた。

「ちゃんちゃらおかし」 女装して勇み踊る大瀬まつり 静岡県沼津市

静浦、内浦、西浦など近隣地区の青年団や漁師、水産関係者、町役場の若い男衆たちが女物の長じゅばんを着て顔を白く塗り、女装する。独特の囃子(はやし)詞で調子をとって「踊り船」に乗り込み、海路から大瀬崎にある大瀬神社を目指すのだ。神社に祭られている海の守護神「引手力命(ひきてちからのみこと)」は男神。女装することで神を喜ばせ、海を鎮める狙いがあったという。

漁協の一室に詰めかけて、祭りの支度をする若い衆

漁協の一室に詰めかけて、祭りの支度をする若い衆

赤いくちびるは女装のシンボル

赤いくちびるは女装のシンボル

支度を終えた男たちが出てきた。赤やピンクの長じゅばんを着て、白塗りの化粧を施し、おかめやひょっとこの面をかぶる。両手には扇子を持ち、気恥ずかしそうにうつむいていたが、ふうとため息をついてから大きく息を吸った。

思い思いの気持ちがうかがえる表情で出てきた

思い思いの気持ちがうかがえる表情で出てきた

「ちゃんちゃらおかし! ちゃらおかし!」

すると男たちがそろえるように声を上げ始めた。

ちゃんちゃらおかし、ちゃらおかし。
あのこのしゃっつら、まだおかし。

この一節を何度も繰り返す。これが「勇み踊り」のかけ声だ。女装する気恥ずかしさをお互いにちゃかし合い、あとから節がついたといわれている。

この祭りの起源は不明だが、少なくとも明治20年代から続いているらしい。かつては「馬鹿おどり」「馬鹿囃子(はやし)」と呼ばれていたが、昭憲皇太后(明治天皇の皇后)がこの踊りをご覧になったことから、名を変えて「勇み踊り」と呼ばれるようになったそうな。

戦後には漁業の衰退とともに廃れていったが、1980年代の半ばごろに内浦漁港が整備されると観光の目玉として注目され、いまもじわじわと人気を高めている。

運が良ければ富士山も。踊り船を追う

紅白幕と杉の葉で飾られた踊り船

紅白幕と杉の葉で飾られた踊り船

踊り船を飾るのは紅白の垂れ幕に、杉の葉だ。杉の葉には古くから魔よけの効果があるといわれている。また、季節の桜を飾ることもあるとのこと。空には大漁旗がたなびき、とにかく派手に船を飾る。

出航は8時頃。踊り船は港内を3周してから湾に出る。これは、港に入ってきた魚たちと同じ動きだといわれている。そして大瀬神社を目指す。

たくさんの観光客に見送られる

たくさんの観光客に見送られる

内浦漁港に残された観光客は同時開催の内浦漁港祭を楽しむこともできる。しかし、大瀬まつりを楽しみに来たのなら、ぜひ客船に乗って祭り船を追いかけて欲しい。大瀬まつりはお酒や料理をいただき、踊りを楽しむ客船がつくのも昔からの風習なのだ。といっても、屋形船のようなものではなく普通の漁船。飲食を楽しみたければ、自分で面倒の見られる範囲で用意する必要はある。船は事前に予約する有料船や、少し離れた千鳥海館発の無料船(先着100名)もあるので、ぜひ海路で船を追いかけて欲しい。

客船で踊り船を追いかける。意外と速い

客船で踊り船を追いかける。意外と速い

運が良ければ海上で祭り船と富士山のコントラストが楽しめるだろう。
わたしが同船したときはかすみが多く、富士山はハッキリとしなかったけれど、水平線があいまいで幻想的な風景に出合うことができた。

うすぼんやりと中央に富士山が見える

うすぼんやりと中央に富士山が見える

干物や日本酒が振る舞われる大瀬神社

大瀬崎にもたくさんの観光客が先回りしていた

大瀬崎にもたくさんの観光客が先回りしていた

海の透明度がすばらしい

海の透明度がすばらしい

踊り船が到着すると参道には行列が

踊り船が到着すると参道には行列が

大瀬崎神社にはご神木のほか不思議なスポットがいくつかある

大瀬崎神社にはご神木のほか不思議なスポットがいくつかある

洗米と酒、それに尾頭付きの魚を奉納する

洗米と酒、それに尾頭付きの魚を奉納する

振る舞われる日本酒の量が多く実質飲み放題だった

振る舞われる日本酒の量が多く実質飲み放題だった

勇み踊りを披露する青年団。楽器はすりがね、笛、大太鼓、小太鼓といった感じだ

勇み踊りを披露する青年団。楽器はすりがね、笛、大太鼓、小太鼓といった感じだ

大瀬崎につくと、米や魚などの奉納品を納める。神社近隣では勇み踊りの披露のほか、干物や豚汁、甘酒に日本酒などが振る舞われる。この“馬鹿騒ぎ”は昼前には収束し、女装した男たちはまた、踊り船に乗って内浦漁港に戻っていく。

大瀬崎から内浦漁港に戻った踊り船は、ミカンや餅などを振る舞うことも

大瀬崎から内浦漁港に戻った踊り船は、ミカンや餅などを振る舞うことも

港では踊り船の帰還を待っていた観光客でいっぱいだ。船はまたゆっくりと、3回港内を周遊し、それぞれの地区へと帰っていった。観光客もあっという間にいなくなった。

各地区へ帰っていく踊り船

各地区へ帰っていく踊り船

朝の空気を駆け抜けるように騒いで過ごし、正午の太陽で我に返ったような気分だ。もしかして、全部夢だったのかもしれない。日常に感じる煩わしさも、勝手に感じる責任感も、あのときの恥ずかしさも、なんだかすべてがあいまいだ。

ちゃんちゃらおかし、ちゃらおかし。
そう、きっとなにごとも。

(文・写真 コヤナギユウ)

PROFILE

「あの街の素顔」ライター陣

こだまゆき、江藤詩文、太田瑞穂、小川フミオ、塩谷陽子、鈴木博美、干川美奈子、山田静、カスプシュイック綾香、カルーシオン真梨亜、シュピッツナーゲル典子、コヤナギユウ、池田陽子、熊山准、藤原かすみ、矢口あやは、五月女菜穂、遠藤成、宮本さやか、小野アムスデン道子、石原有起、松田朝子

コヤナギユウ

デザイナー・エディター
1977年新潟県生まれ。「プロの初心者」をモットーに記事を書く。情緒的でありつつ詳細な旅ブログが口コミで広がり、カナダ観光局オーロラ王国ブロガー観光大使、チェコ親善アンバサダー2018を務める。神社検定3級、日本酒ナビゲーター、日本旅のペンクラブ会員。
公式サイト https://koyanagiyu.com/

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