いつかの旅

連載エッセー「いつかの旅」 (20)浦島太郎と消費税

連載エッセー「いつかの旅」 (20)浦島太郎と消費税 

 テレビをつけたり、ネットニュースを見たりして「平成最後の」という言葉を見ない日が少なくなってきた。平成が終わるからだ。そのことに対する感慨は特にない。元号で区切って日常を生きているわけではないから。

 思えば、「平成」は私にとってどこかよそよそしいものだった。一家でアフリカに住んでいる間に始まったからだろう。いつの間にか私は「昭和生まれ」になっていた。きっと「平成生まれ」も同じだろうが、どんな時代に生まれても勝手なカテゴライズからは逃れられないのかもしれない。

 「平成」を初めて意識したのは、帰国したときだった。空港で母にチョコレートをねだり、渡された百円玉を握りしめて売店にいくと、「それでは足りないよ」と言われた。「消費税がかかるから」。意味がわからなかった。けれど、自分の手の中にある銀色の硬貨が偽物だと責められているような気分になり慌(あわ)てて母のところへ戻った。

 「そうだったわ」と母は言った。「平成になって消費税が導入されたんだった」と硬貨を足してくれたけれど、もういい、と私は首をふった。なにかが怖かった。母はちょっと困ったように笑って「なんだか浦島太郎になったみたいね」と、ぼかんと広い空港を奇妙にふわふわした目で眺めた。

連載エッセー「いつかの旅」 (20)浦島太郎と消費税

 浦島太郎のラストシーンのことを言っているのだとわかった。帰国した日本はひいき目に見ても竜宮城ではなかったから。それまで私は日本に憧れがあった。言葉が通じて、メニューが読めて、本もお菓子もたくさんあって、盗みを働く人もいない、大好きな桜が咲く美しい国だと信じていた。

 アフリカに滞在していた四年半は私にとっては長い旅だった。いつかは日本に帰るのだから。
 けれど、消費税という知らない言葉に弾かれ、母の口にした「浦島太郎」で気がついた。時間は流れる。もう日本は「昭和」ではなく「平成」だった。自分が怖がったのは変化だ。生まれた土地から離れている間、その土地の時間も進む。そして、その進み方は離れている人間とは同じではない。そんな当たり前のことに気づき、日本への幻想は崩れた。

 当たり前のことだけれど、私はその経験でちょっと大人になった気がする。それこそ、玉手箱をあけてしまった浦島太郎のように。引っ越しの多い環境で育った子供は、ほんの少し大人の目をしている。諦(あきら)めや不変を知っているからかもしれない。私はそういう子を見つけるのがうまい子供だった。

 「平成」は馴染(なじ)めないまま終わるのだろう。ただ、いまや消費税はすっかり当たり前のものになって、この国の感覚にいつしかのみ込まれていることが今度は少し怖い。

連載エッセー「いつかの旅」 (20)浦島太郎と消費税

PROFILE

千早茜

1979年北海道生まれ。幼少期をアフリカのザンビアで過ごす。立命館大学卒業。2008年、小説すばる新人賞を受けた「魚神(いおがみ)」でデビュー。同作は2009年の泉鏡花文学賞を受賞。2013年、「あとかた」で島清恋愛文学賞。「あとかた」と「男ともだち」(2014年)が直木賞候補作になった。2018年には尾崎世界観さんと共作小説「犬も食わない」を刊行。2019年には初の絵本「鳥籠の小娘」(絵・宇野亞喜良)を上梓。著書はほかに「クローゼット」、エッセー「わるい食べもの」など多数。

フォトグラファー

津久井 珠美(つくい・たまみ)

1976年京都府生まれ。立命館大学(西洋史学科)卒業後、1年間映写技師として働き、写真を本格的に始める。2000〜2002年、写真家・平間至氏に師事。京都に戻り、雑誌、書籍、広告、家族写真など、多岐にわたり撮影に携わる。
http://irodori-p.tumblr.com/

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