永瀬正敏フォトグラフィック・ワークス 記憶

理想は「思い」を撮ること 永瀬正敏さんインタビュー(3) 新連載開始を前に

3月29日スタートの新連載「永瀬正敏フォトグラフィック・ワークス 記憶」。連載開始を前に永瀬さんが俳優や写真家としての思いを語るこの連続インタビューも締めくくりです。語る思いは、連載の主役でもある、写真に集約されていきます。
(聞き手:&TRAVEL副編集長・星野学)

<永瀬さんインタビュー(2)から続く>

――写真家としての活動は、永瀬さんにとって、どういう意味を持っていますか。

「ひとつは、DNAのリベンジといいますか。僕の祖父は戦前に写真館を経営していて、戦中は写真館をたたんで出張カメラマンのようなことをしていました。終戦後、家族を養うため、お米に換えてくれるということで、後々また買い戻す約束をしカメラを渡したのに持ち逃げされてしまった。おじいちゃんはそれ以降写真を撮れなくなってしまったそうです。その話はおばあちゃんやおやじから聞いたのですが」

「僕が幼い頃、最も影響を受けたのはおじいちゃんでした。芸術家肌というか、絵を描いたりとか、いろいろするのが好きな人だった。でも、過去の暗闇を一切僕に見せなかった。もし戦争がなくて、ああいう時代じゃなかったなら、彼はずっと写真館をしていただろうし、撮り続けたかっただろう、という思いがあります。だからリベンジしているんです。じいちゃんと一緒に撮っているような感覚になることがあります。心の中で『じいちゃん、これでいいかなあ』と聞くこともあります」

理想は「思い」を撮ること 永瀬正敏さんインタビュー(3) 新連載開始を前に

――そうでしたか……。もうひとつは?

「俳優も写真家も表現をする職業なので、自転車の両輪のように、お芝居をすることと写真を撮ることで、バランスがすごく取れているんです。役者だけでもだめな気がするし、写真だけでもだめな気がする。表現したいものは一緒でも種類は違うというか。それで今僕はうまく進んでいけている気がします。(インタビュー当日の)今日みたいに写真を撮られることもあるので、撮られるほうの気持ちも、撮るほうの気持ちもわかる。それは役者をやっているからわかることでもあるだろうし」

――写真家としての永瀬さんは、何を撮ろうとしているのですか。

「一番の理想は、『思い』を撮ることです。人物を撮る時何が一番大事かというと、ここ(手を動かして、カメラのレンズから被写体までの間を示す)なんです。構えている、ふたりの間の空間が大事。自分が撮られている時に、いろんなことができる時があって、これはいい写真になっている、と勘でわかる。でも、まったく何もできない時、まったく気持ちが動かない時もあるんです。写真を撮っていて一番うれしいのは、写真を見ていただく時に、『これを焼いてください』と言われること。これがほしい、と言われると、『ああ、喜んでもらえた』と」

理想は「思い」を撮ること 永瀬正敏さんインタビュー(3) 新連載開始を前に

――映画では監督の色に染まると、先におっしゃっていました。でも、写真を撮る時はご自分でカメラを構えているから、表現者そのものですよね。

「そうですね、逆側、というのか」

――俳優のお仕事で得られないものを、写真に託しているのでしょうか。

「俳優として演じることと写真を撮ることが互いに補いつつ、という部分は、もしかしたらあるかもしれない。でも、基本的には役者である自分がいて、役者と写真家とでは、表現したい思いの種類が違う、という感じです。おじいちゃんが亡くなってずいぶんたって、僕が写真を撮るようになってから、おじいちゃんが撮った種板という、ガラスに焼き付けたネガのようなものや、研究ノートがたくさん出てきました。そういうのを見ていると本当にまじめにやっているんですよね。写真館なので、人生の節々、七五三や入学式や結婚式を撮っているのですが、それも、結構な技術なんです。今で言うレタッチャー(写真の修整や補正をする仕事)の割合が大きいというか、それも自分で研究していました。ヨーロッパとアメリカとでは影のつけかたが違って、日本人の凹凸にはこちらのほうが合っている、みたいなことがノートに書いてあった」

理想は「思い」を撮ること 永瀬正敏さんインタビュー(3) 新連載開始を前に

――これから「&TRAVEL」で写真連載を始めていただくわけですが、読者にはご自身の写真に、何を見てほしいとお考えですか。

「本当に、自由に見てほしい。映画のときもそうですが、そのほうが楽しいんです。『え、そういうふうに思った?』という感想を聞かせていただくのが楽しくて。映画も自由だし、写真も自由。心のどこかに何かが引っかかってもらえればうれしいなと思っています」

――現在、出演作は映画中心でテレビやCMよりは映画というイメージですが、映画を選んで出演しているのですか?

「いえ、全然。声をかけていただければ、ドラマでもCMでもやらせていただきたいです。ただ、デビューが映画なので。僕は燃費の悪い役者というか、ある仕事に取り組むと、その間は一つのことしかできないんです。何回か試したことはあるんですけれど……写真は別なんですが、映画と映画、映画とドラマを同時にみたいな仕事の進め方はなかなかできなくて。コマーシャルはちょっと違うんですけれどね」

――映画で演じておられる役は、個性的な人物が多いですね。スーツを着たばりばりのエリートではなく、売れない作家とか、公開中の「赤い雪」の漆塗り職人とか。個性的な役を選んでいるのですか。

「選んでいるというより、そういう役にひかれるんです。たとえば、天才外科医の役がきたとして、自分に置き換えた時、リアリティーが自分の中で出てこないんですよ。天才外科医をすごくうまく演じられる同年代の俳優もいるけれど、それよりは放射線技師さんや、年齢的にはありえないけどインターンのほうが合うよなあ、と思う自分がいて。市井の職人さんをとても尊敬しているからかもしれません。無名の職人さんへの敬意は、おじいちゃんの影響かな……。大芸術家ではないけれど、道を究めてるいる方へのあこがれですね」

理想は「思い」を撮ること 永瀬正敏さんインタビュー(3) 新連載開始を前に
撮影:葛西亜理沙 スタイリスト:渡辺康裕(W) 衣装協力:YOHJI YAMAMOTO ヘアメイク:遠山美和子

PROFILE

永瀬正敏

1966年宮崎県生まれ。1983年、映画「ションベン・ライダー」(相米慎二監督)でデビュー。ジム・ジャームッシュ監督「ミステリー・トレイン」(89年)、山田洋次監督「息子」(91年)など国内外の約100本の作品に出演し、数々の賞を受賞。カンヌ映画祭では、河瀬直美監督「あん」(2015年)、ジム・ジャームッシュ監督「パターソン」(16年)、河瀬直美監督「光」(17年)と、出演作が3年連続で出品された。近年の出演作に石井岳龍監督「パンク侍、斬られて候」、公開中の甲斐さやか監督「赤い雪」など。写真家としても多くの個展を開き、20年以上のキャリアを持つ。2018年、芸術選奨・文部科学大臣賞を受賞。

写真家を演じると、自分では撮れない写真が撮れる 永瀬正敏さんインタビュー(2) 新連載開始を前に

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