バックパッカー歴30年、旅行作家・下川裕治インタビュー#03 旅の一番のピンチ、それでも続ける原動力とは?

1990年、『12万円で世界を歩く』で旅行作家としてデビュー以来、約30年間バックパッカースタイルで旅をし、多くの著書を出している下川裕治さん。こんな人生、なかなかない!?

現在、&TRAVELの連載『クリックディープ旅』で、再び12万円の旅に挑戦中だ。過去には玄奘三蔵が歩いたルートをたどる旅世界の長距離列車に乗る旅……。還暦を過ぎ、ひょうひょうと(つらい?)旅を続ける、その原動力は何なのだろうか? 相棒であるフォトグラファーの阿部稔哉さん、中田浩資さんも交え、お話を伺った。旅のスタイル同様、話題はあちこちに。

インタビューは3回に分けてお届けする。今回は第3回。

【前回はこちら】

いつもは“低予算で遠くへ”ということで、節約するためにすぐに乗り物にのるお三方。世界遺産などの観光名所はスルーすることが多い。そんな3人のレアショットを撮るべく、インタビューのロケ地はミニチュア世界遺産などがある「東武ワールドスクウェア」に。

おじさん3人がミニチュアの前でポーズ。かわいいかもしれない……。

山羊のうんこのにおいがする水を飲んで

バックパッカー歴30年、旅行作家・下川裕治インタビュー#03 旅の一番のピンチ、それでも続ける原動力とは?

左から阿部さん、下川さん、中田さん

――30年間での一番のピンチといったら何ですか?

下川 アフガニスタンでのアメーバ赤痢。3日間ひどい下痢で、意識はもうろうとするし、全く立てないし、歩けない。もうダメかと思いました。

阿部 僕も、これは大変だぞと思いました。

――原因はなんだったんですか?

下川 水か食べ物です。

阿部 砂漠をバスで移動してたんだけど、どうしても水が飲みたくて。とにかく暑くてのどが渇いていたの。

下川 運転手がラジエーターの冷却用の水を飲んでたから、俺たちにもくれって言ったんだけど、「これはさすがに飲ませられない」って。まぁ、そうだよね、本来飲み水じゃないものを飲ませて何かあったら大変だし。

阿部 そうこうしてたら川があって……。

下川 もういてもたってもいられず、運転手が止めるのも聞かずにガブガブ飲んだ。

阿部 なんか山羊の匂いがする水で。

下川 そう。山羊のうんこみたいなにおいがした。でもしょうがないよね、飲むよ。ちょっと限界に近かったもん。

阿部 こうやって人は乾いて死ぬのかって思うくらいでしたから。で、僕はすぐに体調を崩して、下川さんも5日後に。

下川 でもまぁ、結局なんとかなりました。

――他に、印象に残っている出来事はありますか?

下川 カメラでの撮影禁止とか……。

阿部 あぁ、イランのイミグレーションで言われたそうですね。

下川 何しにきたんだって話だよね。カメラをバッグにしまわされた上に、太い針金でぐるぐる巻かれて。

――写真が撮れない?

下川 いや、それがね……。そこがイランの間が抜けているところなんだけど、巻いた針金がスポッととれちゃって。だからいつも通り撮影して、出国するときにまたスポッと元の状態に戻したの。

――撮影って、大変なんですね……。

中田 僕は中国の検閲の厳しさにへきえきしています。すぐに「撮ったものを見せろ」とか言ってくる。とっさに大したものが映っていないSDカードにすり替えたこともあります。

全バックパッカーあこがれの地、インドは別格

バックパッカー歴30年、旅行作家・下川裕治インタビュー#03 旅の一番のピンチ、それでも続ける原動力とは?

【「アムリツァルからニューデリーへ、玄奘三蔵が歩いたパキスタン・インドの旅(4)」より】。ニューデリー駅前には怪しげな客引きが多いが、助かることがひとつある。駅前から続くメインバザールロードが、昔からの安宿街ということ。日本でいえば、東京駅前にバックパッカー街が広がるようなものだ。ひとり750ルピー、約1200円の中級宿のツインに泊まった。とにかく冷房だけが頼りだった。(写真撮影=中田浩資)

――バックパッカー旅をしていて、下川さんと同世代のバックパッカーに出会うことはありますか?

下川 結構あります。

阿部 多いですよね。

下川 僕らの時代、1990年代なんてバックパッカーブームだったけど、そんなことする奴はまともじゃないみたいな風潮があって。

阿部 就職もしないで何カ月も放浪するって親不孝。

下川 ろくなもんじゃない、と(笑)。そうして若いころに堅実な生き方を選んだ人が、退職後にバックパッカー旅を楽しんでいるんです。

――シニア層のバックパッカーに人気の地域は。

下川 やっぱりアジアかな。特にタイは手軽なんだよね。航空券も安いし、人もいいし、適度に発展していて安全で便利だから。でも全バックパッカーあこがれの地はやっぱり……。

阿部・中田 インドですよね。

――インドってそんなにすごいんですか?

下川 インドは別格。

中田 40代の僕の世代にとってもそうです。

下川 インドにバックパッカー=人生ドロップアウトというかね。

中田 長く伸びた髪を後ろで結うとか、わかりやすく“ナイズド”されて帰ってきますよね。

下川 「物質文明を超越した精神世界から帰ってきました」みたいな顔をして、戻ってくる。インドに行く前の慣らしとして、まず東南アジアから……という人も多い。

阿部 でもインドは大変ですよ。

中田 ですよね。東南アジアとインドはぜんぜん違う。インドは盗難の被害も多いし、病気にもなるし。とにかく行くには体力が必要。

下川 だからみんな二の足を踏む。それにインドに行くなら最低でも半年くらい滞在しないと箔(はく)がつかないから。

阿部 旅行ビザで6カ月もいさせてくれるし、昔はちょっとネパールに出たらまた6カ月(インドに)いられましたよね。

――なんでそんなにもインドにひかれるのでしょうか。

下川 自分の人生これでいいのか。なんとなく日本は変な方向に行っているんじゃないか。その答えがインドにあるんじゃないか。そう思わせる何かがあるんだよね、インドには。……まぁ、ないんだけどね、そんな答え。インドにも。

――ないんですか!

下川 ない。でもインドは深い社会ですよ。

阿部 インド人って、人とのふれあいに不思議な機微がありませんか?

中田 ありますね。それに、インド人はマイペースで超保守的。

阿部 目の前にいるインド人はしょうもないこともあるけど、大きく見るとやっぱり尊敬する。

中田 中国も似たようなところがある。中国人も、個人のレベルでは腹が立つことが多いんですけど(笑)。

下川 人口が多い国ならではの処世術のうまさみたいなものが、その二つの国はずば抜けて訓練されている。僕の印象では、中国は「ルールを作って管理していこう」、インドは「すき間をいっぱい作ってなんとか乗り越えちゃおう」っていう感じですが。

下川さんは家族旅行もバックパッカースタイル?

バックパッカー歴30年、旅行作家・下川裕治インタビュー#03 旅の一番のピンチ、それでも続ける原動力とは?

――一方で、今はリゾート列車やクルーズのようなラグジュアリーな旅もシニア層に人気ですよね。下川さんは興味ありますか?

下川 あれ、何時間も何をしゃべっているんだろう。夫婦でそんなに話すことがあるなんて、よっぽど仲がいいんだなぁって思う。

――下川さんはご家族と旅行をすることは。

下川 一度オーロラを見に行ったんだけど、いつもの習慣で宿を予約しないで行ったらものすごく怒られました。

中田 それは怒られますよ!

下川 オーロラって宿の中から見えるところもあるんだけど、そういう宿はもういっぱいで。だから僕は責任をとって屋外で待機して、オーロラが見えたら知らせる係をやりました。

阿部 大変でしたね。

バックパッカー歴30年、旅行作家・下川裕治インタビュー#03 旅の一番のピンチ、それでも続ける原動力とは?

下川 それで一気に信頼を失って、以来、家族旅の手配は全部妻です。きちっと予約して、ちゃんと日程通りにホテルにたどり着く。家族とは、そういう旅をしています。

――下川さんとフォトグラファーが旅先でもめることはないんですか?

阿部 僕らと下川さんが? ないですね。

中田 ないです。

下川 阿部さんと中田さん以外の人と行ったこともあるけど、2度目がなかった人も当然いますよ。

――それは、旅の内容がつらすぎて?

下川 たぶん。あとは、「これじゃ写真が撮れない」ってよく言われます。「下川さんとの旅では、撮れるのは車内や、車窓からの風景だけじゃないですか。もっといろんなところを歩いたり、ホテル泊まったりしてくれないと絵にならない」って。

阿部 あー(笑)。

中田 特にバスの車内では動けないから。

阿部 列車ならまだ動けますけどね。

下川 とにかく低予算で遠くへって思うと、食費や宿泊費を削るために列車やバスに乗るから、どうしようもないんだよね。それは。

――今後の旅の予定は。

下川 妻には70歳まで働けと言われているので、あと6年。まぁ、バックパッカーで稼げという意味ではないかもしれないけど。興味があるのはギリシャです。なんかねぇ、いいのよ。あれだけ経済的に破綻(はたん)しているのに平気な顔しているところとか。

――この30年で、世界は変わりましたか?

下川 特にアジアはこの30年ですごく変わった。航空券も昔の半額くらいで行けちゃうし、つくづく勢いがあるなって思う。アジアで12万なら、昔のルート余裕だもの。

――むしろ豪華な旅ができちゃう……。

下川 うん。アジアって、欧米と違って扉がないよね。お店でもなんでも、扉を開けなくてもすっとその空間に入っていける。だから僕はアジアに魅力を感じるのかも。アジアは、「スコールだからコックが来ない」とか、屋台に座っているだけで物語が生まれる。アジアは向こうからネタがきてくれるから、物書きにはすごくいい。

人生を忘れそうになる瞬間を味わいたくて、旅に出る

バックパッカー歴30年、旅行作家・下川裕治インタビュー#03 旅の一番のピンチ、それでも続ける原動力とは?

下川 旅をして、いろんなところへ行くとみんな言うよね。「前の方がよかった」って。世界は発展しているのに、旅行者は傲慢(ごうまん)だから、元のあの雰囲気がよかったのにと、勝手にがっかりする。

――下川さんは同じ国に何度も行っていますが、そういう思いは抱かないんですか?

下川 変わっていくのは自然の流れだから。僕は、変わってないところを探すのが好き。インターネットの影響で、恐ろしい勢いで世界は画一化しているけど、同じようになっていく中にも必ず小さな差異があるんです。その、僕だけが気づく「変わらないところ」を見つけると、うれしくなる。

――それが、下川さんを旅に駆り立てる原動力。

下川 あと、「もしかしたら初回の旅の感動を今回は超えるんじゃないか」という期待は、いつも持っています。まだ一度も超えたことないんだけど、その繰り返し。旅をしているとね、人生を忘れそうになる瞬間がある。それを体験したくて、僕は旅に出るんです。

――最後に、これからバックパッカーを志す人にメッセージをお願いします。

下川 安全に旅するためには、とにかく目立たないようにすること。旅用のものを持たず、日常の装備でふらっと行くのがいいと思います。いるかいないかわからないくらいの存在感がちょうどいい。僕ね、機内食を4回くらいとばされたことがあって。

――下川さんはそんなに存在感を消すのが得意なんですか?

下川 わかんないけど。くれないんです、機内食。

阿部 起きてるのに?

下川 起きてるのに。言わないと持ってきてくれない。

――とけ込みすぎちゃったんですかね、機内の風景に。阿部さんと中田さんはそんな経験は……。

阿部・中田 ないない(笑)。

中田 なかなか下川さんの域には達せないですよ。

(おわり)

バックパッカー歴30年、旅行作家・下川裕治インタビュー#03 旅の一番のピンチ、それでも続ける原動力とは?

長野県の重要文化財、旧開智学校のミニチュア。本物は下川さんの父親の出身校だそう

撮影:高嶋佳代 ライター:渡部麻衣子

■取材協力

東武ワールドスクウェア

TEL:0288-77-1055(予約センター)

住所:栃木県日光市鬼怒川温泉大原209-1

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