福島駅から徒歩10分の「ふくしま屋台村 こらんしょ横丁」はどうやってできたのか?

こらんしょ横丁の「あねさの小法師」

こらんしょ横丁の「あねさの小法師」

昨年夏、仕事で福島市に行ったときのこと。打ち合わせを終えた帰りがけに、雰囲気のある一角をみつけました。その名も「ふくしま屋台村 こらんしょ横丁」。入り口には赤ちょうちんが門のように提げられ、数軒の飲食店が並んでいます。
いずれもカウンターのみで、若い女性がやっているところもあれば、ベテランの女将(おかみ)さんがやっているところも。思い切って「あねさの小法師」というお店に入ったところ、渋谷の「のんべえ横丁」のようなアットホームな居心地と、福島のおいしい郷土料理が気に入って、また来たいと思ってしまいました。

この「屋台村」は、どういう経緯でできたのか。帰京してからも気になって、ネットを通じて情報を集めていました。すると、立ち上げから関わっている方に話を聞けることになり、急きょ肌寒さが残る福島に向かうことになったのです。

商工会議所の青年部が「名所づくり」を手がける

福島YEG(商工会議所青年部)の福地雅人さん

福島YEG(商工会議所青年部)OBの福地雅人さん

取材に応じてくれたのは、福島YEG(商工会議所青年部)OBの福地雅人さん。福島市生まれの59歳で、農業機器などの卸売を行う会社を経営する社長さんです。その方が、なぜ飲食に関わることになったのでしょうか。

「2004年ごろ福島YEGで地域活性化の議論をする中で、街なかに恒常的に人を呼び込むには、単発のイベントではなく新たな名所づくりが必要だという声があがりました。そのアイデアを募っているときに、YEGの全国大会が北海道の帯広で開かれたんです」

現地で遭遇したのが、帯広の「北の屋台」。居酒屋や洋食、エスニックなど個性豊かな店が軒を並べる様子に、参加者は「これだ!」と、ひざを打ったそう。翌年、検討メンバーがあらためて視察に訪問し、福島にも屋台村を作る方針が固まりました。

福地さんがプロジェクトのメンバーになったのは、実はこの方針が決まってから。大急ぎでスケジュールを決め、2005年10月には街中の駐車場で4店舗をテスト営業。手応えを胸に2006年7月には現在の金物店跡に場所を移し、9店舗での営業を始めました。
2008年3月まではYEGメンバーが週1回の運営会議を開きながらボランティアで運営。同年8月には「ふくしま屋台村株式会社」を設立し、福地さんが社長に就任して福島商工会議所の委託を受ける形で運営管理を行っています。

地元の理解を得て事業が軌道に乗る

福島市が推している「円盤餃子」と生ビール

福島市が推している「円盤餃子」と生ビール

こらんしょ横丁があるのは、駅から徒歩10分ほどの場所。周囲の中心街にはおよそ800の飲食店が並びます。当初は「民業圧迫」になりかねないという声もあったようですが、商工会議所が公益のために行うということで理解を得ていったそうです。
「このような取り組みは民間の事業者だけではなかなか難しかったでしょうね。地元事業者の理解や行政の協力などがなければ、あそこまでスピーディーに立ち上がることはできなかったはずです」

家賃は周囲より少し高めに設定。店舗からはもう少し下げて欲しいという要望もありましたが、これで反対する人の納得を得ることもできました。最初の3期は県と市からの補助金がありましたが、その後は自力で運営しています。
バレンタインデーやホワイトデー、クリスマスなどには集客イベントを開催。アマチュアプロレスや餅つき大会、フィーリングカップル、ダンス、大道芸、高校生が作った野菜の直売会など、様々な催しを行いました。

2007~8年には「ふくしまの旬の食材をおいしくいただく」というテーマで、毎月第3土曜日に「地産地消フェア」を開催。福島牛や伊達鶏、エゴマ豚や桃、サンマ、川俣シャモなど、さまざまな食材を使ったイベントも開催し好評を博しました。
2010年には、こらんしょ横丁からほど近い飲食街「仲見世」が再開発され、テナントビル「パセナカ Misse」が完成。福地さんはこらんしょ横丁での実績を買われ、新設された株式会社仲見世の社長に就任し、再び入居者集めや企画に奔走します。

独立して地元で新しく店を開く人も

独立して地元で新しく店を開く人も

屋台村での経験を基に独立する人も

そんな矢先、2011年3月に東日本大震災が発生。福島市内も大きな揺れに襲われました。始まったばかりの「パセナカ Misse」にも被害が及び、福地さんは「ああ、終わってしまったな」と悲観的になったこともあるそうです。

しかし復興関係の事業者やボランティアが福島市を訪れてくれるようになり、飲食街は予想外のにぎわいを見せるようになりました。いまではその影響もひと段落しましたが、県内外から訪れてくれる人たちの「情け」や「ありがたさ」に触れる機会になりました。

お話を聞いた後、繁華街を歩くと福地さんに声をかける人の多さに驚きます。こらんしょ横丁で初めて飲食店を開き、その後、独立して「パセナカ Misse」など地元で店を開いている人たちが何人もいるのです。お店が繁盛し、2軒目を開いたという人もいました。
街の集客力は全体的に上がっているとまではいえないようですが、「ふくしま屋台村」の試みは、地域コミュニティーで人のつながりを強める効果をあげたといえるでしょう。

ちなみに私が最初に入った「あねさの小法師」は、会津出身の女将さんがひとりで切り盛りするお店。ニシンの山椒漬けやイカにんじん、馬刺しといったおいしい郷土料理を味わいました。地元の方が勧める日本酒の選び方も独特で、とても印象深かったです。

東京五輪や朝ドラの舞台になる福島市

駅構内の回転寿司でも新鮮な魚介が食べられる

駅構内の回転寿司でも新鮮な魚介が食べられる

福島県の観光地といえば、会津や喜多方、いわき、郡山といった地名が思い浮かぶ一方、県北にある県庁所在地の福島市の名前はあまり聞かれません。しかし、実際に足を運ぶと、魅力的な場所がいろいろあります。

市内には東北唯一のJRA福島競馬場があり、飯坂温泉をはじめとする温泉地も。新鮮な魚介類も豊富で、魚屋さんに行くと岩手や宮城で獲れたものがたくさん並んでいます。流通がかなり発達しているようです。
2020年には、福島県営あづま球場で東京オリンピック・パラリンピックの野球とソフトボールの試合が予定されています。NHKの朝の連続テレビ小説「エール」の主人公のモデルに、市内出身の作曲家・古関裕而夫妻が選ばれるなど注目を増しています。

これからメディアで「福島市」の名前を聞くことが増えるのは確実。駅の近くには福島県観光物産館「コラッセふくしま」があり、フルーツや日本酒など県内の特産品が並んでいます。そちらもぜひのぞいてみてください。

(文・写真 相知 光)

ちょっと上級ひとり旅 ジョージア編03

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中田英寿 福島を旅する<#11> 来ました、ふくしま。―「芸術」

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