あの街の素顔

富士山のふもとで名酒に酔い、サクラエビとマグロに舌鼓の静岡旅

富士山のふもとで名酒に酔い、サクラエビとマグロに舌鼓の静岡旅

富士川河川敷で天日干しされるサクラエビ。ピンク色に染まった河川敷越しに眺める富士山は、静岡の春と秋の風物詩です(写真提供:富士山写真家トリチョーブ・セッタポン)

「磯自慢(いそじまん)」という日本酒をご存じですか? 蔵元は静岡県焼津市で1830年から続く老舗。2008年の洞爺湖サミットでは乾杯酒に採用された人気のお酒です。

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磯自慢酒造8代目の寺岡洋司さん(左)と9代目の智之さん親子

私はこのお酒が大好き。ですが生産量が限られているため、都内の飲食店では、メニューに載っていても入荷待ちや品切れのことも多いのです。焼津といえばマグロにカツオ、しかも由比港が近いからサクラエビも。観光は一切せず、これら海の幸をつまみに磯自慢を心ゆくまで飲もうと旅に出ました。

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磯自慢酒造は、最良の山田錦が生産される兵庫県加東市東条特A地区の米を使い、最高級の日本酒造りを目標に12の蔵元で結成した団体「フロンティア東条」のメンバーです

磯自慢酒造は、かつて日本酒は量産がよしとされていた時代に、いち早く上質な酒造りへとかじを切った革新的な蔵元。人気銘柄としての地位を確立した今も、生産量を増やすのではなく、より上質な酒米の栽培にかかわり、磨きを究め、酒造りの工程を突き詰めるといった、さらなる品質の追求に取り組んでいます。

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酒造りはほぼ手作業で行われています。仕込み水は、南アルプスから大井川に流れ込む伏流水を使用

ところが、磯自慢酒造を訪れてみたものの、お酒は買えませんでした。蔵内部の一般向け見学会もありません。旅行者が立ち寄れるのは、蔵に併設した売店だけで、どうやらここにお酒があったらラッキーという気配です。

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オリジナルラベルの磯自慢が味わえる「焼津  松乃寿司」。サクラエビ漁が行われれば、ここでしか味わえない最高のペアリングを堪能できます

それなら焼津まで行ったのは無駄足かというと、そんなことはありません。長い時間をかけて蔵元と関係を構築してきた地元の飲食店には、地元が誇る名酒として、ちゃんと磯自慢が置かれているのです。私が訪れたのは「焼津 松乃寿司」。ここで念願の「由比の生サクラエビの軍艦」を、オリジナルラベルの磯自慢といただくことができました。

親方の斎田成広さんによると、磯自慢は料理によく合う、食中酒にぴったりのお酒。季節やすしだねによって、冷やしたり、常温だったり、お燗(かん)をしたり、最適な味わい方を提案しているそうです。

サクラエビは、日本では駿河湾に面した由比港と大井川港だけで水揚げされる、とても貴重なもの。資源を保護して持続可能な漁業を実現するために、漁師が自主規制して漁期を決め、共同で漁に出て利益を均等に配分する「プール制」を実施しています。

漁期は春漁が3月下旬から6月初旬、秋漁が10月下旬から12月下旬の約5カ月間ですが、潮の状態によっては海に出られず、実際に漁を行えるのは、春と秋を合わせて年間40〜50日ほどだそうです。ちなみに、2018年の春は記録的不漁で、資源回復のため、秋漁は中止しました。

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出漁が決まり、由比港で出発を待つ乗り子さんたち。42ヶ統の船が隊列を組んで出航するさまは壮観のひと言

サクラエビは水深200~300メートルに生息していて、夜になるとエサとなるプランクトンを求めて水深50メートルくらいまで浮いてきます。サクラエビ漁は夜に浮いてきたサクラエビに2隻で網をかける船引き網漁法で行います。

各船のメンバーは、船首と乗り子の計6人で構成されていて、操業許可を受けている120隻が2隻ひと組(これを1ケ統<いっかとう>と呼ぶ)になります。日没が近づき、海の状態を判断して、漁をすることが決まると、由比港から出航する42ヶ統(残り18ケ統は大井川港から)が一斉に出航準備を始めます。

その中の1隻に乗ることができました。私が乗せてもらったのは、「ヤスさん」こと高橋靖さん率いる「日光丸」です。ヤスさんは「第二日光丸」とペアを組んで(「もやいを組む」と言う)います。

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そばで見る網は迫力がある

暮れなずむ空と海の境界線が溶け合う中に、ぽつり、ぽつりと温かくともるオレンジ色の漁船の明かりの美しさ。やがて闇に包まれ、潮の匂いを感じながら見上げると、赤みを帯びてすごみさえ感じさせる満月と、きらめく星。ロマンチック〜と見ほれていたのもつかの間、立っているのがやっとの大きなうねりがやって来ました。

船内でもっとも安全な場所に座らせてもらい、手すりにしがみつき目だけは見開いていると、2隻は接触しそうなほどギリギリまで近づきます。乗り子さんたちが短い言葉を交わし、揺れの中、船から船へと身軽に飛び移ってすばやく網を巻き上げると、サクラエビが姿を現しました。抜群の透明感を持つピンクの身が、キラキラと光を反射します。

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2隻の乗組員が協力して漁をする

あぁ、なんてきれいなんだろう。
この漁を体験して以来、サクラエビは特別に思い入れのある食材となりました。

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水揚げされたばかりのサクラエビを見せてくれた、日光丸の乗り子の若林さん

ヤスさんたち「日光丸」のみなさんが、あんなに大変な思いをして捕ったサクラエビをおいしくいただきたい。サクラエビは足が速く、生で楽しめるのは漁が行われた地元ならではです。

この記事のトップ画像を撮影した河川敷にいた干しエビ業者さん15人ほどに事前リサーチしたところ、「桜えび自体はプール制により、集めて競りにかけられるので、どの店にも同じクオリティの桜えびが出荷される」「しかし出荷後の鮮度保持、釜揚げの時間、かき揚げの油の品質、料理人の技術などによって、店により味はかなり差がつく」ことが判明。サクラエビのプロに圧倒的支持を得ていた「ごはん屋さくら」で、大切に大切に、ひと口ずつサクラエビの甘みを味わいました。

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シラスも由比港の名物。由比港から歩いて行ける「ごはん屋さくら」では、駿河湾の恵みをふんだんに味わえます。写真は生と釜揚げの2種のサクラエビを味わえる「静岡てんこ盛り丼」

由比も焼津も東京からアクセスがよく、日帰り旅も楽しめますが、せっかくなら宿泊して地魚をアテに地酒をゆっくり味わいたい。そこで選んだのが、焼津の名旅館「湊(みなと)のやど 汀家(みぎわや)」です。

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「湊のやど 汀家(みぎわや)」の夕食に登場したミナミマグロとクロマグロの食べ比べ

私がこの宿に注目した理由は、気合いの入った料理とお酒の充実ぶり。30代とまだ若い7代目・清水健太郎さんは、同じく地元の発展に貢献したいという熱意を持った同世代の仲間たちとタッグを組み、静岡の酒蔵のうち志を共にする6蔵のお酒や、マグロやカツオといった静岡の特産品を、日本全国はもちろん世界各国に向けて発信するため、積極的に活動しています。この宿は、いわば清水さんの情熱のショーケース。静岡の味覚とお酒を、余すところなく味わい尽くせるのです。

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朝食メニューで楽しいのが、焼津名物のかつお節、サバ節、イワシ節の3種の削り節の食べ比べ。食べ放題で、削りたてのものをおひたしや豆腐に好きなだけトッピングできます

余談ですが、6蔵のうちサミットで提供された「磯自慢」は、すでに日本国内のみならず、海外のスターシェフにも知られる有名な銘柄です。同じく6蔵の「初亀」は、専務の橋本康弘さんが、2018年と2019年の3月にマカオで開催された「アジアのベストレストラン50」のパーティに参加して、会場に集ったアジアや世界のトップシェフにその魅力をアピール。高い評価を得ていました。

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宿泊したのは、離れ家風客室Bタイプの「あらや浜」。敷地内には8室しかないためゲストが少なく、静寂に包まれたプライベートな時間を満喫できました

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客室「あらや浜」は、ツインベッドと6畳の和室リビング、露天風呂のあるテラスがついています。アメニティも完備

全8室のこぢんまりした宿ながら、離れ家風と料亭風の2タイプのデザインから選べる客室は、全室プライベートな露天風呂つき。由緒ある庭園を生かしつつ、和の要素をモダンに取り入れた今どきのラグジュアリーな空間に仕上がっているのは、清水さんの感性が存分に生かされているから。各部屋には和室に合う背の低いベッドを起き、ベッドスペースと畳敷きのリビングスペースを分け、全室に縁側(テラス)も付いています。

海はすぐそこ。私はちょっぴり早起きして、マグロの水揚げを見学しに行きました。

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宿泊客が予約して利用できる貸し切り露天温泉もあります

焼津と由比の間に位置する静岡駅までは、品川駅から新幹線ひかりで1時間弱。静岡駅周辺にも、見逃せない美味や郷土料理がたくさんあります。東京から近いのにディープな体験ができる静岡旅。気の向くまま、ふらりと出かけてみませんか。

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静岡に行ったら味わいたいのが、ローカルフードの静岡おでん。100年以上の歴史を誇る「大やきいも」は、石焼きいもと静岡おでんを楽しめる名店

■取材協力

磯自慢酒造
http://www.isojiman-sake.jp

焼津 松乃寿司
http://www.yaizu-matsunosushi.co.jp

由比港漁業協同組合
http://www.yuikou.jp

ごはん屋さくら
http://www13.plala.or.jp/sakuraya110/

湊のやど 汀家
http://www.migiwaya.jp

初亀醸造
https://www.facebook.com/hatsukame1636/

PROFILE

「あの街の素顔」ライター陣

こだまゆき、江藤詩文、太田瑞穂、小川フミオ、塩谷陽子、鈴木博美、干川美奈子、山田静、カスプシュイック綾香、カルーシオン真梨亜、シュピッツナーゲル典子、コヤナギユウ、池田陽子、熊山准、藤原かすみ、矢口あやは、五月女菜穂、遠藤成、宮本さやか、小野アムスデン道子、石原有起、松田朝子

江藤 詩文(えとう・しふみ)

トラベルジャーナリスト、フードジャーナリスト、コラムニスト。その土地の風土や人に育まれたガストロノミーや歴史に裏打ちされたカルチャーなど、知的好奇心を刺激する旅を提案。趣味は、旅や食にまつわる本を集めることと民族衣装によるコスプレ。著書に電子書籍「ほろ酔い鉄子の世界鉄道~乗っ旅、食べ旅~」シリーズ3巻。

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