あの街の素顔

日本のしょうゆ発祥の地と米酢の醸造蔵へ。清らかな水の循環する場所 和歌山の食を訪ねて(2)

日本のしょうゆ発祥の地と米酢の醸造蔵へ。清らかな水の循環する場所 和歌山の食を訪ねて(2)

和歌山県湯浅町の栖原(すはら)海岸=和歌山県観光連盟提供

紀州のチーズ洗練士と梅、ぶどうサンショウ 和歌山の食を訪ねて(1)から続く

日本のしょうゆ発祥の地と言われる和歌山県湯浅町。県北西端に位置する和歌山市を出発し、くねくねと入り組んだリアス式海岸を30キロほど南下すると湯浅町に到着。車の旅は楽チンですが、電車の旅もオススメです。JR「特急くろしお」の車窓から眺める景色は穏やかで、時の経つのも忘れてあっという間に湯浅駅に到着です。

海に面した湯浅町は天然の良港を持ち、古くから貿易で町は潤いました。それに加え、“蟻(あり)の熊野詣”と言われたほど多くの人が列をなして参拝した、熊野三山への宿場町としても栄えました。黒潮の影響を受けた温暖な気候のこの街は、かんきつ系果物の名産地で、今も有田みかんは殊に有名です。

そんな湯浅町のすぐ近く、由良という町に、1258 年、宋で修行を終えた禅僧・覚信が興国寺を開山します。当時、文化のトレンドはここから!という宋で径山寺(きんざんじ)みその製法を学んだ覚信和尚は、日本でもぜひ作りたいと考え、湯浅町の水の良さに目をつけます。その良質な水を利用し、大豆と大麦こうじ、塩、そしてナスやシロウリなどの野菜を刻み込んで作られたのが、今もこの地方の名物として知られる金山寺みその始まりでした。

日本のしょうゆ発祥の地と米酢の醸造蔵へ。清らかな水の循環する場所 和歌山の食を訪ねて(2)

江戸時代後期創業、湯浅町で今も金山寺みそだけ作り続ける「太田久助吟製」

日本のしょうゆ発祥の地と米酢の醸造蔵へ。清らかな水の循環する場所 和歌山の食を訪ねて(2)

金山寺みそ。キュウリなどの野菜につけたり、炊きたての白いご飯にのせて食べれば、無限に食べ続けたいほどのおいしさ!

さて、ここでやっと主題のしょうゆにたどり着きます。みそを造る過程で野菜からにじみ出た液体は、ある時までは捨てられていました。でも、なめてみるととてもおいしい。捨てるのはもったいないと、改良を加えた結果、しょうゆが誕生したというわけです。時代を経て醸造業が発達し、江戸時代中ごろには90軒以上ものしょうゆ醸造業者が湯浅町とその近辺に軒を連ねていたそうです。

日本のしょうゆ発祥の地と米酢の醸造蔵へ。清らかな水の循環する場所 和歌山の食を訪ねて(2)

醸造業関連の町家や蔵が昔のまま今も残る街並みは雰囲気たっぷりでとてもすてき

その頃には湯浅のしょうゆのおいしさが各地に知れ渡り、江戸で販売するまでになりました。納品先により近い場所で醸造をと狙いを定めたのが、下総国(現在の千葉県)の銚子。そこから銚子のしょうゆ醸造が発達し、一大産業になりました。

日本のしょうゆ発祥の地と米酢の醸造蔵へ。清らかな水の循環する場所 和歌山の食を訪ねて(2)

木製の格子が雰囲気たっぷりの商店や江戸時代の民家を改装した茶店

ほんのり香るしょうゆの匂いに鼻をくすぐられながら、情緒たっぷりの小路を歩くと、ことさら雰囲気のある格子戸が目につきました。1841年からしょうゆ醸造一筋の「角長(かどちょう)」の、醸造蔵兼販売所です。しょうゆ蔵をちょっとのぞかせていただくと、そこは江戸時代のまま! しょうゆ造りに欠かせない酵母が178年前から付着しているという蔵は、ある時屋根の一部が傷んだので梁(はり)から全て改修したところ、改修部分の下にあったたるだけうまく発酵しなかったというエピソードがあるそうです。今も 「蔵つき酵母」と呼ばれ大切にされています。

日本のしょうゆ発祥の地と米酢の醸造蔵へ。清らかな水の循環する場所 和歌山の食を訪ねて(2)

江戸情緒としょうゆの甘い香りが漂う「角長」のたたずまい

原材料の仕込みを寒い時期に始め、自然の酵母菌の力を借りて1年から1年半、じっくりと熟成させることで、化学的に処理されたものとはひと味もふた味も違う、味、色、香り豊かなしょうゆが生まれます。

日本のしょうゆ発祥の地と米酢の醸造蔵へ。清らかな水の循環する場所 和歌山の食を訪ねて(2)

昔ながらの製法と自然の力を使ったしょうゆ造りにこだわる「角長」の、創業当時から使われ続けているしょうゆ蔵

そんなしょうゆの町を後にして、これもよい水無しには語れない、米酢の生産者を訪ねます。和歌山県をぐるりと反対側の南東部、那智勝浦へ。目的は1879年創業の「丸正酢醸造元」。おっと、その前に、腹がすいては取材はできぬ。日本有数の生マグロ水揚げ量を誇る勝浦漁港のそばにいながら、見逃す手はありません! 紀伊勝浦駅周辺を歩いてみると、地元で評判が高いというお店を発見しました。

日本のしょうゆ発祥の地と米酢の醸造蔵へ。清らかな水の循環する場所 和歌山の食を訪ねて(2)

マグロ尽くしランチや中トロカツ定食が人気の「bodai」。夜は新鮮な魚を使った料理と和歌山のおいしいお酒が味わえます

日本のしょうゆ発祥の地と米酢の醸造蔵へ。清らかな水の循環する場所 和歌山の食を訪ねて(2)

映画「男はつらいよ」の寅さんが歩いていそうな風情の紀伊勝浦駅

和歌山県は上質な水に恵まれ、川や滝が織りなす絶景ポイントが驚くほどあちこちにありました。しかもその清らかな水は、しょうゆや米酢造りにも欠かせないものとなって地元の食文化に貢献しているのです。和歌山の水が上質な理由をたずねると、「雨が土に染み込み川となり海に注ぎ、それが蒸発してまた雨となる。紀伊半島には山、森、川、海全てがあって、水の自然の循環サイクルを健全に保ってくれるからといわれています」と、和歌山県観光連盟の中村佳代さん。

日本のしょうゆ発祥の地と米酢の醸造蔵へ。清らかな水の循環する場所 和歌山の食を訪ねて(2)

海の浸食により岩の硬い部分だけが残ったという「橋杭岩(はしぐいいわ)」。大小約40の岩柱がブルーの海に立ち並ぶ不思議な光景に目がくぎ付け

日本のしょうゆ発祥の地と米酢の醸造蔵へ。清らかな水の循環する場所 和歌山の食を訪ねて(2)

那智大社別宮・飛龍(ひろう)神社の御神体でもある那智の滝は、落差133メートルで日本一の高さを誇る。水の国・和歌山の中でも「聖なる水」として特別な存在

そんな清らかな水の恩恵を受け、米酢を造り続けて今年でちょうど140年という「丸正酢醸造元」。昔のままの建物を入ると、そこは井戸水がじゃぶじゃぶと流れる作業場でした。「那智の滝と同じ水源を持つ伏流水です。どうぞ飲んでみてください」と4代目の小坂和子さん。いただいてみると、冷たいのに舌にからみつくようなまろやかなおいしさです。

日本のしょうゆ発祥の地と米酢の醸造蔵へ。清らかな水の循環する場所 和歌山の食を訪ねて(2)

取材当日、残念ながらご不在だった3代目に代わって案内してくださった丸正酢醸造元の4代目一家。左から杜氏(とうじ)の木田尚秀さん、4代目の小坂和子さん、杜氏の杉本孝夫さん、と4代目ご主人の小坂康夫さん

日本のしょうゆ発祥の地と米酢の醸造蔵へ。清らかな水の循環する場所 和歌山の食を訪ねて(2)

「水が命」の貼り紙が

「酢の原材料は米、こうじ、水。途中までは日本酒造りと同じです。米のでんぷん質が糖に変化し、空気中の酵母と結びついてアルコールに変化したものが日本酒、その後さらに酢酸発酵したものが米酢です」と、とてもおおまかですけど、と笑いながら説明してくださったのは杜氏の杉本さん。仕込みの終わった酢は創業当時のままの発酵蔵に並べられたたるに入れ、90日から500日ほどかけてゆっくり発酵させます。「昔ながらのやり方を続けているだけです」と言いますが、こうじの仕込みやたるに入れてからの温度や湿度の調整、管理に杜氏の腕と経験が光ります。

日本のしょうゆ発祥の地と米酢の醸造蔵へ。清らかな水の循環する場所 和歌山の食を訪ねて(2)

熊野杉の古木で作られたたるには、番号でなく歴代横綱の名前がつけられている。発案した初代が大の相撲ファンだったというだけでなく、番号で管理するよりも愛着がわき、酢作りに心がこもるからという

日本のしょうゆ発祥の地と米酢の醸造蔵へ。清らかな水の循環する場所 和歌山の食を訪ねて(2)

蔵に入る前にはほら貝を吹き、祈りを捧げてから、が毎日の習慣

前回はこちら:紀州のチーズ洗練士と梅、ぶどうサンショウ 和歌山の食を訪ねて(1)

文・写真 宮本さやか(フードジャーナリスト・在イタリア)

PROFILE

「あの街の素顔」ライター陣

こだまゆき、江藤詩文、太田瑞穂、小川フミオ、塩谷陽子、鈴木博美、干川美奈子、山田静、カスプシュイック綾香、カルーシオン真梨亜、シュピッツナーゲル典子、コヤナギユウ、池田陽子、熊山准、藤原かすみ、矢口あやは、五月女菜穂、遠藤成、宮本さやか、小野アムスデン道子、石原有起、葛西亜理沙

富士山のふもとで名酒に酔い、サクラエビとマグロに舌鼓の静岡旅

一覧へ戻る

ヨーロッパで最も美しく険しい渓谷 フランス・ヴェルドン渓谷(下)

RECOMMENDおすすめの記事