京都ゆるり休日さんぽ

いつ訪れても心落ち着く。パリの学生街のような喫茶店「進々堂京大北門前」

春の京都は、観光客と同じく、初々しい笑顔の学生たちにたびたび遭遇します。この街で新しい生活をスタートさせた若者たち。何度となく彼らを迎え、見送り、また迎え……という日々を繰り返して、およそ90年の月日を重ねてきた喫茶店が「進々堂京大北門前」です。

いつ訪れても心落ち着く。パリの学生街のような喫茶店「進々堂京大北門前」

レリーフの看板や窓枠のデザインなど、建築物としても見応えがある

百万遍と呼ばれる交差点近くにたたずむ、れんが造りのレトロな外観。窓からは、イチョウ並木と京都大学のキャンパスの塀が見えます。長テーブルの思い思いの場所に腰掛け、参考書を広げたり、書きものをしたりする人の多くは学生や大学教員たち。一方で、歴史ある喫茶店での朝食やコーヒーを楽しみに訪れる旅行客の姿もあり、旅と日常がそっと隣り合うような雰囲気がこの店のふだんの風景です。

いつ訪れても心落ち着く。パリの学生街のような喫茶店「進々堂京大北門前」

タイル張りのカウンターやショーケース、照明など修繕を繰り返しながら当時の内装を保っている

「スマホが普及しても、うちのお客さんはあんまり変わらないように思いますね。勉強したり、本を読んだり……。この窓から見える風景も、京大がある以上それほど変わることはないでしょうね」

そんなふうに話すのは、4代目店主・川口聡さん。1930年にこの店をオープンした、京都を代表するベーカリー「進々堂」の創業者・続木斉氏のひ孫にあたります。日本人のパン職人として初めてフランスに渡った続木氏が、パリの学生街、カルチエ・ラタンで目にしたのは、まるで教室にいるかのようにカフェで議論を交わす学生の姿。その自由でアカデミックな気風を京都にも、と外観や内装の細部にまで本場フランスのカフェの雰囲気を取り入れました。

いつ訪れても心落ち着く。パリの学生街のような喫茶店「進々堂京大北門前」

黒田辰秋氏による長テーブルが並ぶ。相席のご縁もこの店らしさ

図書館を思わせるどっしりと重厚なテーブルは、続木氏が木工・漆芸家の黒田辰秋氏に制作を依頼したもの。搬入の際、黒田氏は「200年は持つ」と話したそうです。「(黒田氏は)のちに人間国宝になられたから、曽祖父には何か先見の明があったんでしょうね。詩人でクリスチャンでもありましたし、未来を担う学生を応援したいという気持ちが強かった。パンのショーケースの台座には“学問は自己を超越する”とフランス語でつづられています」と、店内を眺めながら川口さんは目を細めます。

いつ訪れても心落ち着く。パリの学生街のような喫茶店「進々堂京大北門前」

「フルーツサンド」(740円・税込み)。ケーキと違って手で食べられるのがうれしい

学生を見守り、エールを送る姿勢はメニューにも感じられます。あらかじめコーヒーにフレッシュミルクを入れて提供するのは創業時からのスタイル。議論に夢中になるうちにコーヒーが冷めてミルクが混ざりにくくならないようにとの気づかいからで、京都の喫茶店ではしばしば見られるサービスです。パンにカレーを付けながらいただく「カレーパンセット」は、ベーカリーならではの発想と学生のニーズがマッチした名物メニュー。これならスプーンを使わずとも片手で食べられるので、読書や勉強をしながら食事をとることができます。

いつ訪れても心落ち着く。パリの学生街のような喫茶店「進々堂京大北門前」

「カレーパンセット」(830円・税込み)。ふっくらとしたパンに家庭的な味のカレーがよく合う

BGMのない店内は、窓からさしこむ柔らかな太陽の光のうつろいや、席を立つ人、座る人の気配、合間に聞こえる小さなおしゃべりで、時折ふわりと空気が入れ替わります。その静かで穏やかな時の流れは、この店が積み重ねてきた時間の層そのもの。演出も装飾も必要ない、ただそこに在るという豊かさが空間に漂っているように思います。

いつ訪れても心落ち着く。パリの学生街のような喫茶店「進々堂京大北門前」

“学問は自己を超越する”と彫られたパンのショーケースの台座。床のタイルも今では希少

「照明やタイルも、今では手に入りにくいものや、修理できる職人がいなくなってきているものばかりです。不便もあるし。全然バリアフリーじゃない(笑)。それでもなるべく創業時のままの姿を残していきたいと思います。いつ来ても同じ空気を感じてもらえるように……」

いつ訪れても心落ち着く。パリの学生街のような喫茶店「進々堂京大北門前」

今出川通に面した窓際は、心地よい光がさす特等席

変わらずにそこにあること。それは、そのままにしておくこととは違います。手入れをし、壊れたら修繕し、時代遅れの不便さに愛情をもって付き合ってようやく、「変わらない」この場所はあります。「なんとなく、ご先祖さまが見ているような気がしますね」と川口さんは笑います。

いつ訪れても心落ち着く。パリの学生街のような喫茶店「進々堂京大北門前」

隣接のベーカリーには毎朝焼きたてのパンが並ぶ。奥のレトロな日めくりカレンダーも現役

学生時代を京都で過ごし母校を訪れる人、何年ぶりかに京都旅行を楽しむ人、そういった人々がこの店を訪ねたとき、変わらない空間と穏やかな時の流れにほっとする。いつかの自分に再会したような気分になる。この店に心が宿っているとしたら、きっと何度もそんな光景を目にしてきたことでしょう。(撮影:津久井珠美)

進々堂京大北門前
京都市左京区北白川追分町88
075-701-4121
8:00~18:00
火曜定休

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PROFILE

大橋知沙

編集者・ライター。東京でインテリア・ライフスタイル系の編集者を経て、2010年京都に移住。京都のガイドブック、カフェ、雑貨などのムック本・書籍を中心に取材・執筆を手がけるほか、手仕事や印刷の分野でも書籍の編集に携わる。主な編集・執筆に『恋するKYOTO雑貨』(成美堂出版)、『京都手みやげと贈り物カタログ』(朝日新聞出版)、『活版印刷の本』(グラフィック社)、『LETTERS』(手紙社)など。自身も築約80年の古い家で、職人や作家のつくるモノとの暮らしを実践中。

PROFILE

津久井 珠美(つくい・たまみ)

1976年京都府生まれ。立命館大学(西洋史学科)卒業後、1年間映写技師として働き、写真を本格的に始める。2000〜2002年、写真家・平間至氏に師事。京都に戻り、雑誌、書籍、広告、家族写真など、多岐にわたり撮影に携わる。
http://irodori-p.tumblr.com/

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