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再び「12万円で世界を歩く」アメリカ編5

『12万円で世界を歩く』(朝日新聞社)が発刊されたのは約30年前。そのなかで歩いたルートと同じ道筋をいま、進んでみる。はたして12万円という予算で収まるのか。アメリカ編は、以前と同じようにグレイハウンドバスに乗って、アメリカ一周に挑む旅。

最終回はシアトルからバス旅がはじまったロサンゼルスへ。しかし、すでに予算は完全にオーバー。なんとか出費を減らそうと苦しい旅は続く。

【前回「アメリカ編4」はこちら】

今回の旅のデータ

再び「12万円で世界を歩く」アメリカ編5

シアトルからロサンゼルスへ

アメリカでの支払いで悩ましいのがチップ。僕らは予算がなく、常にテイクアウトの店で食べることにしていた。この種の店はチップ不要。

ロサンゼルスの晩、最後ぐらいはしっかりテーブルのある店で……とバーベキューバーガーの店に。支払いはクレジットカード。店員が手にしたタブレットは、チップのボタンをタッチするスタイルになっていた。が、15%、20%、25%の3択のみ。しかたなく15%をポチッ。隣にいた若者ふたり連れは、現金で支払っていた。テーブルに置かれたチップは5ドル札1枚。たぶん10%。予算が限られた旅は現金払いの方が得?

長編動画

小雨のシアトル散歩。パイク・プレース・マーケットからダウンタウン方向に進み、港まで。港では中国系の人たちが釣り糸を垂れていた。狙いはイカ。しかし釣果はわずか。

短編動画

ロサンゼルスはスケートボードが似合う街だ。歩道を水を得た魚のように動きまわる。

シアトルからロサンゼルスへ「旅のフォト物語」

Scene01

再び「12万円で世界を歩く」アメリカ編5

シアトルではダウンタウンの1泊ひとり46.79ドル、約5428円の宿。これでも2段ベッドだった。やはりアメリカのホテルは高い。翌朝、港に向かったが、途中の道はホームレス銀座。シアトルは寒いせいか、皆、テント暮らしだ。市が支給したのか、似たタイプのテントが多かった。

Scene02

再び「12万円で世界を歩く」アメリカ編5

シアトルといったらスターバックス。パイク・プレース・マーケットの向かいにある1号店は観光地になっていた。開店当初のスタイルを守っているようで、内装はシンプル。値段はほかのスターバックスと変わらない。でも僕らには高すぎる。列をつくる中国人観光客を眺めていました。

Scene03

再び「12万円で世界を歩く」アメリカ編5

港に近いパイク・プレース・マーケットは、魚介類を売る店が多いと思っていたが、目にしたのは3店のみ。どこもカニを前面に並べる観光鮮魚店だった。地元の人は、街なかのスーパーで買うんだろうなぁ……と思わせる観光地プライスが表示されていた。多いのは雑貨店。そういうもんでしょうな。

Scene04

再び「12万円で世界を歩く」アメリカ編5

昼すぎ、僕らのアメリカでのリビング兼ベッドであるグレイハウンドバスに乗るためターミナルに向かう。ここから丸1日の最後のバス暮らしが待っていた。ターミナルの隣は、シアトルマリナーズの拠点セーフコ・フィールド(2018年12月19日、「T-モバイル・パーク」に名称変更)。このときはオフシーズン。イチローの引退話もまだ無縁でした。

Scene05

再び「12万円で世界を歩く」アメリカ編5

グレイハウンドバスに乗り込んだ。バスのタイプはさまざまだが、ひじかけがくぼんだこのスタイルに出合うと、「やったー」とばかりに小躍りする癖がついてしまった。ここに頭を載せると固定され、ものすごくよく眠ることができるのだ。どうやって寝る? それは次の写真で。

Scene06

再び「12万円で世界を歩く」アメリカ編5

これが僕の就寝スタイル。ひじかけのくぼみにマフラーを載せると心地いい。うれしいことに、グレイハウンドバスの暖房は窓枠のところから暖かい風が出るスタイル。頭寒足熱を考えてくれている? この体勢でバスの車中泊を乗り切った。恥ずかしいので日本ではこのスタイルで寝ないようにしている。

Scene07

再び「12万円で世界を歩く」アメリカ編5

バスは南へ、南へと進んでいく。早朝、オレゴン州からカリフォルニア州に入った。バスは約2時間おきに小さなターミナルに止まっていく。職員がいないことも多い。そんなときはガードマンからトークンをもらい、それを投入してトイレに入る。約30年前は昼間もこのシステムだった。治安はかなりよくなってきた。

Scene08

再び「12万円で世界を歩く」アメリカ編5

朝7時、サクラメントに着いた。バスターミナルの前にある木に花が咲いていた。暖かくなってきた。シアトルからの乗客の多くはここでサンフランシスコ行きに乗り換えていった。しかし僕らはまだまだ南下しなくてはならない。あと9時間か……。サンフランシスコ行きを待つ乗客の列を眺めながらうなだれる。

Scene09

再び「12万円で世界を歩く」アメリカ編5

スーパーで買った食料も、だいぶ心細くなってきた。チーズは終わり、ハムだけをパンにはさむ僕らの朝食。これに2.15ドル、約249円のコーヒー。これまでいったい何日、この朝食でしのいできただろう。日数は数えたくない。そんな朝もこれで終わりだ。と、思っても力は湧いてこない。やはり疲れた。

Scene10

再び「12万円で世界を歩く」アメリカ編5

車窓をぼんやり眺めていた。と、唐突に「HOLLYWOOD」の文字。もうロサンゼルスは近い。長い旅だった。11月29日にバスに乗り、今日は12月10日。11日間、ただバスに乗っていた。動かないベッドで寝たのは3泊。アメリカの物価がこんなにも高くなければ……。唇をかんだ。

Scene11

再び「12万円で世界を歩く」アメリカ編5

午後3時半、バスはロサンゼルスのバスターミナルに到着した。もうバスに乗る必要はない。達成感はあまりないが、とりあえず記念撮影。日本に帰り、体重を測ると2キロ減っていた。約30年前もバスで一周し、体重が2キロ減った。つまり同じような貧しい食生活を送ったということか。

Scene12

再び「12万円で世界を歩く」アメリカ編5

このまま日本に帰るのはあまりに悔しい。つらいバス旅の腹いせというわけではないが、ユニオン駅近くのバーベキューバーガーの店に入った。これが11ドル。悔しいのでビールも飲んだ。予算はオーバーしているが、もうやけっぱち気分。しかしこのバーガーは……。むなしさだけが残った。

Scene13

再び「12万円で世界を歩く」アメリカ編5

グレイハウンドのバスターミナルと、空港行きのバスが出るユニオン駅の間にあるのがリトルトーキョー。30年前はここにあった安い宿に泊まった。当時に比べると、日本人の姿も少なく、だいぶ寂れた街になってしまった。1986年、チャレンジャー号爆発事故で死亡した宇宙飛行士、エリソン・オニヅカの記念碑があった。

Scene14

再び「12万円で世界を歩く」アメリカ編5

日本ではあまり目にしなくなった二宮金次郎像もリトルトーキョーにあった。この一帯に日本人向けの店が増えはじめたのは明治時代の後半ぐらいからとか。太平洋戦争前はアメリカ最大規模の日本人街であったという。二宮金次郎像があるのもうなずける。

Scene15

再び「12万円で世界を歩く」アメリカ編5

ロサンゼルス空港からデルタ航空で帰国した。アメリカをグレイハウンドバスで一周の旅。バスのなかで眠ること8泊。日本からもっていった非常食と現地のスーパーで買った食料でしのぐ、ぎりぎりの節約旅だった。しかし12万円の予算を、9万415円もオーバーしてしまった。

※取材期間:2018年12月8日~12月11日
※価格等はすべて取材時のものです。

【次号予告】次回からバングラデシュの村で12万円暮らしがはじまります。

・下川裕治インタビュー#01 「読者が僕に求めているのはつらい目に遭うことだから……」

・下川裕治インタビュー#02 相棒も共感できない特殊能力や癖とは?

・下川裕治インタビュー#03 旅の一番のピンチ、それでも続ける原動力とは?

BOOK

再び「12万円で世界を歩く」アメリカ編5

ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅

このコーナーで長く連載が続いた「玄奘三蔵が歩いた道」が1冊の本にまとまりました。「ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅」(中経の文庫)。西安からスタートし、シルクロードを西に。中央アジアからパキスタン、インドへ。さらにそこから西安まで戻る長い旅。玄奘三蔵の歩いたルートを辿る現代版・西遊記です。

PROFILE

下川裕治

1954年生まれ。「12万円で世界を歩く」(朝日新聞社)でデビュー。おもにアジア、沖縄をフィールドに著書多数。近著に「『裏国境』突破 東南アジア一周大作戦」(新潮社)、「僕はこんな旅しかできない」(キョーハンブックス)、「一両列車のゆるり旅」(双葉社)など。「週末アジアでちょっと幸せ」(朝日新聞出版)に続く、週末シリーズも好評。最新刊は、「週末ちょっとディープなベトナム旅」(朝日新聞出版)。

フォトグラファー

阿部稔哉(あべ・としや)
1965年岩手県生まれ。「週刊朝日」嘱託カメラマンを経てフリーランス。旅、人物、料理、など雑誌、新聞、広告等で幅広く活動中。最近は自らの頭皮で育毛剤を臨床試験中。

再び「12万円で世界を歩く」アメリカ編4

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