心に残る旅

加古隆さんのセネガルとマリ 車が大きな穴に突っ込んだ

いつもと違う場所で風に吹かれた経験は、折に触れて思い出すもの。そんな旅の思い出を各界で活躍するみなさんにうかがう連続インタビュー「心に残る旅」。第5回は作曲家でピアニストの加古隆さんです。

(聞き手:&TRAVEL副編集長・星野学、写真:猪俣博史)

未舗装の道を進み、伝統の祭りを見る

加古隆さんのセネガルとマリ 車が大きな穴に突っ込んだ

――最も印象に残る旅のエピソードを教えてください。

「テレビ番組の収録で行った、アフリカのセネガルとマリです。1982年だったと記憶しています。僕は1971年から80年までパリで生活し、そこからいろんな国へ旅していたので海外の旅には慣れていましたが、それでも、強く記憶に残る旅でした」

「まず、セネガルの首都ダカールで撮影した後、車で幹線道路を6、7時間進み、マリとの国境に近い街へ移動しました。そこから未舗装の道路をさらに車で3、4時間行った村の、伝統的なお祭りを撮影に行ったのです。撮影が延びて、暗くなってから村を出発し、真っ暗な舗装されていない道を2台の車に分乗して街へ向かっていたら、僕の乗っていた車が突然大きな穴に突っ込んだんです」

――無事だったのですか。

「幸いけがはしませんでしたが、その車は壊れて動かなくなってしまった。でも、僕は東京で演奏会のリハーサルがあり、翌日夜の便で日本に出発しないといけなかった。だからスタッフのみなさんが、無事だった方の車で、まず僕を拠点の街まで送ってくれたんです。その街からは1人旅です。ダカールまでは電車もバスもなく、行き先を書いたプラカードを持って乗客を募るドライバーが集まる場所があったので、ダカール行きの車を見つけて乗りました」

人間も自然の一部だった

加古隆さんのセネガルとマリ 車が大きな穴に突っ込んだ

セネガルのサバンナ( Getty Images )

――どんな旅路でしたか。

「サバンナの中をひたすら進むのですが、幹線道路のところどころにバス停があり、そこでは人々が地面に座ってバスを待っていました。その姿が、とてもさまになっていた。遠くには、キリンなのか馬なのかわからないけれど何かが歩いている。そういう光景を見ていたら、本当に人間も自然の一部なんだな、と実感しました」

「旅の前に、セネガルの音楽を、音源をいただいて聞いたんです。東京の住まいで聞いた時は、太鼓がドコドコ鳴り続けていて、よくもまあこんなに長時間演奏を続けられるなと思ったくらいで、特に深い印象はなかった。でも、その曲のカセットテープを帰路のサバンナでドライバーにかけてもらったら、もう、ぴったり合うんです。風景がずっと変わらない中で聴くと、はまる音楽でね。あの世界、あの空気、あの風土の中でこそ感じられる種類の音楽」

帽子がトレードマークに

加古隆さんのセネガルとマリ 車が大きな穴に突っ込んだ

――パリ国立高等音楽院でメシアンに作曲を学び、パリでジャズピアニストとして活動した後、日本に拠点を移して間もなく体験した旅です。人生や創作にどんな影響がありましたか。

「旅に先立ち撮影監督から、太陽光が大変強いので必ず帽子をかぶってきてください、と注意されました。困ったことに、僕は帽子が大嫌いだった。似合わないと思っていたし、高校時代の制服に帽子というスタイルにいい印象がなくて。知り合いに相談したら、ある帽子デザイナーを紹介してくれて、その彼が『どんな人にも必ず似合う帽子があります』と、いくつか作ってくれたんです。あの旅がなければ、帽子は僕のトレードマークにならなかった」

――コンサートで初めてかぶったのは?

「1984年、東京文化会館でしたね。僕は弾いている自分の顔が嫌いだったんです。音楽に入れ込んで陶酔しているから、映像で見ると恥ずかしくて。帽子をかぶったら顔が見えないんじゃないかという思いつきから始まったんです」

昔の曲は、引き算をしたくなる

加古隆さんのセネガルとマリ 車が大きな穴に突っ込んだ

©Nobuo MIKAWA

――5月からのコンサートツアー、どんな選曲にしますか。

「代表作と言われている『パリは燃えているか』や『黄昏のワルツ』は、それを期待して来られる方がいらっしゃるので弾くつもりです。それから、映画『散り椿』の音楽のような新しい曲も。あとは、今弾きたいと感じる曲です」

――今弾きたい……どんな曲ですか。

「チャンスがなくてコンサートではあまり弾いていないけれど、自分はよくできた曲だと思っているものです。たとえば30年前の曲は、作った時と同じようには弾かないんです。演奏法やテンポが変わるだけじゃなく、書き直したり割愛したりすることも多くて」

――昔の曲に手を加えたくなるのですか。

「加える、というと足し算ですが、僕は引き算をしていきます。余計だな、くどい、と思った部分は、音を削っていく。俳句の世界に似ていますね」

――引き算をしていく感覚は、どこから生まれるのですか。

「経験が教えてくれる知恵です。たとえば、ジャズを演奏する時は楽器をマイクで拾って音を増幅しますが、必ず何かが聞こえにくくなる。ベースの音が聞こえにくければベースを上げてくれ、と頼む。その結果ピアノが鮮明でなくなったから、次はピアノを上げてくれ、となる。でも、このやり方はいい結果に結びつかない。むしろ、聞こえにくい楽器があるなら、周りの音を下げたほうがいい。そうするとクリアに聞こえる。これは引き算ですよね。そういう音作りのほうが正解になることを覚えたんです」

――かつての自作に余計なものがある、ということですか。

「そういうことです。特に若い時は、1度で済むフレーズを、2回も3回も繰り返したくなるものなんです。そうしないと説得力がないと思うから。でもしばらくしてから聞くと、繰り返しは効果的でないと思い至るんです」

加古隆さんのセネガルとマリ 車が大きな穴に突っ込んだ

――アフリカの旅をされた頃の加古さんのジャズを聴くと、フランス音楽のようなハーモニーなど、表現の可能性を追求する意思を感じます。でも、2009年のアルバム「SILENT GARDEN」を聴いたとき、無駄な音が一つもない、と思いました。この間、加古さんの音楽には革命的な変化があったように思えます。

「『ポエジー』(1986年)を完成させたことが大きなきっかけでした。それまでは、自分で書いた断片的なモチーフをもとに即興することが基本的な僕のスタイルでした。でも、尊敬する音楽評論家の野口久光さんが『1曲でいいから誰でも知っているメロディーを取り上げ、それを加古さんらしく弾くといい』と勧めて下さり、随分悩んだあげく、『グリーンスリーブス』の旋律をもとに作ったのです。その結果、シンプルなメロディーがどれだけ雄弁かを実感し、不要な音は外していく方向に変わっていきました。『SILENT GARDEN』は、すべての音を楽譜に書く、という手法に戻った曲です。今も即興は曲が生まれる過程では大切にしますが、作品をまとめるときは、シンプルなものほど力強く聴き手に訴えることができるし、僕の音楽性にもその方向性がはまったんです」

違いを知って自分を知る旅

「旅に話を戻しますと、僕は仕事がなければよく旅をします。普段生活している空間が世界のすべてではないと実感できるから。世界の多様性や広さを、自分で足を運んで確かめる。それから日常へ戻ると、今までとは違ったレベルで自分の生活に向きあえる。違いを知ることで自分を知ることができる」

「一方で、世界のどこに行こうと、絶対に変わらない加古隆がいる。昔、ポルトガルのリスボンで、言葉がまったく通じないおじいさんとおばあさんの食堂に行ってご飯を食べていたとき、こんな場所にいても僕自身は何も変わっていない、と気づいた。『個』に思いをはせ、自分はどこから来てどこへ行こうとしているのかを思わせてくれるのも、旅なのです」

INFORMATION

加古隆ソロ・コンサート2019「ピアノと私」

●5月6日(月・休) 開演14:00 (開場13:30) 愛知・名古屋市芸術創造センター
問い合わせ:中京テレビ事業 052-588-4477

●5月11日(土) 開演14:00 (開場13:30) 東京・サントリーホール
問い合わせ:キョードー東京 0570-550-799

●5月12日(日) 開演15:00 (開場14:30) 高崎市文化会館
問い合わせ:桐生音協 0277-53-3133

●6月8日(土) 開演13:30 (開場13:00) 札幌コンサートホール Kitara小ホール
問い合わせ:オフィス・ワン 011-612-8696

●6月22日(土) 開演14:00 (開場13:30) 大阪・いずみホール
問い合わせ:キョードーインフォメーション 0570-200-888

いずれも全席指定¥6,500 (前売り、税込)

PROFILE

旅する著名人

家入レオ、ふかわりょう、HARUNA(SCANDAL)、福士蒼汰、加古隆、池内博之、吉田戦車、清水尋也

加古 隆

作曲家・ピアニスト

東京芸術大学大学院で作曲を修了後、パリ国立高等音楽院でメシアンに師事。現代音楽を学びつつ、1973年にパリでフリージャズ・ピアニストとしてデビュー。帰国後は様々な分野の作品、映画音楽、ドキュメント映像の作曲も数多い。代表作にNHKスペシャル「映像の世紀」「新・映像の世紀」のテーマ曲「パリは燃えているか」など。ピアニストとしての音色の美しさから「ピアノの詩人」とも評される。
映画音楽では1998年モントリオール世界映画祭のグランプリ作品、マリオン・ハンセル監督「The Quarry」の音楽で最優秀芸術貢献賞。毎日映画コンクールの音楽賞(小泉堯史監督「阿弥陀堂だより」「博士の愛した数式」)。日本アカデミー賞優秀音楽賞(杉田成道監督「最後の忠臣蔵」、小泉堯史監督「阿弥陀堂だより」「蜩ノ記」、木村大作監督「散り椿」)。2016年度日本放送協会放送文化賞を受賞。

オフィシャルサイト:http://www.takashikako.com/

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