いつかの旅

連載エッセー「いつかの旅」 (23)遺書

連載エッセー「いつかの旅」 (23)遺書

 つい最近まで、旅にでるときは遺書を書いていた。
 遺書といっても死の覚悟をつづったものではないので、厳密には遺書とは呼ばないのかもしれない。死の覚悟など到底できる気がしない。怖すぎて想像できない。ゆえに、私が書くのは死後についてのことだ。これは漠然と浮かぶ。

 私は日記をはじめとして映画ノート、食ノート、ネタ帳、創作メモなど、雑多な記録をつけている。もちろん旅の間も旅ノートをせっせと書いている。それらの記録は人には見せない。見せたくない。自分のためだけの記録だ。パソコンや携帯電話の中には書きかけの小説や、まだ小説にもなっていない言葉の連なりが入っている。それらも絶対に見られたくない。私が世の中に本として発表する文章は、何度も推敲(すいこう)を重ね、編集者や校正の目を通したもので、未完成の文章なんて目も当てられない。

 なので、遺書にはノートやパソコンの類はすべて破棄して欲しい、と書く。それをパソコンのキーボードの上に置いて旅にでる。遺書というか、切実なるお願いだ。ときどき、亡くなった作家の未発表原稿が見つかったというニュースが流れるが、読みたい気持ちを超えて「掲載しないであげて」と思ってしまう。手紙や手記なんかが展示されていると、自分の身におきかえて「拷問だ」と羞恥(しゅうち)にもだえる。

連載エッセー「いつかの旅」 (23)遺書

 自意識過剰だと思われるだろうか。文豪と呼ばれるような作家でもないのだから要らぬ心配だとはわかっている。しかし、どうしても想像してしまうのだ。もし、旅先で劇的な死に方をしたら……と。劇的な死に方をしたから、という理由だけで、たいして完成度も高くない小説や恥ずかしい日記が公開されてしまったとしたら……。

 死にたい、と思う。いや、もう死んでいる想定なのだけど。でも、死に相当する屈辱や羞恥はある。不本意なものをさらされるのは死に等しい。死んだらなにもわからないじゃない、と言われても、想像できてしまう以上なかったことにはできない。嫌なものは嫌だ。私はきっと死んだ後、何度も死にたくないのかもしれない。なにもかも一度の死で消えてしまいたい。

 ただ、最近は遺書を残すことが減った。なにがあるかわからない気持ちはなくならないし、自分の日記やメモが見られることは嫌だけれど、自分の死は自分だけのものではないように感じることが増えたせいだろう。私が死ぬのと、残された人の中での私の死は、きっと同じタイミングではない。だから、一度の死で終わらせるのはきっと不可能だ。それに気づいたのは、昔よりは死に近くなったせいなのだと思う。

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PROFILE

千早茜

1979年北海道生まれ。幼少期をアフリカのザンビアで過ごす。立命館大学卒業。2008年、小説すばる新人賞を受けた「魚神(いおがみ)」でデビュー。同作は2009年の泉鏡花文学賞を受賞。2013年、「あとかた」で島清恋愛文学賞。「あとかた」と「男ともだち」(2014年)が直木賞候補作になった。2018年には尾崎世界観さんと共作小説「犬も食わない」を刊行。2019年には初の絵本「鳥籠の小娘」(絵・宇野亞喜良)を上梓。著書はほかに「クローゼット」、エッセー「わるい食べもの」など多数。

フォトグラファー

津久井 珠美(つくい・たまみ)

1976年京都府生まれ。立命館大学(西洋史学科)卒業後、1年間映写技師として働き、写真を本格的に始める。2000〜2002年、写真家・平間至氏に師事。京都に戻り、雑誌、書籍、広告、家族写真など、多岐にわたり撮影に携わる。
http://irodori-p.tumblr.com/

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