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再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編3

バングラデシュ南部の村で10日間、暮らすことはできないだろうか。約30年前に発刊された『12万円で世界を歩く』(朝日新聞社)をなぞる旅の番外編。総費用12万円で暮らす旅に挑戦することにした。

しかし家探しは難航。クトゥパロンには巨大なロヒンギャ難民キャンプがある。その近くなら、援助団体のスタッフが多い。外国人にも家を貸してくれるかもしれないと向かったのだが、うまくはいかなかった。しかしそこで難民景気に沸く状況を目の当たりにしてしまう。現地の知人を通し、難民キャンプに入る許可証をつくってもらった。

ロヒンギャ難民は隣国ミャンマーから流入した。ミャンマーのラカイン州では、イスラム教徒のロヒンギャと仏教徒のラカイン族の間のいさかいが絶えなかった。その衝突に端を発し、ミャンマー軍が動いたことで、多くのロヒンギャ難民がバングラデシュに避難する結果を生んだ。バングラデシュ南部には、難民を収容するいくつものキャンプがつくられている。3回目は、そのなかで最も規模が大きいクトゥパロン難民キャンプから。

【前回「バングラデシュ編2」はこちら】

今回の旅のデータ

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編3

クトゥパロン難民キャンプからチョドリパラ村へ

クトゥパロン難民キャンプに収容されている難民の数や広さには、さまざまな情報がある。というのも、難民の流入が一気に増え、それを受け入れるためにキャンプの新設や統合が繰り返されているからだ。さまざまな情報から考えると、収容されているロヒンギャ難民は現在、約60万人。広さは12平方キロ前後ではないかと予測できる。

キャンプ内で働く援助団体のスタッフによると、キャンプ内の治安はあまりよくないという。訪ねるなら昼間。援助団体のスタッフ同伴で行くようにしたほうがいい。僕らも現地の援助団体の協力を得て、キャンプ内に入った。

長編動画

クトゥパロンの難民キャンプのなかを歩きまわる1時間。粗末な家、学校、米の配給センター、医療施設……。キャンプ見学を追体験してください。

短編動画1

難民キャンプの外、クトゥパロンの市場の喧騒(けんそう)を。物資の大半は難民キャンプに運ばれていく。

短編動画2

2月21日は国際母語デー。これはバングラデシュが東パキスタンだった時代に起きた衝突が起源になっている。現在のパキスタンである西パキスタンは、東西パキスタンの言語を、西パキスタンのウルドゥー語に統一しようとした。これに対し、バングラデシュの学生たちが反発。西パキスタンの兵士と衝突し、多くの犠牲者が出た。その精神を忘れないようにと、この日は学生たちの行進が行われる。その様子を。

クトゥパロン難民キャンプからチョドリパラ村へ「旅のフォト物語」

Scene01

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編3

こんな風景が、クトゥパロン難民キャンプでは次々に現れる。丘陵地全体に、竹で編まれた家がもうどこまでも広がっているのだ。世界最大の難民キャンプではないか、といわれているが、この規模を目の当たりにすると、納得してしまう。キャンプ内に地図はあるが、どこにいるのかまったくわからなくなる。

Scene02

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編3

難民のヌルホックさん。1年6カ月前に、ミャンマーからバングラデシュに。はじめはサッカー場を拠点にしていたそうだが、すぐにこの難民キャンプへ。ヌルホックさんは、なにを思ったのか、家のなかから1枚の証明書をもってきた。ミャンマーの土地の権利書だという。これが難民である証しということだろうか。

Scene03

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編3

キャンプ内には援助団体が運営する学校がいくつもある。子供たちは、ここでロヒンギャの言葉や英語を学んでいる。先生自身も難民という学校も少なくないという。そのひとつを見せてもらった。僕らが行くと、子供たちの声が急に大きくなった。子供たちなりに置かれた環境を理解しているかのようだった。

Scene04

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編3

難民キャンプ内にはエリアごとに米配給センターが設置。2人から6人家族で、半月に米30キロとペットボトルに入った食用油3本、8人家族以上で半月に米40キロと油3本が支給される。配給センターから各家に米を運ぶのも難民。彼らは運び賃を受けとり、それを生活費にあてている。

Scene05

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編3

キャンプ内の商店街は数カ所。こうして眺めると、もう街に見えてくる。60万人以上という人口は、日本の都道府県に当てはめると、鳥取県よりやや多い数。難民はキャンプの外では店をもてない。逆にバングラデシュ人はキャンプ内に店をつくることができない。この商店の人々がクトゥパロンの街で仕入れをしていたのだ。こうして難民景気が生まれていく。

Scene06

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編3

キャンプ内はわけもなく歩いている人が多い。仕事を探しているのだという。いちばん多い仕事は家づくりや道の整備など。僕らが訪ねたのは雨期直前。雨の季節がはじまると、道が水路になり、排水路づくりや道の簡易舗装などの仕事が生まれるというが。

Scene07

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編3

キャンプ内で仕事がみつかる男たちは多くない。収容された難民たちの日々は、基本的に暇。最低限の食料は支給されるからだ。この茶屋では男たちがテレビに見入っていた。しかしキャンプ内ではいさかいが絶えないと、援助団体のスタッフ。難民たちの精神状態は不安定なのだろう。

Scene08

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編3

キャンプでは電気がないところがほとんど。援助団体から配られる物資もそれを考慮し、ソーラーバッテリー式が多い。この日はソーラー式のライトの支給日だった。こういった物資の一部は、そのままキャンプからもち出され、クトゥパロンの商店を通して近隣の村に売られていくという。

Scene09

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編3

キャンプ内の診療所。医師によると、感染症が一気に広まることが多いという。2カ月ほど前には水ぼうそうが大流行。1日に100人以上がやってきたという。医師たちが気にしているのは生まれる子供たちの多さだ。ユニセフの調査では1日60人以上。年に2万人を超える。鳥取県で生まれる子供は年に4400人ほどというから、その多さがわかるはず。

Scene10

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編3

この診療所に隣接して、「Women Friendly Space」という建物があった。キャンプ内では性的な暴力も多いという。しかし女性たちが信じるイスラム教では中絶は禁じられている。「子供が生まれれば頑張って生きていける」という女性もいると、ひとりの医師がいうのだが……。

Scene11

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編3

難民キャンプを歩いていると、昔からの知り合いから連絡が入った。チョドリパラというミャンマー国境に近い村に借りることができる家があるという。年配の女性がひとりで暮らしているが、近くに娘の家があるので、10日間ぐらいなら空けてもいいという話だった。急いでチョドリパラ村に向かう。村に着いたときはすでに日が暮れていた。

Scene12

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編3

借りる家で寝たが、どんな家なのか、暗くてわからなかった。翌朝、庭から眺める。掘っ立て小屋……? そう思うかもしれない。しかし周辺の家も同じようなもの。この家を借りることにした。庭が広くていい。家賃は10日間で5000タカ、約6550円。12万円の予算内におさまりそうだった。

Scene13

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編3

僕が寝たスペースを眺める。部屋はふたつ。脇に台所。昨夜は暗くてわからなかったが、壁は竹を編んだだけの一枚壁。朝、鶏や猫の声がよく聞こえると思ったが、この壁なら外の音は筒抜けである。隙間が多いから、蚊も出入り自由。戸外に蚊帳(かや)をつって寝るようなもの? そういわないでください。

Scene14

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編3

朝、チョドリパラ村を歩いてみた。世帯は115軒ほど。人口は約500人。仏教徒のラカイン族だけが暮らす小さな村だった。2分も歩くとナフ川の土手に出る。この川がミャンマーとの国境だった。対岸のミャンマーがよく見える。この村に10日間暮らす。はたしてどうなるのだろうか……。

Scene15

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編3

家に戻ると、この家の家主であるミーシンさんが姿を見せた。僕らがうまくやっているのか気になる? 違いました。朝、僕らは雑貨屋でもち米にココナツをかけたご飯を買った。その話があっという間に村で広まり、それなら「私がつくる」ともち米持参でやってきたのだ。村の人は放っておいてはくれない。これがチョドリパラ村の暮らし? そのあたりは次回に。

【次号予告】次回はチョドリパラ村の暮らしを。

※取材期間:2019年2月13日~2月21日
※価格等はすべて取材時のものです。

■下川さんによるクラウドファンディング
「バングラデシュの小学校校舎の修繕プロジェクト」はこちら

 

■下川裕治インタビュー

#01 「読者が僕に求めているのはつらい目に遭うことだから……」

#02 相棒も共感できない特殊能力や癖とは?

#03 旅の一番のピンチ、それでも続ける原動力とは?

BOOK

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ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅

このコーナーで長く連載が続いた「玄奘三蔵が歩いた道」が1冊の本にまとまりました。「ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅」(中経の文庫)。西安からスタートし、シルクロードを西に。中央アジアからパキスタン、インドへ。さらにそこから西安まで戻る長い旅。玄奘三蔵の歩いたルートを辿る現代版・西遊記です。

PROFILE

下川裕治

1954年生まれ。「12万円で世界を歩く」(朝日新聞社)でデビュー。おもにアジア、沖縄をフィールドに著書多数。近著に「一両列車のゆるり旅」(双葉社)、「週末ちょっとディープなベトナム旅」(朝日新聞出版)、「ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅」(中経の文庫)など。最新刊は、「12万円で世界を歩くリターンズ 【赤道・ヒマラヤ・アメリカ・バングラデシュ編】」 (朝日文庫)。

フォトグラファー

阿部稔哉(あべ・としや)
1965年岩手県生まれ。「週刊朝日」嘱託カメラマンを経てフリーランス。旅、人物、料理、など雑誌、新聞、広告等で幅広く活動中。最近は自らの頭皮で育毛剤を臨床試験中。

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編2

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