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再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編4

約30年前に発刊された『12万円で世界を歩く』(朝日新聞社)をなぞる旅の番外編。バングラデシュ南部のチョドリパラ村で暮らすことになった。総費用は12万円である。

難航した家探しの末、やっとみつかったのは、ミャンマー国境に近いチョドリパラ村の一軒家だった。年配の女性が住んでいたが、近くに娘の家があるので、10日間、空けてくれることになった。家賃は5000タカ、約6550円。

チョドリパラ村は人口約500人の小さな村だった。仏教徒のラカイン族が暮らしている。家は掘っ立て小屋にも映るが、このあたりでは普通の家。庭が広かった。

村での一夜が明けた。村暮らしがはじまる。

【前回「バングラデシュ編3」はこちら】

今回の旅のデータ

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編4

チョドリパラ村で暮らす

チョドリパラ村は、コックスバザールからバスで南に3時間ほど。渋滞がなければもう少し早く着く。バス代は150タカ、約200円。テクナフ行きのバスに乗り、村の入り口で降ろしてもらう。バスは30分に1本といった割合で運行されているので、予約などの必要はない。村からバスの終点のテクナフまでは30分ほど。テクナフはミャンマーとの国境の街で、正規の往来はこの街。ミャンマーからの物資もこの街に入る。

ラカイン族はミャンマー側にも暮らしている。かつては簡単に往来できたというが、密輸のとり締まりもあり、厳しさを増した。最近はロヒンギャ難民の流入もあり、管理はさらに厳しくなってきている。

長編動画

朝の散歩を一緒に1時間……。村の入り口から寺に寄り、村のメイン通りを歩いて村の終わりの東屋まで。

短編動画1

米を臼でつくところからはじまる菓子づくり。家の家主のミーシンさんが僕らのためにつくってくれました。

短編動画2

夕方、村の人たちに教わりながら料理づくり。手つきがぎこちない。そこから散歩。いつもお茶をごちそうしてくれた庭木の多い家へ。

チョドリパラ村で暮らす「旅のフォト物語」

Scene01

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編4

1日のはじまりは庭の落ち葉の掃除から。そういうと、村暮らしに慣れているように思われるが、家主のミーシンさんが朝、落ち葉を集めているところを見て、慌てて倣った。暮らしたのは乾期が終わる頃。変色した葉がかなり落ちる。落ち葉は午後、庭の隅で燃やす。それも日課になった。

Scene02

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庭掃除を終えると、歩いて1分の雑貨屋へ行って、ココナツをまぶした蒸したもち米とミルクティーを買う。15タカ、約20円の朝食。これが村に広まり、翌日、現れたミーシンさんは、「私がつくってあげる」ともち米を臼でつきはじめた。村には買うという発想があまりない。まずつくる──。その流儀に戸惑う。

Scene03

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庭でぼーッとしていると、向かいのチョーバーシンさんの家で働く青年が水を運んできた。村には水道がない。チョーバーシンさんの家には井戸があり、それを近所の人たちも利用している。水も運ばねば……。5回ほど運ぶと貯水槽がいっぱいになる。この水は料理、水浴び、洗濯などに使う。

Scene04

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ひと段落すると仕事にとりかかる。バングラデシュ南部の小さな村にいても、締め切りはやってくる。ありがたいおせっかいというか、親切というか、村の青年が意気に感じてネットをつないでくれた。「よけいなことをして……」と文句をつぶやきながら、原稿を書く。BGMは鶏の鳴き声です。

Scene05

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昼食でもつくろうか……。庭のテーブルでニンジンの皮をむく。彼らは包丁を使わず、歯がこぼれた小型ナイフで切り刻んでいく。それに倣っているのだが、うまくやれるのか、村の人たちは気が気ではないらしい。ミーシンさんも遠巻きに様子をみにくる。そのうちに近所から差し入れが届く。それが村の暮らし。

Scene06

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昼食を食べたら昼寝。床にごろりと寝ると、つい寝入ってしまう。暑い季節の前なので、それほど暑くはない。苦しそうな顔で寝ていますが、これ、心地よく眠っている顔です。村もこの時間帯、道を歩く人もいなくなる。たぶん、皆、日陰で眠っているはず。村の暮らしはぜいたくです。

Scene07

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編4

昼寝から目が覚めたら水浴び。水は冷たいが、「えいッ」と気合で水を体にかけると、やがて体がほっこりしてくる。難しいのはロンジーという筒形の布を巻いたまま、お尻を洗う術。村の男たちは、ロンジーの裾をたくしあげて起用に洗うのだが。僕も倣ったが、しばしばロンジーが落下。慌てて隠すことを繰り返していた。

Scene08

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水を浴びたら午後の散歩。この村のなかでいちばん好きな場所の東屋に行くと、すでに先客が。昼寝から目覚めた男たちがやってきていた。皆、たわいのない世間話を交わしているだけだが。午後の時間帯はおじさんタイム。夕方からはギターを手にした若者たちが集まってくる。それが東屋の利用規則のように。

Scene09

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編4

東屋で休み、村内散歩。といっても小さい村だから、すぐに終わってしまう。村の人が声をかけてくれ、家に入るとミルクティーをごちそうしてくれる。ここは僕のお気に入りのスペース。村の中央にある家だが、庭に木々が多く、ミルクティーがおいしいから。この家のご主人はマレーシアに出稼ぎ中。

Scene10

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家に戻るとベンガル人が魚を売りに来ていた。これで夕飯にしようか。村の人も集まってくる。1匹175タカ、約233円。買おうとすると、村の人に止められた。高いという。村には魚屋も肉屋もない。どうしようか。リキシャで20分ほどのニラの村に行けば、鶏肉を売っているという。その結末は次の写真で。

Scene11

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ニラの市場へ。鶏肉屋に行くと……生きていました。「こっちが地鶏でこっちがブロイラー」「いや、そういうことじゃなくて。村の人は皆、生きた鶏を買っているんですか」「そうだよ」。そういわれても……。僕は生きた鶏をしめた経験がなかった。村で暮らすって、こういうこと?

Scene12

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編4

結局、ニラの市場で魚を買って帰った。すると、魚は向かいのチョーバーシンさんの家に持っていかれ、下ごしらえがすみ、ターメリックが塗られて戻ってきた。僕らの手つきを見て、魚の下ごしらえは難しいと判断されてしまったようだ。僕らがやったこと? そう、こうやって焼くことだけでした。

Scene13

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チョーバーシンさんの娘さんたちが手伝ってくれて副菜づくり。といってもお茶サラダ。野菜を切り、唐辛子やニンニクを入れ、雑貨屋で買った発酵させたお茶と和えていく。10日間村で暮らし、習得した料理はこれだけ。あとはどれも、村の人が半分以上はつくってくれた。ちょっと情けない。

Scene14

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編4

夕暮れになると、近所の家から差し入れが届く。夕飯は予想していた以上に豊かになっていく。自炊が苦手? ちょっと悔しいので、僕らが焼いた魚を中央にして写真を撮ってもらいましたが。ラカイン族の料理は、ターメリックをふんだんに使うことを知った。煮物も揚げ物も。魚もターメリック焼きです。

Scene15

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編4

夕方6時半。きっかりと近所の男たちが現れる。手にしているのはコーラやジュースの小びん。なかには米からつくった焼酎が入っている。彼らは仏教徒なので問題はないが、周囲はイスラム教を信仰するベンガル人。気を遣い、こっそりと自分たちでつくっている酒だ。毎日の晩酌……。ラカイン族の村の流儀です。

【次号予告】次回はチョドリパラ村の暮らしの続きと帰路ダッカまで。

※取材期間:2019年2月14日~2月24日
※価格等はすべて取材時のものです。

■下川さんによるクラウドファンディング
「バングラデシュの小学校校舎の修繕プロジェクト」はこちら

 

■下川裕治インタビュー

#01 「読者が僕に求めているのはつらい目に遭うことだから……」

#02 相棒も共感できない特殊能力や癖とは?

#03 旅の一番のピンチ、それでも続ける原動力とは?

BOOK

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編4

ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅

このコーナーで長く連載が続いた「玄奘三蔵が歩いた道」が1冊の本にまとまりました。「ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅」(中経の文庫)。西安からスタートし、シルクロードを西に。中央アジアからパキスタン、インドへ。さらにそこから西安まで戻る長い旅。玄奘三蔵の歩いたルートを辿る現代版・西遊記です。

PROFILE

下川裕治

1954年生まれ。「12万円で世界を歩く」(朝日新聞社)でデビュー。おもにアジア、沖縄をフィールドに著書多数。近著に「一両列車のゆるり旅」(双葉社)、「週末ちょっとディープなベトナム旅」(朝日新聞出版)、「ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅」(中経の文庫)など。最新刊は、「12万円で世界を歩くリターンズ 【赤道・ヒマラヤ・アメリカ・バングラデシュ編】」 (朝日文庫)。

フォトグラファー

阿部稔哉(あべ・としや)
1965年岩手県生まれ。「週刊朝日」嘱託カメラマンを経てフリーランス。旅、人物、料理、など雑誌、新聞、広告等で幅広く活動中。最近は自らの頭皮で育毛剤を臨床試験中。

再び「12万円で世界を歩く」バングラデシュ編3

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