心に残る旅

吉田戦車さんの西表島 親子3人、遊びに遊んだ10日間

いつもと違う場所で風に吹かれた経験は、折に触れて思い出すもの。そんな旅の思い出を各界で活躍するみなさんにうかがう連続インタビュー「心に残る旅」。第7回は漫画家の吉田戦車さんです。

(聞き手:渡部麻衣子、写真:山田秀隆)

島の民宿に長逗留 娘の“初めて”がたくさん詰まった旅

吉田戦車さんの西表島 親子3人、遊びに遊んだ10日間

――吉田さんはこれまで、お出かけを題材にした漫画やエッセーをいくつも発表していますが、とりわけ心に残っている旅を挙げるとしたら、どちらでしょうか。

「一番となると、2015年7月に家族3人で行った西表島です。僕たち夫婦(妻は漫画家の伊藤理佐さん)はそろって休みをとるのも一苦労なのですが、その年は娘が幼稚園最後の年。たまったマイルの期限も迫っていたし、一度は家族で沖縄に行っておきたかったので、決行することにしました。期間は10日ほど、まだ夏休み前の時期でした」

――まとまった休みをとるための仕事の調整も大変だったのでは。

「かなり前倒し前倒しで、それでも1本くらいは休ませてもらったのかなぁ。僕は前倒しが嫌いだから、直前まで『もう行くのやめようよ』と言っては、妻に怒られていました」

――現地ではどのように過ごしたのでしょうか。

「友達が薦めてくれた民宿に長逗留して、海岸でちゃぷちゃぷ遊んだり、ヤシガニ探索をしたりしました。特に娘にとってはシュノーケルで海中を見たことは得難い経験だったようで、小4になった今でも『また西表島に行きたい!』と言ってくれます。……さすがに、10日も休むのはもう無理ですけど」

「それまでも家族旅行はしていましたが、娘の記憶にちゃんと残ったと親が確信を持てる旅としては、初めての大規模な旅でした」

――他にはどんなことを。

「レンタカーで、島中のスーパーを地図を見ながら巡りました。僕、地方のスーパーを見て回るのが大好きなんですよ。マンゴーとか沖縄ならではの食べ物系をね、たくさん買い込んで自宅や親戚、友人にどかーんと送りました。これはなかなかいいお土産だったと思います」

――いまいちなお土産もあったんですか?

「地元の漁師さんが仕事でリアルに着るような、完全化繊、すぐ乾くTシャツも『いいな!』と購入しましたが、東京ではびしょ濡れになる機会なんてそうそうない。ツルツルしすぎていて静電気でまとわりつくので、これはなんか違うな……と」

――伊藤さんから「お土産買いすぎ」ととがめられることはなかったのでしょうか。

「いえ、妻は僕以上にためらいなくガンガン買う人なので」

吉田戦車さんの西表島 親子3人、遊びに遊んだ10日間

――吉田さんは、もともと旅好きなんですか?

「独身時代は出無精で、一人旅もしないタイプでした。結婚してからですね、やっぱり連れ合いがいると何かイベントをしなきゃまずい気がして。今では家族との旅行が一番の楽しみです」

「友人との旅も、家族にはない大人の修学旅行感があっておもしろいんですけどね。2011年の震災以降、毎年秋になると、しりあがり寿さんたちと岩手にボランティアに行くんですが、それがかなり楽しい。観光らしい観光はあまりせず、おいしい海のものを食べて帰ってくるだけなのに」

――「娘と2人だけで旅をしてみたい」という願望はありますか?

「ないです。行くなら2人じゃなくて親子3人がいいし、2人で行くとしたら相手は妻がいい。2人とも酒好きなので、楽しいんですよ。子どもが生まれてからは1度だけですね。震災関連のイベントで夫婦でサイン会をすることになって、子どもを預けて岩手に1泊しました。知らない町の飲み屋ではしご、あれは非常に良かったです」

――旅先でお酒を飲むのが好きなんですね。

「飲まない旅はないです。西表島の宿では、泡盛が飲み放題だったんですよ。一升瓶がドンドンッと置いてあって、天国でした。もちろん娘がいるので深酒はしないですが」

「あと、その宿の本棚にはたくさん漫画があって、そこで僕は初めて“漫画を読んでいる娘”というものを見ました。まぁ、娘が漫画を読むのはその時が初めてではなかったかもしれないけど、僕がその姿を目にしたのは初めて。そういう意味でも、西表島は思い出に残る旅でした」

吉田戦車さんの西表島 親子3人、遊びに遊んだ10日間

西表島の旅の様子は『まんが親』第4巻に収録されている第130、131話で読めます。©吉田戦車/小学館

外歩きは基本ネタ探し 古い街並みや地方で暮らす人に心ひかれる

吉田戦車さんの西表島 親子3人、遊びに遊んだ10日間

――吉田さんは1995年から1998年にかけて『ぷりぷり県』という、各県の特産品や県民性をユニークに盛り込んだ漫画を連載しておられました。47都道府県すべてに行ったことがあるのですか。

「ちょうどその頃に、できるだけ日本中を回ろうと意識して白地図を買いました。行った県を塗りつぶしていたんですが、まぁ、全部は無理でしたね。石川県と宮崎県は白いままだし、香川県と徳島県もまだ宿泊したことはない。当時は画像検索も今ほど便利じゃなくて、『るるぶ』や『まっぷる』、各都道府県のお国自慢本などを頼りに描いていました」

――秋田ならなまはげ、茨城なら納豆など、出身地の特徴がそのまま各キャラクターの性格に生かされていました。郷土色とキャラクターを結びつけるのは難しくはなかったですか?

「秋田、茨城あたりはやりやすかったものの、迷う県も結構ありました。たとえば、福井のメガネ生産量日本一をどうやってネタにするか、とか。あえて地元の人が嫌がりそうな特徴を選んで描くのは楽しかったですね。大阪名物迷惑駐車とか、会津と長州のいさかいとか」

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――実際に足を運ぶことは、漫画を描く上で欠かせないことなのでしょうか。

「僕にとって、外歩きは基本ネタ探しです。特に今連載している『出かけ親』はエッセー漫画というカテゴリーなので、実際にどこかに出かけないとどうしようもない。できるだけバリエーションのある出かけ方を心がけています」

――これはネタになると、吉田さんのアンテナに引っかかるものは。

「看板とか貼り紙とか、文字周りのおもしろさを常に探しているのは職業病かもしれない。たまたま入った店でお客さんの会話がおもしろいと、『もらった!』とすかさずメモします。旅先でも、子どもたちが地元の言葉で会話しているのを見ると、あとをつけたくなる。単純に、方言やなまりがすごく好きというのもありますが」

――4コマ漫画『伝染(うつ)るんです。』では、一般社会ではちょっとめんどくさいなぁと思われてしまうような人もキャラクターとして登場しました。

「社会不適合者へのシンパシーみたいなものは、常にあったかもしれないです。自分はなんとか社会人としてやっていこうとしている一方で、アナーキーな、アウトローな存在へのあこがれもあって、それが投影されていたというか」

――人を観察するのが好きとのことですが、対象が自分の娘となるとなおさらではないですか?

「自由研究じゃないですけど、ちょっと異常なくらい妻と一緒に観察しまくってましたね。特に赤ちゃんの頃や2、3歳の頃のすっとんきょうな感じというのは、子育てエッセー漫画『まんが親』でも描いていて非常におもしろかった」

「ただ、僕らのエッセー漫画はまだ娘には読ませていません。事実を元にしているとはいえフィクションも少し入っているから、それが娘自身の記憶と混同されちゃかなわないなと思って。中学生になったら解禁するつもりです」

吉田戦車さんの西表島 親子3人、遊びに遊んだ10日間

――コミック誌で連載中のお出かけエッセー漫画『出かけ親』にも娘さんはたびたび登場しますが、親子でよく行くお気に入りの場所はありますか?

「意外と良かったのが、日帰りでも行ける近場の観光スポットにあえて1泊すること。浅草、横浜はリピートしています。浅草の場合、浅草花やしきもあるし飲食も充実している。横浜は横浜アンパンマンこどもミュージアムや中華街があって、親も子もいい感じに楽しめるんですよ」

「浅草寺に朝一でいって、『修学旅行生率、高っ!』みたいなのもね、朝はこうなんだという発見があって楽しい。夜は夜で帰らなくていいからしつこく飲めますし」

――旅先での経験が作品に与える影響は大きいのでしょうか。

「小説家が温泉地で執筆するとか、昔はよくありましたよね。あそこまでとは言わないですが、旅自体を題材にはしなくても、旅をきっかけにいつもより変わったものが描けることはある気がします」

「特に僕が心ひかれるのは、古びつつも活況はある地方都市。昭和の薫りがする街並みの方が個性があって楽しいし、そこに暮らしている人も魅力的に映ります。東京近郊を1人で散歩するにせよ、誰かと遠出するにせよ、どちらにしても僕は周囲に人の気配が感じられる街歩きが好き。街歩きから得られるものは多いですね」

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■「心に残る旅」バックナンバー
・池内博之さんのイスラ・ムヘーレス「ものすごくロマンチックな場所です」
・加古隆さんのセネガルとマリ 車が大きな穴に突っ込んだ
・福士蒼汰さんのワシントンDC  できないから感じられた人の温かさ
・「SCANDAL」HARUNAさんのニューヨーク 知らない自分に会えた1人旅
・ふかわりょうさんのポルトガル 「岩に家がへばりついてる」太陽が降り注ぐ国で見た不思議な光景

・著名人に聞く「心に残る旅」 記事一覧

PROFILE

  • 旅する著名人

    家入レオ、ふかわりょう、HARUNA(SCANDAL)、福士蒼汰、加古隆、池内博之、吉田戦車

  • 吉田戦車

    岩手県生まれ。
    1985年にデビュー。代表作は『伝染るんです。』、『ぷりぷり県』など。2015年に第19回手塚治虫文化賞・短編賞を受賞。現在、『出かけ親』(ビッグコミックオリジナル、小学館)、『ごめん買っちゃった』(FLASH、光文社)連載中。『忍風! 肉とめし』第3巻が7月下旬発売。

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