あの街の素顔

春の苦みは幸せの味 白アスパラガスをドイツで味わう

口に入れた瞬間、待ってましたとばかりにあふれ出す優しい甘さのジュース。やわやわとはかないのに、芯の強さを感じさせる繊維質。そして、ふわりと余韻を残す土のぬくもりとかすかな苦味――。

ホワイトアスパラガスは、私の大好物のひとつ。オランダやオーストリア、フランスなど、ヨーロッパ諸国で春の風物詩として愛されています。なかでも愛が強いといわれる本場ドイツの産地を訪れました。
(文・写真、江藤詩文)

ドイツ有数の産地、シュヴェツィンゲンの祭り

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ドイツのシュパーゲルの典型的な食べ方。ゆでたシュパーゲルにオランデーズソースを添え、ソーセージやハムなど肉料理とゆでたじゃがいもを付け合わせます。このお店では、シュパーゲルとじゃがいもはおかわり自由

ドイツでは、ホワイトアスパラガスは「シュパーゲル」と呼ばれます。ドイツ全土にいくつかある産地のなかでも、有名なのがシュヴェツィンゲン。フランクフルトから南に向かって、特急と各停を乗り継いで1時間ちょっと。マンハイムやハイデルベルクの近くと言えば、イメージがわきますでしょうか。

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フランス式とイギリス式の美しい庭園を持つシュヴェツィンゲン宮殿は、街を代表する観光スポット

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シュパーゲルで有名なシュヴェツィンゲンらしく、街の中心となる広場には、シュパーゲルを売る女性の像が飾られています

夏の音楽祭が有名で、その時期は観光客でにぎわいますが、普段は静かで落ち着いた小さな田舎町です。ここで毎年5月初旬、シュパーゲル農家や街の料理人たちが集まり、シュパーゲル祭りが開催されています。

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寒さと雨の中でも元気な、新しく就任した“シュパーゲルクイーン”と“シュパーゲルプリンセス”。右はシュヴェツィンゲン市長

シュヴェツィンゲンでのシュパーゲル栽培の歴史は長く、2018年には350周年を祝して大きなイベントを開催したそう。351年目となる今年は、お祭りを盛り上げる“シュパーゲルクイーン”や“シュパーゲルプリンセス”(それぞれ地元のシュパーゲル農家の娘から選ばれる)も新メンバーに代替わり。街の人気シェフがお店を閉めてお祭りで腕を振るうなど、新たな一歩を踏み出していました。

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シュヴェツィンゲンきっての人気店「MÖBIUS(メビウス)」オーナーシェフによる屋台のシュパーゲル料理。クリーミーなスープにはシュパーゲルがごろごろ。ゆでたシュパーゲルには、切りたてのハムをたっぷりトッピング

白と緑のアスパラ、実は同じ品種

ちなみに、グリーンアスパラガスとホワイトアスパラガスは、実は同じ品種。ですが栽培方法が異なります。グリーンアスパラガスは、太陽の光をたっぷり浴びて育てられます。一方、ホワイトアスパラガスは、発芽したらただちに土で覆い、日光を一切当てずに栽培します。

ホワイトアスパラは、グリーンに比べると青々とした勢いでは負けますが、優しい甘さや複雑な風味を持ち、味と香りが優れているとされます。また、グリーンに比べて収穫できる期間が短いこともあって、ドイツをはじめヨーロッパでは貴重なものとされています。

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ドイツ版薄焼きピザ「フラムクーヘン」にもシュパーゲルをたっぷりトッピング。注文が入るごとに1枚ずつ丁寧に焼き上げます

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細めのシュパーゲルを4本まとめてハムで巻き、衣をつけて揚げたシュパーゲルスナック。お祭りで食べ歩きしやすいように考案されました

シュパーゲル祭りのころは、例年雨が降ることが多いそう。けれどもこの雨はシュパーゲルにとって甘露となる、と地元のシュパーゲル農家さんは言います。農家さんによると、周辺諸国でつくられるホワイトアスパラガスの中でも、特にドイツ産のものは長くて太く、煮込んでも煮崩れしないほどしっかりとした食感があり、水分を多く含み、糖度が高いとか。シュヴェツィンゲンのあたりでは、長さを22センチ(!)に切りそろえて出荷することが多いそうです。

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中世の伝統衣装を着て、お祭りを盛り上げていたボランティアグループ。ダンスを披露したり、歴史を語り継いだりして、伝統継承に貢献しています

おいしいのは真ん中、ゆで方がポイント

アスパラガスは、穂先を好む人も多いと思いますが、実は味のバランスが一番いいのは、3等分した真ん中の部分だそう。上下はスープなどに使い、真ん中のおいしい部分だけをサラダなどで食べることもあるそうです。

日本でも最近はスーパーなどで見かけますが、いいホワイトアスパラガスの選び方は、断面を見ること。ここがみずみずしくねっとりとしていれば、新鮮な証とか。

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シュヴェツィンゲンのシュパーゲル畑を訪問。ちょっとでも土が崩れて日光が入ると、色が変わってしまうため、収穫はとてもデリケートな作業です

おいしく調理するには、ゆで方がポイントです。シュヴェツィンゲンの人気シェフは、規格外や切れ端のシュパーゲルをジューサーで絞り、アスパラのジュース100%でシュパーゲルをゆでたり、スープをつくったりしていましたが、それは産地のプロならではのぜいたくというもの。

自宅で調理する場合は、根元の固い部分の薄皮をむくことが多いのですが、その薄皮を捨てずに、バター少々と一緒にゆで湯に入れると風味が増すそうです。

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シュパーゲル採りに必要な道具はこのふたつ。シンプルながら、土表面のわずかな変化を見逃さず、十分に育ったものだけを、身に傷をつけず掘り出すのは熟練の技が必要

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シュパーゲルの皮むき機。近くの一般家庭では、この皮をもらっていって(無料配布)、シュパーゲルをゆでる時に使うそうです

地元農家のパーティーに参加

シュパーゲル祭りは、農家さんにとって特別な日です。離れて暮らす家族や親戚が集まったり、近所の友人を誘い合ったりして、腕によりをかけたシュパーゲル料理を楽しむのです。

私もそんなパーティのひとつに参加しました。料理をしてくれたのは、「アジア人に料理を食べさせるのは初めて」という80歳を超えたおばあちゃん。シュパーゲルまるごと1本に串揚げのような衣をつけた、食べごたえのある揚げたてアツアツを、よく冷えた地元の白ワインやビールと共に勢いよく頬張ります。なんとこれが食べ放題で、周りの女性の平均は8本。私は5本を完食しました。

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衣をつけて揚げたシュパーゲルの料理

「私たちとは文化の異なるアジア人のあなたが、私たちドイツ人にとって、とても大切なシュパーゲルに興味を持ってくれてうれしい」と、おばあちゃんは抱きしめてくれました。

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ベルギッシュ・グラートバッハの丘の上にある「アルトホフ グランドホテル シュロス ベンスベルク」。中世の由緒ある本物のシュロス(お城)に泊まることができます

高級レストランでも特別な存在

シュパーゲルは、農家の食卓やお祭りの屋台、ドイツの郷土料理店などでだけ食べられるわけではありません。おしゃれなカフェやレストラン、高級レストランの世界でも、シュパーゲルは特別な存在です。

訪れたのは、ケルン郊外のベルギッシュ・グラートバッハ。こんな小さな片田舎に、ドイツを代表するファインダイニングとして世界に名をはせる名店「Vendome(ヴァンドーム)」があるのです。

「新ドイツ料理」を提唱するこのレストランは、ドイツ各地の郷土料理を掘り起こし、地域ごとに異なる伝統の味を現代的な技術で新しく生まれ変わらせた料理が特徴。ドイツ料理を世界に発信することに努めています。

「春から初夏にかけてのドイツの食文化を語るのに、シュパーゲルは欠かせません。これはドイツ人の精神と関係するのです」と、「Vendome」のシェフは話します。

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お城に併設するレストラン「Vendome(ヴァンドーム)」は、ミシュラン3ツ星、2019年版「世界のベストレストラン50」で66位と、ドイツを代表する名店

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シュパーゲルといちごという春の2大スターを取り合わせたデザート。シュパーゲルはムース、アイスクリーム、シャーベット、チョコレートと驚きのアレンジをされて登場

ドイツのシュパーゲル、日本の桜

話はちょっと飛びますが、ドイツを旅していると、ナチスや第2次世界大戦、冷戦と東西分断といった歴史と、ドイツ人はいまも向き合っていると感じることが多々あります。

私は2014年、ベルリンの壁崩壊25周年のメモリアルイヤーにベルリンを訪れ、記念のディナーに参列しました。この時に出されたデザートは、「西の子どもたちが甘くておいしいバナナを食べていたころ、東の子どもたちは(それを手に入れられず)キュウリをかじっていた」という強いメッセージが込められた、バナナとキュウリのひと皿でした。料理が、社会批判や思想を表現する手段になり得ると知ったその味は、今も記憶に鮮烈に焼き付いています。

シュパーゲルは、ドイツが東西に分断される前も分断された後も、東も西も問わずにみんなで味わってきた春の味覚。ドイツ各地で上質なものが採れるため、どこにいても、誰もが一緒に春の訪れをことほぐことができたのです。

「シュパーゲルの季節だから」と、家族が集まったり、会社の同僚が誘い合って食事に行ったり。年齢を重ねると「今年も無事にシュパーゲルを味わえた」とか「人生であと何回シュパーゲルを楽しめるかしら」と思いをはせることもあるとか。

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「アルトホフ グランドホテル シュロス ベンスベルク」のイタリアンレストランで、メイン料理にシュパーゲルを選んだらこのボリューム。心ゆくまでシュパーゲルを堪能できます

そう、これはまさに日本人にとっての桜。私たちにとって、桜が単なる花ではないように、ドイツの人たちにとって、シュパーゲルは単なる野菜ではなく、特別な思いが込められているものでした。

今年はベルリンの壁崩壊から30周年。東も西もなくなったドイツでは、今日もシュパーゲルを主役に、あちこちでお酒がくみ交わされているはずです。

取材協力:ドイツ観光局
https://www.germany.travel/jp/index.html

PROFILE

「あの街の素顔」ライター陣

こだまゆき、江藤詩文、太田瑞穂、小川フミオ、塩谷陽子、鈴木博美、干川美奈子、山田静、カスプシュイック綾香、カルーシオン真梨亜、シュピッツナーゲル典子、コヤナギユウ、池田陽子、熊山准、藤原かすみ、矢口あやは、五月女菜穂、遠藤成、宮本さやか、小野アムスデン道子、石原有起、高松平蔵、松田朝子、宮﨑健二、井川洋一、草深早希

江藤 詩文(えとう・しふみ)

トラベルジャーナリスト、フードジャーナリスト、コラムニスト。その土地の風土や人に育まれたガストロノミーや歴史に裏打ちされたカルチャーなど、知的好奇心を刺激する旅を提案。趣味は、旅や食にまつわる本を集めることと民族衣装によるコスプレ。著書に電子書籍「ほろ酔い鉄子の世界鉄道~乗っ旅、食べ旅~」シリーズ3巻。

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