魅せられて 必見のヨーロッパ

『悪魔のトリル』の作曲家と塩の街 スロベニア・ピランを訪ねて

ツアーの行き先としてはあまりメジャーではないけれど、足を運べばとりこになってしまう。そんなヨーロッパの街を、ヨーロッパを知り尽くした作家・写真家の相原恭子さんが訪ねました。今回は、『悪魔のトリル』の作曲者タルティーニの故郷で、高級な塩の産地でもあるスロベニアのピランです。

『悪魔のトリル』の作曲家と塩の街 スロベニア・ピランを訪ねて

イタリア、クロアチアとの国境に近いピラン

『悪魔のトリル』の作曲家の像と生家が

スロベニアのピランはアドリア海に面したリゾート。旧市街を歩くとノスタルジックな港町の雰囲気があります。

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旧市街の細い路地

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市庁舎とタルティーニの像がそびえるタルティーニ広場

ピランは、18世紀に活躍した「悪魔のトリル」の作曲家でバイオリニストでもあるジュゼッペ・タルティーニの生誕地です。彼が生まれた1692年当時は、ベネチア共和国ピラーノ(ピランのイタリア語名)と呼ばれました。歴史的にベネチア共和国の影響を強く受けており、市庁舎の外壁にはベネチアの守護聖人の象徴である聖マルコのライオン像が掲げられ、今でも町じゅうでイタリア語が通じます。

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動きだしそうな生き生きとした姿のタルティーニ像

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「タルティーニ・ハウス」の展示室

タルティーニが生まれた家は「タルティーニ・ハウス」と呼ばれ、彼の名前を冠した広場に面して今も残っています。彼が所有していたバイオリンも所蔵されており、私が訪ねた日はスカンジナビアの音大の研究生たちに出会いました。

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港とタルティーニ広場の眺望

「白い金」と呼ばれた塩で潤った街

ガイドのマルシュカさんによれば、ピランはベネチア共和国時代の13世紀から18世紀にかけて塩田で栄え、塩は「白い金」と呼ばれて経済は潤いました。塩田を訪ねてみると、今も人の手で海水をくみ天日と風で乾燥させるという古来の手法で塩を生産しています。1960年代後半から主にアフリカから安価な塩が入ってきて価格面での競争力はなくなりましたが「今では、食用だけでなく入浴剤やエステティックサロンでのピーリング、化粧品にも使われ、高品質な塩として評価されています」とマルシュカさん。塩田の隣にはタラソテラピー(海洋療法)の施設があります。

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塩田の作業は、焼けつくような暑さの中で重労働

炎天下を動き回ったハードな一日が過ぎ、広場に面したレストラン「La Bottega Dei Sapori」でようやく夕食です。冷えたワインが快く体にしみわたります。塩田近くのルチア産の白ワインで、ブドウの品種はマルバジア。すっきりと辛口で、前菜のタコのマリネ、ルッコラのビーフン包み、マスの燻製(くんせい)、イワシのマリネにピタリと合います。卵入りの手打ちパスタも新鮮なエビとズッキーニの味わいが豊か。料理にはもちろん塩田の塩を使っているそうで、芳醇な味わいです。サラダにもかけてみると、今までにテイスティングした各国の塩の中でもっともおいしい塩です。

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ワイン、前菜、パスタ

向かいのテーブルにはイタリア語で話す家族、隣のテーブルにはクロアチア語で話すカップルがいます。あいさつにいらしたオーナー氏にドイツ語で話しかけると、ドイツ語で答えてくれました。国境に近い観光地の自由闊達(かったつ)な空気が気持ちよく、心が癒やされます。

こうして誰もが国境を越えて思うままに旅できる平和と自由と楽しみは、今では当たり前のことで、社会主義時代のユーゴスラビアやその後の独立への動乱を若い世代は知りません。けれども、歴史を振り返ればこの自由が非常に貴重なことだということを忘れずにいたいと思いながら、夜の広場を歩きました。

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夜のタルティーニ広場

スロベニア政府観光局(英語サイト)
https://www.slovenia.info/en

ポルトレシュ観光局(英語サイト)
https://www.portoroz.si/en/

La Bottega Dei Sapori(外国語)
https://www.facebook.com/labottegadeisaporipirano/

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PROFILE

相原恭子(文・写真)

慶應大学卒業。ドイツ政府観光局勤務を経て、作家&写真家。「ドイツ地ビール夢の旅」(東京書籍)、「ドイツビールの愉しみ」(岩波書店)、「ベルギー美味しい旅」(小学館)、「京都 舞妓と芸妓の奥座敷」(文春新書)、「京都 花街ファッションの美と心」(淡交社)、英語の著書「Geisha – A living tradition」(フランス語、ハンガリー語、ポーランド語版も各国で刊行)など著書多数。国内はもちろん、国際交流基金・日本大使館の主催でスペイン、ハンガリー、エストニアで講演会や写真展多数。NHK「知る楽」「美の壺」、ラジオ深夜便「明日へのことば」「ないとエッセー」、ハンガリーTV2、エストニア国営放送など出演多数。
https://blog.goo.ne.jp/goethekyoko

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