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福井県庁は日本一強い? 福井城本丸にそびえる現代の「天守」

日本の城を知り尽くした城郭ライター萩原さちこさんが、各地の城をめぐり、見どころや最新情報、ときにはグルメ情報もお伝えする連載です。今回は、本丸に県庁が鎮座する福井城。それゆえ、旧城内に並ぶ官庁へ大勢が通う独特の通勤風景が見られます。

福井県庁は日本一強い? 福井城本丸にそびえる現代の「天守」

福井城。内堀に囲まれた本丸は現在福井県庁になっている

日本でいちばん、堅牢な県庁と言っていいかもしれない。実は、福井県庁はかつての福井城の本丸に立っている。例えば三の丸に静岡県庁が建つ駿府城(静岡市)のように、二の丸や三の丸に官公庁や学校がつくられるケースは全国の城によくあるが、本丸が再利用されているのは珍しい。江戸時代に福井藩庁だった福井城は現在は福井県庁となり、今も行政の中心地として機能しているということになる。本丸内は福井県庁、県会議事堂、県警察本部などがあり、朝の通勤時間に訪れると人々がせわしく福井城へと登城する不思議な光景が見られる。

福井県庁は日本一強い? 福井城本丸にそびえる現代の「天守」

橋を渡ると本丸。福井県庁をはじめ県議会議事堂や県警察本部へはここから入る

福井城を築いたのは、関ヶ原合戦後に越前北ノ庄に68万石で入った徳川家康の次男、結城秀康だ。本丸と二の丸は、家康が自ら縄張(なわばり=設計)したといわれている。福井城のほど近くには、1583(天正11)年の賤ヶ岳の戦い羽柴(豊臣)秀吉に敗れた柴田勝家の居城、北ノ庄城があり、福井城は勝家が築いた北ノ庄城を取り込む形で大改修されたようだ。以後、約270年間17代にわたり、越前松平家が治めた。

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福井城内にある結城秀康の石像

福井藩は大幅に藩領を減らしたが、徐々に石高を取り戻し、幕末には32万石の城下町として繁栄したようだ。明治以降の近代都市化にともなって解体や埋め立てが進み、また昭和の戦災や震災によって、残念ながら城の遺構はほとんどが地上から消えてしまったが、本丸を囲む壮大な石垣と水堀が往時の面影を伝えている。

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本丸南側の石垣と水堀

南側を流れる足羽川(あすわがわ)を外堀として、城は最大幅が100メートルに及ぶ百間堀(外堀)の内側に築かれていた。1606(慶長11)年にほぼ完成したとみられ、4重、5重に堀がめぐらされた立派な城だった。1661(寛文元)年頃の状況を示した「御城下絵図(寛文年間)」(松平文庫所蔵、福井県立図書館保管)を見ると、すでに内堀を囲んでいくつもの堀が重なるように構築されている。城下は2度の大火に襲われ、特に1669(寛文9)年の大火は足羽川北側のほとんどを焼く大惨事だった。1685(貞享2)年に藩命によって作成された「福居御城下絵図 貞享二年」(松平文庫所蔵、福井県立図書館保管)を見ると、城下町が拡大されている。どうやら1669年の大火を経て、この頃には武家地が南東を流れる荒川の東側にも広がっていたようだ。

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本丸西側の水堀。広大な堀に囲まれていることがわかる

1669年の大火で焼失してしまったが、築城当時は本丸北西隅に68万石の城にふさわしい四重五階の天守が立っていた。1606(慶長11)年に完成したとみられ、江戸時代に描かれた「御天守絵図」(松平文庫所蔵、福井県立図書館保管)には、大きな破風をあしらい最上階に望楼が乗った、バランスのよいすらりとした天守が描かれている。天守台を含めると、高さは37メートルにも及んだという。

天守は焼失後に再建されることはなかったが、坤櫓(ひつじさるやぐら)と巽櫓(たつみやぐら)の二つの三重櫓が再建され、福井城のシンボルとなっていたようだ。いずれも多くの絵図に、千鳥破風や唐破風で飾られた立派な姿が描かれている。巽櫓は明治初年に撮影された写真もある。

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天守台の虎口(こぐち)

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天守台の北面

天守台に隣接する小天守台が大きく崩れ歪曲(わいきょく)しているのは、1948(昭和23)年の福井地震によるものだ。小天守台の脇にある井戸は「福の井」といわれ、これが「福井」の地名の由来となったといわれている。諸説あるが、もとの「北ノ庄」という地名が「敗北」を連想するものとして嫌われ、1624(寛永元)年に3代藩主の松平忠昌が縁起のよい「福の居る場所(=福居)」に改めたという説もある。

福井県庁は日本一強い? 福井城本丸にそびえる現代の「天守」

庁舎を抜けた奥に天守台と小天守台がある

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小天守台。福井地震により崩れ、大きくゆがんでいる

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整備された福の井。福井の地名の発祥ともいわれる

(つづく。次回は7月1日に掲載予定です)

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■福井城
JR北陸本線「福井」駅から徒歩約5分
http://www.pref.fukui.jp/doc/sokou/kennto/yamazato.html(福井市)

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PROFILE

萩原さちこ

小学2年生のとき城に魅了される。執筆業を中心に、メディア・イベント出演、講演、講座などをこなす。著書に『わくわく城めぐり』(山と渓谷社)、『戦国大名の城を読む』(SB新書)、『日本100名城めぐりの旅』(学研プラス)、『お城へ行こう!』(岩波ジュニア新書)、『図説・戦う城の科学』(サイエンス・アイ新書)など。webや雑誌の連載多数。

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