あの街の素顔

ベトナムのシクロは「アジアロマン」? ドイツ在住日本人が体験

ドイツ人の妻とドイツで長年暮らすジャーナリスト高松平蔵さんは、アジアへ旅に出ると、ヨーロッパ目線の「旅行観」や「アジアへのロマン」を感じるとか。慣れ親しんで意識しなくなっていたヨーロッパ的なものの見方を、アジアへ戻ることで改めて意識するようです。日本人が日本から出かけていく旅とはひと味違うそんな発見の数々を、ベトナムと台湾を舞台に、数回にわたってお届けします。まずはベトナムの自転車タクシー「シクロ」とバイクから。

(トップ写真はシクロ。今では観光用だがバイクが普及する前は主流の乗り物だった)

ドイツ人の妻が、シクロに乗りたがった

「ベトナムへ行かない?」
妻がそう切り出した。私はドイツの地方都市に住むジャーナリストで、妻はドイツ人だ。彼女は若いころ中国やチベットへも出かけた旅行好き。だが結婚して20年余り、アジアを旅する機会はなく、そしてベトナムは「まだ、行っていない国」だった。

妻は喜々として2週間の旅の予定を立て始めた。彼女はアジアへの留学経験があり、一般的な欧州人よりはアジアに対する知見と理解がある。だが、彼女も多くの欧州人が思い浮かべる「アジア」のイメージを持っていることに気づいた。そのひとつが「シクロ」、三輪自転車タクシーだ。移動手段として使いたいという。私もベトナムの情報を収集しながら、「今どき、日常の足として使われているの?」と疑問を呈したが、妻はシクロが走りまわるアジアの路地を思い浮かべているようだった。

ベトナムのシクロは「アジアロマン」? ドイツ在住日本人が体験

ベトナムの英字ニュースサイトによると、2016年の時点で全人口の半分がバイクを持っている計算になるという。日本のホンダがトップシェアだがヤマハなども健闘している

ホーチミンに着けば「バイクの川」が

いざホーチミンに着くと、「日常の足」としてのシクロはなく、そのかわり大量のバイクが走っていた。タクシーに乗って車窓を見ていると、バイクの川を自動車という船で移動しているかのような気分になった。ベトナムの町がバイクだらけになったのは1990年代後半からのようで、同時にシクロは衰退。これは「発展」の象徴といえるが、鉄道など交通インフラの脆弱(ぜいじゃく)さが背景にある。発展というコインの裏である環境汚染なども発生している。

ベトナムのシクロは「アジアロマン」? ドイツ在住日本人が体験

公共交通の脆弱(ぜいじゃく)さが目につくが、幹線道路ではバイクの専用道も作られている

ところで、ドイツでは「日常の足」としてのバイクはほぼ見当たらないが、暖かくなると、頑丈で格好いいヘルメットとバイクウェアを身に着け、大型オートバイでツーリング、という人は多い。つまり、高価なホビーである。ベトナム滞在中、「バッバッバッ」と、いかにも高級そうな大型オートバイのエンジン音が聞こえてきたことがあったが、見てみるとツーリングを楽しむ欧州系の男性旅行者。思わず苦笑した。

もっとも観察していると、現地のバイクに乗る欧州系の人がいるのもわかった。まずは少数派だが住み着いた人。それから、観光客向けのレンタルバイクや、後ろに乗せてくれるサービスを使う人たちだ。もちろん利用する観光客にはアジア系の人もいるだろう。しかし、喜々として乗っている欧州系の若い女性が目に付いた。

ベトナムのシクロは「アジアロマン」? ドイツ在住日本人が体験

観光客向けバイクサービス。カメラを向けると、手を振って応えてくれた欧州系の女性

この旅には娘も連れていったのだが、普段ドイツに住んでいる若者は、日常の足となっているバイクに興味津々。「アジアといえばシクロ」という妻の感覚と似ているのかもしれない。結局、私たちは現地の人にバイクの後ろに乗せてもらったが、娘は大満足だった。

ベトナムのシクロは「アジアロマン」? ドイツ在住日本人が体験

一等地と思われるところに大きな配車アプリの広告。交通インフラは脆弱(ぜいじゃく)だが、スマホなど「消費端末」を利用したサービスは急速に広がるという構造が浮き彫りになる(ホーチミン)

シクロに乗ることに、少し抵抗があった

さて、妻の「アジア・ロマン」、シクロに乗らねばならない。私たちはホーチミン市街の観光地で乗車したが、個人的には少し抵抗があった。というのも、かつてベトナムはフランスの植民地。人力車はあったが、非人道的ということで1930年代からフランスからシクロが入ってきたらしい。そうだとしても、そこに宗主国の人間が植民地の人間を使うという構造を想像できたからだ。

今日、欧州にも自転車タクシーはあるではないかという声もでてきそうだが、こちらは持続可能性などの都市の未来へのビジョンを具体化したもので文脈が異なる。ともあれ、やや考え過ぎの感がある「歴史的感傷」がよぎった。

ベトナムのシクロは「アジアロマン」? ドイツ在住日本人が体験

シクロで立ち寄ったホーチミンの中央郵便局。19世紀末、ベトナムがフランス領に属していたとき作られた。現在、観光地としても知られている

ベトナムのシクロは「アジアロマン」? ドイツ在住日本人が体験

レジスタンス像とマクドナルド。銅像はホーチミンの中央郵便局のそばにあり、「植民地時代」「ベトナム戦争」「米国発のグローバルファストフードチェーン」が隣接。ベトナムの「時間の層」を感じられる場所だ

もっとも、シクロのドライバー氏は「今日はあなたを乗せることができて幸せ」などと調子がよい。ほどなくして、「延長はどうかな?」と営業トークだ。この旅では途中、ベトナム出身のドイツの友人と合流。彼女がシクロをアレンジしてくれたので、「ぼったくり」は心配していなかった。しかし料金は、ベンタイン市場から中央郵便局付近を通る約90分で、1人20万ドン(約940円)。現地の相場からすると、結果的に高いと思われる。そのうえ、この営業トークで私の「歴史的感傷」は一気に吹っ飛んだ。

フエでは、高級ホテルから20~30台のシクロがパレードのように出てくるのを目撃した。客は欧州系の中高年だった。「アジア・ロマン」のイメージを楽しむグループなのだろう。そのシクロ集団を避けるように、バイクが次々と追い抜いていった。

PROFILE

「あの街の素顔」ライター陣

こだまゆき、江藤詩文、太田瑞穂、小川フミオ、塩谷陽子、鈴木博美、干川美奈子、山田静、カスプシュイック綾香、カルーシオン真梨亜、シュピッツナーゲル典子、コヤナギユウ、池田陽子、熊山准、藤原かすみ、矢口あやは、五月女菜穂、遠藤成、宮本さやか、小野アムスデン道子、石原有起、高松平蔵、松田朝子、宮﨑健二、井川洋一、草深早希

高松平蔵

ジャーナリスト
ドイツ・エアランゲン在住。主なテーマは地方都市の発展。ドイツで取材・調査・観察を通して執筆活動を行っている。帰国時には自治体や大学などで講演・講義を行うほか、ドイツでも集中講義とエクスカーションを組み合わせた研修プログラムを主宰している。ドイツ人の妻とは結婚して20年余り。著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか 質を高めるメカニズム」(学芸出版社)などがある。

春の苦みは幸せの味 白アスパラガスをドイツで味わう

一覧へ戻る

シカゴ観光で必見&必撮のアートスポットを巡る

RECOMMENDおすすめの記事