にっぽんの逸品を訪ねて

“曲がる器”を生んだ「能作」工場見学 富山の地酒と魚も味わう

日本各地の逸品を訪ね、それを育んだ町の歴史や風土を紹介する連載「にっぽんの逸品を訪ねて」。

今回は富山県が誇る錫(すず)の工芸品、地酒、魚介の3種の逸品を堪能します。高岡市でオリジナルのぐい飲みを作り、それを持って18種の地酒がそろう氷見市の民宿へ。楽しく過ごすうちに奥深い伝統文化に触れられる心豊かになる旅です。

海外でも人気の“曲がる器”を生んだ「能作」とは?

好きな形に曲げられる皿や花器。これはどれも錫でできている。錫という金属のやわらかさを生かし、曲げられるのだ。この“曲がる器”は、使いやすさやデザイン性にも優れ、2007年の登場以来、国内外で人気をよんでいる。

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錫(すず)製の皿と花器。自由に形が変えられる

生み出したのは富山県北西部の高岡市にある鋳物メーカー「能作」。高岡市は、江戸時代から物づくりが盛んに行われ、金属を形作る鋳造(ちゅうぞう)技術をはじめ、彫金、漆塗り、蒔絵(まきえ)など金属工芸や漆芸(しつげい)の高度な手仕事が受け継がれてきた。

能作も1916(大正5)年の創業以来、鋳造技術を生かして仏具や茶道具などを製造。生活様式の変化に合わせて新商品を開発するなかで、試行錯誤の末に“曲がる器”が生まれた。

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能作では錫製の曲がる「KAGOシリーズ」や酒器などを製作している

錫は「水が腐らない」「味がまろやかになる」といわれ、古くから酒器に使われてきた。通常はほかの金属を混ぜて硬くするが、「曲がるなら曲げて使おう」という逆転の発想で「KAGOシリーズ」など錫100%の製品が誕生した。製品だけでなく、2017年にオープンした工場の見学も大人気。月に約1万人が訪れている。

大迫力の「鋳込み」シーン。熟練の手仕事も間近で

北陸新幹線新高岡駅からバスで約13分、能作前バス停で降りると目の前が工場だ。オフィスのほかに、ショップ、カフェ、製作体験工房まで併設している。

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新工場はワイン色の屋根が目印

エントランスに入ってまず目を奪われるのが約2500種類の「木型」。ディスプレーではなく、実際に製造に使用するもので、メーカーごとに色分けされている。

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木型が並ぶエントランス

能作の工場見学は1日に5回開催され、参加費は無料。見学人数にかかわらず、必ずガイドが付いて約1時間かけて説明を行う。

「なるべく職人と同じ目線で見て、製作現場を五感で感じていただけるようにしています」と、この日案内してくれた専務取締役の能作千春さん。

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2階から広い鋳物場を見渡す

工場見学は変化に富んでいる。2階からは鋳造を行う鋳物場(いものば)が見渡せて、どんな作業が行われているかがよく分かる。

鋳造は熱して溶かした金属を鋳型に入れて製品を成型するが、この金属を流し込む「鋳込み」のシーンは大迫力だ。

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炉で銅と亜鉛を溶かし真鍮(しんちゅう)に

真鍮の材料である銅と亜鉛を溶かす炉では1000度以上で熱して液状になった真鍮(しんちゅう)を見ることができた。

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溶かした真鍮を型に流し入れる

液状の真鍮を型に流し入れる工程では、型を押さえる人や余分な金属を取り除く人など、チームワークも大切なのが伝わってきた。

1階に降りて錫製品の工程を見学すると、鋳造の仕組みがよくわかる。能作では真鍮、錫の2種類の金属を使うそうだ。

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錫の鋳造も行われていた

仕上げ場では、すぐ間近で職人たちの手元が見られた。型から出した製品をろくろに固定し、高速で回しながら金属製の道具で削ったり、表面を磨き上げたりしている。複雑な曲線を指先の感覚だけで仕上げていく作業は、みごととしか言いようがない。

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熟練の技に思わず見入ってしまう

見学者の言葉で、伝えることの大切さに気づく

工場見学に力を入れるきっかけは、ある見学者との出会いだったそうだ。まだ、旧社屋で現社長を含めて7人の職人で製造を行っていたころ、ある母子が工場見学に訪れた。

作業風景を見ながら母親が子どもに、職人を見下すように話すのを聞いて、社長はがくぜんとしたのだという。高度な技術を身につけ、誇りをもって仕事をしていても、伝えなければ理解してもらえない。

「高岡で約400年受け継がれる鋳物技術や職人の魂を知ってもらおうと、製造はもちろん、産業を伝える事業も大切にしています」(能作さん)

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自社だけでなく、富山県全体の魅力も伝えようと手づくりの観光情報を置いたコーナーも作った

製作体験も伝える事業の一つだ。体験工房では、職人と同じ工程で本格的な錫の鋳物製作が行える。事前予約制で、ペーパーウェート1000円、ぐい飲み4000円など。所要時間は約90分だ。

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かわいらしい小物も作れる

木型を鋳型用の枠に入れ、まわりを砂で固め、木型を外すと鋳型ができる。そこに金属を流し込む。工場見学で見た工程を自分で行うと、より理解が深まる。

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鋳物枠に木型を入れ、回りに砂を入れていく。この日はぐい飲みを作製

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しっかり固める

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型を取り出して、錫を注いでいく

錫の器を使ったカフェを併設。1日楽しめる

1階にはカフェ「IMONO KITCHEN」がある。大きなガラス張りの窓から庭を望むすがすがしい空間だ。高い天井には富山産の杉材を使い、壁には4000枚もの錫の板がはってある。

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庭を望むカフェ。ゆっくり過ごす人も多い

富山の食材を多く使った食事やスイーツのメニューがあり、能作の錫の器が使用されている。食事は地元の「大門素麺(おおかどそうめん)」とおにぎりのセットや、富山ポークを使った職人カレーセットなど5種類。

どれも錫製の皿に盛ったたっぷりのサラダが付いている。錫は熱伝導率が高いので、料理の鮮度を保ってくれる。サラダの野菜も冷えてパリッとしていた。

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ベーグル食べ放題のセットメニュー。能作の「の」の字のベーグルも販売しているそう

能作での「製作体験付き宿泊プラン」がある民宿「魚恵」

できあがったオリジナルぐい飲みを携えて向かったのは、高岡市の北に接する氷見市。富山湾に面し、冬の寒ブリでも知られるこの町は、近海に天然のいけすのような定置網が設置され、船上で活(い)け締めした鮮度抜群の魚介が水揚げされる。

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和風情緒漂う「魚恵(ぎょけい)」の玄関

宿も競って海鮮料理に力を入れているが、定評のある一軒が「小さな隠れ味宿 魚恵(ぎょけい)」だ。

民宿といっても料亭のような風情のある造り。家族で営む全4室の小さな宿で、ご主人と若旦那が、一品一品、心を込めた料理でもてなしている。

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客室4室は昨年リニューアルしたばかりで全室トイレ付き。お風呂は共同で温泉を引いている

「魚恵」では、能作でのぐい飲み製作体験料が含まれる「錫物制作体験 ぐい呑」という宿泊プランがあり、ぐい飲みを持参すると地酒のサービスもある。

このプランを始めたきっかけを若女将の濱出結香さんは「お客様が製作体験したぐい飲みを持参されたことがあって『自分で作った器で飲む地酒は格別だよ』と、本当においしそうに召し上がられたんです。この楽しみを多くの方に味わっていただきたいと思いました」と話す。

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オリジナルの錫の器、地酒、氷見の魚介は至福の組み合わせ

このプランをより楽しんでもらおうと、富山県内にある全18の酒蔵のうち、17の蔵から地酒を取り寄せ、さらに旬の地酒1本を加えた18種を用意。プラン利用の場合は3種飲み比べ(800円)が1回無料になる。全18種類を制覇する強者もいるそうだ。

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ずらりと並んだ18種の地酒

宿の自慢はもちろん料理。主人の濱出勝之さんは毎朝5時半に市場に出かけて魚を仕入れる。氷見に揚がる魚の旬は2週間くらいで変わるので、その時期に一番おいしいものを見極めるという。

驚くのは、青竹を割った器や魚に敷くササの新葉まで、自ら山に入って地元のものを用意することだ。「盛り付けに使う花まで、できる限り氷見の旬のものをお出ししています」とご主人。

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青竹の器もすがすがしい

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ご主人の濱出勝之さん

青竹に盛ったカサゴの造り、サクサクとした豆アジの唐揚げ、シラスの卵とじなど冷酒がすすむ料理が並ぶ。「富山湾には立山連峰から流れてくる川の真水が注ぐので、魚の身がしまっておいしい」とご主人。シコシコと歯ごたえのあるマグロの胃袋やマグロの白子など、めずらしい料理にも出会えた。

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マグロの白子と破竹。「マグロの白子はなかなか食べられないよ」とご主人

サザエのバター焼き、トマト仕立ての氷見うどん、キスやアジの揚げ物、カキの釜めしにいたるまで大満足の夕食。自作の錫の器で飲む地酒と料理が引き立てあって、心に残る時間だった。

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キスには玉ネギのソースを合わせるなど細部にもこだわっている

【問い合わせ】

能作

小さな隠れ味宿 魚恵

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PROFILE

中元千恵子

旅とインタビューを主とするフリーライター。埼玉県秩父市生まれ。上智大卒。伝統工芸や伝統の食、町並みなど、風土が生んだ文化の取材を得意とする。また、著名人のインタビューも多数。『ニッポンの手仕事』『たてもの風土記』『伝える心息づく町』(共同通信社で連載)、『バリアフリーの温泉宿』(旅行読売・現在連載中)。伝統食の現地取材も多い。
全国各地のアンテナショップを紹介するサイト 風土47でも連載中

ローカル線に乗って“名水と城のまち”久留里へ そばや古民家カフェをめぐる

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