クリックディープ旅

梵梵野渓温泉から嘎拉賀野渓温泉へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅5

本連載「クリックディープ旅」(ほぼ毎週水曜更新)は、30年以上バックパッカースタイルで旅をする旅行作家の下川裕治さんと相棒の写真家・阿部稔哉さんと中田浩資さん(交代制)による15枚の写真「旅のフォト物語」と動画でつづる旅エッセーです。過去「12万円で世界を歩く」や「玄奘三蔵が歩いたルートをたどる旅」など過酷な?テーマのシリーズでお届けしてきました。

今回のテーマは「台湾の超秘湯旅」。5回目は、梵梵野渓温泉から嘎拉賀(ガラホ)野渓温泉を目指します。

はたしてどんな秘湯や珍道中が待っているのでしょうか? もはや生き様ともいえる旅のスタイルや、ひょうひょうと、時にユーモラスに旅を続ける様子を温かいまなざしでお楽しみください。

【前回「廬山温泉から梵梵野渓温泉へ、台湾の超秘湯旅4」はこちら

(文:下川裕治、写真・動画:中田浩資)

野渓温泉をめざす厳しい道のり

前回は、超秘湯をめざして標高約3275メートルの武嶺(ウーリン)を越えた。位置的には台湾の中央を走る中央山脈を越え、東海岸側に出たことになる。しかし海には遠く、山深い松羅社という村の民宿に泊まった。

この周辺には、日本で野湯とか野天温泉などと呼ばれる、河原などを掘っただけの温泉がいくつかあるという。台湾では野渓温泉という。しかし地震で水脈が変わったり、川の増水で消えてしまったり……と、行ってみないと、湯につかることができるかどうかわからないところもあるという。まず、梵梵野渓温泉を目指した。

今回の旅のデータ

梵梵野渓温泉から嘎拉賀野渓温泉へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅5

梵梵野渓温泉→嘎拉賀野渓温泉

野渓温泉は近くの村が管理していることが多い。それらの村はだいたい客家や先住民が暮らしている。彼らの村は山の中腹にあることが多いから、多くの野渓温泉は坂をくだって川沿いに向かうことになる。

野渓温泉に入ることができるかどうかは、村の人に聞くのがいちばん正確。先住民は日本語が達者な人が多いことに加えて、すごく親切。中国語を話すことができなくても状況はわかる。宿泊施設は村の民宿にお世話になることが多い。

長編動画

嘎拉賀野渓温泉に向かう道のりを。村から急な坂道をくだること約1時間。ようやく温泉が見えてきた。

短編動画

梵梵野渓温泉。勢いよく流れる川の脇に掘られた温泉。その雰囲気を。

梵梵野渓温泉から嘎拉賀野渓温泉へ「旅のフォト物語」

Scene01

梵梵野渓温泉から嘎拉賀野渓温泉へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅5

朝、松羅社からとなりの村、英士社へ。そこから梵梵野渓温泉を目指す。グーグルマップには出てくるのだが、そこまでの道がわからない。うろうろと集落のなかを探していると、学校の校庭の脇にこの看板。矢印の方向に土手を進んだのだが、その土手が途切れてしまう。さて、温泉はどこ? しかたなく河原に下りてみることに。

Scene02

梵梵野渓温泉から嘎拉賀野渓温泉へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅5

河原は背の高い草や木々で覆われていたが、そこに道らしき筋が。ここを進んでみるしかないか。せり出した山肌を巻くように進むと河原にでた。しかし温泉はどこにもない。20メートルほど先に丸太を渡しただけの橋があり、その向こうに数台の車が駐車していた。人がいる? 聞いてみることにした。

Scene03

梵梵野渓温泉から嘎拉賀野渓温泉へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅5

台湾はいまアウトドアブームなのだろうか。しばしば「露営」という看板を見かけた。キャンプ地である。車は河原でのキャンプ組だった。聞くと温泉はもう少し先らしい。地面にテントを張らず、車の上に張って寝るスタイルが多かった。落ちたら……と心配してしまうが、彼らにとってはこれが普通らしい。

Scene04

梵梵野渓温泉から嘎拉賀野渓温泉へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅5

坂を少しのぼってくだり、河原をバシャバシャと足をぬらして進むと、ありました。キャンプをしていた家族が朝風呂中。誰もいなかったら裸になって……と思っていたのだが、そうもいかず、河原で水着に着替える。川を伝う風が心地いい。裸になれたらどんなに気分が爽快だろうとつぶやきながら。

Scene05

梵梵野渓温泉から嘎拉賀野渓温泉へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅5

これが梵梵野渓温泉。ちょうど崖の下あたりから温泉が湧き出ている。村の人が細い水路をつくり、川の水を流しいれていた。温泉の湯の温度をさげるためだ。しかし体を沈める場所によって温度はかなり違う。泉質はさっぱり系。河原の朝風呂はこんなに気持ちのいいものだとは知りませんでした。

Scene06

梵梵野渓温泉から嘎拉賀野渓温泉へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅5

周辺にはまだいくつもの温泉がある。次の温泉を目指し、車はくねくねと曲がる山道を進んでいく。着いたのは下巴陵(シアバリン)温泉。ここは普通の温泉なのだが、宿の女性主人はやる気がないのか、20人以上じゃないと浴槽に湯を入れないという。戻ろうとすると彼女がこういった。「近くに四稜(スーリン)温泉っていう野渓温泉があるよ」。行ってみることにした。

Scene07

梵梵野渓温泉から嘎拉賀野渓温泉へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅5

途中に消防署があったので聞いてみた。「四稜温泉ですか。温泉に行く人が途中で転落して、何回か救急車が呼ばれているんです」。その忠告を胸に、車で少し戻り、四稜温泉への山道をくだってみた。すごい斜面。そもそも道がはっきりしない。かすかに踏み跡はあるのだが。引き返した。これは登山装備がないと難しそうだった。命がけの温泉である。

Scene08

梵梵野渓温泉から嘎拉賀野渓温泉へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅5

嘎拉賀野渓温泉に向かうことにしたが、その途中、爺亨(やきょう)温泉に。10年ほど前の水害で流されてしまったといううわさだった。台湾の全温泉に入ることをめざす案内役の廣橋(ひろはし)賢蔵さんは気になるらしい。ところが温泉はあった。宿泊棟は流されたので、温泉だけだったが、せっかくだからと入湯。少し塩分を含んだ重曹泉。温泉マニアになった気分。

Scene09

梵梵野渓温泉から嘎拉賀野渓温泉へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅5

嘎拉賀野渓温泉の入り口、嘎拉賀という集落に着いた。見ると、息を切らして坂道をのぼってくる人たち。温泉につかって戻ってきたのだ。「急な山道を1時間ほど。きついですよ」と。温泉は谷底にあるという。つまり温泉に入った後でたっぷり汗をかく。これもつらい。温泉に向かう僕らを皆で見送ってくれる。これって壮行会?

Scene10

梵梵野渓温泉から嘎拉賀野渓温泉へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅5

舗装されてはいるが、急な坂道を一気にくだっていく。周囲の林の葉が落ち、雨にぬれ、ときどきぬるッと滑る。「傾斜はきついが、舗装されていれば足場はいい。まあ、なんとかなるだろう」と自分にいいきかせて、くだりはじめる。それが甘い予測だったことを30分後に知る。12枚目の写真で。

Scene11

梵梵野渓温泉から嘎拉賀野渓温泉へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅5

坂道をくだっていくと、道を横断しようとする2センチメートルほどの虫2匹。間には直径3センチメートルほどの玉……。糞虫だった。餌の糞を丸めて運ぶ習性がある。ツタンカーメンの墓から出土した黄金のマスクで知られるカイロのエジプト考古学博物館を思い出した。球体をつくるこの虫は神のように扱われていた。実物をはじめて見た。台湾で。

Scene12

梵梵野渓温泉から嘎拉賀野渓温泉へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅5

途中から階段状の道になり、やがてこんな崖の道に。眼下には三光渓。道はますます険しくなっていく。もう、本格登山である。1時間近く歩いているから、足に疲れもたまってくる。台湾の人たちは、ここまでして温泉に入るのか。64歳の脚力には相当にこたえる道。温泉に入る気力が消えていく。

Scene13

梵梵野渓温泉から嘎拉賀野渓温泉へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅5

嘎拉賀野渓温泉が見えた。川の流れは速い。その向こうには滝。水が音をたてて落ちている。滝つぼにつかっている人がいるからあそこが温泉か。しかしその手前に切り立った崖があった。そこにははしごがとりつけられている。そこを、そろり、そろりと降りていく。ここまでして温泉に……。この企画を後悔した。

Scene14

梵梵野渓温泉から嘎拉賀野渓温泉へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅5

はしごをくだっても、温泉に入ることはできなかった。ズボンを脱ぎ、三光渓の激しい流れをひざ上まで水につかって渡り、さらに対岸のこの岩をつたってようやく滝つぼに辿(たど)り着く。弾む息を整えながら、川の手前で尻ごみする。廣橋さんはひょいひょいと川を渡っていく。全温泉につかろうとする人は根性が違う。

Scene15

梵梵野渓温泉から嘎拉賀野渓温泉へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅5

結局、川は渡らなかった。つまり温泉にはつからなかった。ここから嘎拉賀まで、今度は急な坂道を1時間、いや1時間半、のぼっていくことを考えると、テンションはあがらない。「滝も温泉でした。滝つぼはいい湯加減」という廣橋さんの報告。気持ちよさそうに湯につかる台湾の人たち。彼らはきつい帰路のことを忘れているのだろうか。

【次号予告】次回は嘎拉賀野渓温泉から台北への旅。

※取材期間:2019年5月11日
※価格等はすべて取材時のものです。

■「台湾の超秘湯旅」バックナンバーはこちら

■下川さんによるクラウドファンディング
「バングラデシュの小学校校舎の修繕プロジェクト」はこちら

 

BOOK

梵梵野渓温泉から嘎拉賀野渓温泉へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅5

12万円で世界を歩くリターンズ [赤道・ヒマラヤ・アメリカ・バングラデシュ編] (朝日文庫)

実質デビュー作の『12万円で世界を歩く』から30年。あの過酷な旅、再び!!
インドネシアで赤道越え、ヒマラヤのトレッキング、バスでアメリカ一周……80年代に1回12万円の予算でビンボー旅行に出かけ、『12万円で世界を歩く』で鮮烈デビューした著者が、同じルートに再び挑戦する。

PROFILE

  • 下川裕治

    1954年生まれ。「12万円で世界を歩く」(朝日新聞社)でデビュー。おもにアジア、沖縄をフィールドに著書多数。近著に「一両列車のゆるり旅」(双葉社)、「週末ちょっとディープなベトナム旅」(朝日新聞出版)、「ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅」(中経の文庫)など。最新刊は、「12万円で世界を歩くリターンズ 【赤道・ヒマラヤ・アメリカ・バングラデシュ編】」 (朝日文庫)。

  • 中田浩資

    1975年、徳島県徳島市生まれ。フォトグラファー。大学休学中の1997年に渡中。1999年までの北京滞在中、通信社にて報道写真に携わる。帰国後、会社員を経て2004年よりフリー。旅写真を中心に雑誌、書籍等で活動中。

廬山温泉から梵梵野渓温泉へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅4

一覧へ戻る

嘎拉賀野渓温泉から台北へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅6

RECOMMENDおすすめの記事