鎌倉の風に吹かれて

百歳の人たちに囲まれる「ふるさと」 北鎌倉

芥川賞作家の大道珠貴さんが、鎌倉を舞台にした旅情や人間模様を描く、毎回読み切りの超短編小説連載「鎌倉の風に吹かれて」。第2回は、百歳近いご老人に囲まれた北鎌倉のくらしと、ふるさとへの思いについてです。

百歳の人たちに囲まれる「ふるさと」 北鎌倉

 北鎌倉の山に建つかなり古い家に、十年ほど住んでいるけれど、よそ者である感覚はいつまでもある。それは、幼いころからの私の癖なのだ。

 私は福岡市の平尾という、なにかと便利な土地で育った。学校も、公園も、習い事も、スーパーも、役所も、銀行も、歩いて行ける距離にあり、映画館も、スケート場も、繁華街も、ひょいとバスに乗ってすぐのところにあり、満喫できた。海も山も、日帰りでらくらく遊んで帰れ、ほどよい疲れしか残らず、翌日はすっきりと目覚めたものだった。あまりに便利すぎて、いま思い返せば、あれは幻の地だったんじゃなかろうか、と思うことさえある。

 百歳の人たちに囲まれる「ふるさと」 北鎌倉

 ただ、あのころの私は、孤独癖と言おうか、放浪癖と言おうか、「私は福岡じゃないどこかへ行きたい」と、胸に秘めて生きていた。仲のよかった祖母の口癖で、「死ぬまでに富士山が見たかのう」というのが、耳に残っていたからかもしれないし、ほかの世界を見に旅に出てみたいという好奇心からかもしれないし、ここにばかりいたら人間がだめになる、もっと日本中を知って平等な目で世の中を見らないかん、という小さな胸のその奥に芽生えた正義感からかもしれない

 また、家族が食卓を囲んでいるとき、おなかがいっぱいになって幸せな状況のときなのに、はたと両親の顔を見て、「この人たちは、ほんとうの親やろうか?」と疑った。「どこかに実の親がいるかもしれん」と。ちなみに私は誰から見ても、父の顔半分、母の顔半分、そっくりもらっている。

百歳の人たちに囲まれる「ふるさと」 北鎌倉

 旅に出てきたつもりが、北鎌倉には十年も住んでいる。都心にも何度か住んだが、合わなかった。

 「買い物ついでに映画を見て帰るんだ」なんて言う人を見ると、感心してしまう。都会という水に合う泳ぎかたをしている器用な人なのだろうと、ひれを優雅に躍らせ進む魚を想像したりして。

 それから、やはり寂しいのは、人との縁だった。交番の警察官と顔見知りになって挨拶(あいさつ)していても、あるときふと、別な顔が立っていたりする。散歩中、すれ違えば、にこっと笑顔を交わし合っていた馴染(なじ)みの人が、急にいなくなったりする。どこのどなたかも知れなかったので、もう、会えない。

百歳の人たちに囲まれる「ふるさと」 北鎌倉

 「おーい。おはよー、薔薇代さーん」
 ミツオさんは、毎朝、私の名前をあかるく高らかに呼びながら、手を振り振り、近づいてくる。まわりの山に響くくらいで、庭を掃く私の手も、ハッと止まるほどだ。

 この北鎌倉、ご老人がたくさんいる。しかも、百歳近い。はじめてお会いしたとき、「百歳です」と言っていた人が、十年経ってもまだ、「百歳です」と言うのだけれど……。
 「はーい。おはようございまーす」。私もおなかから声を出す。こんな大声、小学生のころ先生に挨拶をしていたころ以来だ。澄んだ空気が肺いっぱい入ってくる。

 「おー、薔薇代さん、朝から元気だねえ、よかったよかった」
 「はい、鳥たちも元気ですね。空気がおいしいですね」
 ミツオさんと私は、もう何回この会話を繰り返しただろう。相手の顔色が優れないなと思うときは、おたがい哀しくなり、「お大事にねえ」と、ねぎらう。どちらかというと、私のほうがそういう日がよくあるが、ミツオさんのおろおろした大声の励ましにすこし笑える。
 
 「今日も一日、生きるのをガンバロー、エイエイオー」
 これが、ミツオさんのかけ声の定番だ。これがなくっちゃ、一日が始まらない。ミツオさんは目が見えなくなってきているから、一日一日がほんとうに貴重なのだ。
 「いつか、人生最後の旅に出るとき、私たちは、ちらりとこの朝を思い出すだろうね」
 こういう話も、私たちは、平気でする。

百歳の人たちに囲まれる「ふるさと」 北鎌倉

 私は、ふるさとの福岡に、帰りたいときがある。帰ると、福岡を満喫しつつも、北鎌倉に帰りたいなあと思う。結局、もう私は、どちらをも、ふるさとだと感じているし、どちらをも、ちょっとよそよそしい土地だと感じているのだ。幼いころからの癖が、五十歳になってやっと実ったのだろう。日本中のどこへ行っても、ここがふるさとだと思える、と。

 北鎌倉の山の朝はいまも空気が澄み、鳥の声で目覚める。晴れた日には、富士山が見える。ミツオさんは目を凝らして、富士山にも、エイエイオーと言う。
(写真・猪俣博史)

PROFILE

  • 大道珠貴

    作家
    1966年福岡市生まれ。2003年、『しょっぱいドライブ』で第128回芥川賞。2005年、『傷口にはウオッカ』で第15回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。小説に『ケセランパサラン』『ショッキングピンク』『煩悩の子』など多数。エッセーに『東京居酒屋探訪』。神奈川県鎌倉市在住。

  • 猪俣博史

    写真家
    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。&wでは「鎌倉から、ものがたり。」の撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

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