アートを旅する

風を食べて生きるアート?! テオ・ヤンセン展を見に札幌へ

旅が非日常なら、アートに触れる旅は、非日常の中でさらに非日常に触れる、視点や発想が変わるひととき。でも、どう読み解けばいいの? 本コラム「アートを旅する」は、アートのプロが展覧会や作品を訪ねて、わかりやすく「感じ方の提案」をします。第1回は、札幌芸術の森美術館で開催中の「テオ・ヤンセン展」。名古屋造形大教授の高橋綾子さんが、風を受けて自走する恐竜の骨組みのような作品「ストランドビースト」から受けたインスピレーションをつづります。
(写真・動画:&TRAVEL編集部)

風を食べて動く生命体、見に行くしかない

展覧会を見ることを口実に各地を旅することが、人生のたのしみであり糧となってはや30年。わが青春の地、札幌に「“風を食べて動く生命体”が初上陸!」なんて聞けば、もう行くしかない。

風を食べて生きるアート?! テオ・ヤンセン展を見に札幌へ

「札幌芸術の森」入り口

風を食べて生きるアート?! テオ・ヤンセン展を見に札幌へ

札幌芸術の森美術館

札幌芸術の森美術館で開催中の「テオ・ヤンセン展」(9月1日まで)。2017年夏に三重県立美術館で出会った「ストランドビースト」たちがさらに進化して、日本初公開の5作品を含む12作品が展示されているというのだ。まるで恐竜の骨が独りでに動き出したような、あるいは骨組みだけになった風車か難破船が、美しい浜辺でダンスしているような不思議な光景を、CM映像でご覧になった方も多いと思う。

【動画】テオ・ヤンセンとストランドビースト=HTB北海道テレビ提供

芸術家であり発明家であり科学者でもあり

テオ・ヤンセン(1948~)は、オランダの海辺のリゾート地出身のアーティスト。デルフト工科大学で物理学を専攻し、1975年に画家に転向した。アートという言葉の語源には、「技術」や「人工(のもの)」という意味も含まれている。まさにヤンセンは芸術家であり、発明家であり、科学者でもあると言えるだろう。「ストランドビースト(STRANDBEEST)」は、オランダ語で、砂浜を意味する“strand”と生命体を意味する“beest”の二つをつなげたヤンセンによる造語で、彼が創(つく)る「生命体」の総称だ。

風を食べて生きるアート?! テオ・ヤンセン展を見に札幌へ

アニマリス・ペルシピエーレ・プリムス(2006年)

展覧会はビーストの構造や動きの仕組みや変遷(進化)を紹介しながら、ヤンセンの哲学と理想を丁寧に伝える内容だった。もちろん、ビーストは静止していても、とびきりユニークで美しい。しかし、これは「作品」というより「生命体」なんだ、と納得させられたことは、大いに新鮮な驚きだった。

風を食べて生きるアート?! テオ・ヤンセン展を見に札幌へ

アニマリス・ウミナミ(2017年)。帆に風を受けて勢いよく砂浜を走る

ポリ塩化ビニルの黄色いパイプによる造形が、いかにして「生命」を宿すのか。その核心は歩行メカニズムにある。ビーストの脚は、パイプの長さや位置を示すホーリーナンバー(聖なる数)と名付けられた13の数字で構成されている。ヤンセンはこの数字にたどり着くまでに1500通り以上の組み合わせをコンピュータ上でシミュレーションして、理想的な動きを生み出したという。

風を食べて生きるアート?! テオ・ヤンセン展を見に札幌へ

会場に展示された、13種類のホーリーナンバーを記したスケッチ

空気をためるペットボトルは「胃」で、それを送るポンプは「筋肉」、ポンプに取り付けられたバルブは「神経細胞」というように、ストランドビーストは、空気=風を食べて動く「生命体」として創造された、という。種明かしをされても、やっぱり不思議だし、面白いし、愛らしいし、見飽きない。

「死」を宣告されたビーストたちの「蘇生」

しかも驚いたことに、いま、私たちが展示室で見ているビーストたちは、いったんヤンセンによって死を宣告されたものたちだというのだ。

えっ! 死んでいるの?!

風を食べて生きるアート?! テオ・ヤンセン展を見に札幌へ

アニマリス・ムルス(2017年)

ヤンセンは毎年10月から5月まで工房で制作したビーストを、6月のはじめに海岸に持っていき、夏の終わりまでトライアウト(試走)として検証を繰り返すという。そこで、充分な実証を得たと感じたら、ビーストは死を受け入れて化石になるというのだ。だから、展覧会場での動きのデモンストレーションは、命を吹き込む「リ・アニメーション」(蘇生)と称される。

【動画】ストランドビーストたちの「リ・アニメーション」

滑らかで有機的な動作は、ちょっと気取ったモンローウォークのようでもあり、はたまた、ひょうきんなラインダンスにも見えてくる。さらには、その歩行に加えて方向転換、危険察知などの機能を備えて進化してきたビースト。ヤンセンは自らが亡き後も、ビーストが自立して砂浜で生き延びることを目指しているというのだ。

風を食べて生きるアート?! テオ・ヤンセン展を見に札幌へ

アニマリテ・リジデ・プロペランス(1995年)。初期の作品だ

だとすると、生命とは? ビーストの死とは何か? 機能を追求した結果もたらされた美の意味とは?

会場で入手した公式ガイドブックによれば、ヤンセンは「真の美とは、あくまでもそのものが辿(たど)った道、過程にあるのだと思う」「私の意識下に棲(す)む芸術家が、作品を美しく仕上げてくれるのでしょう」と語っている。そして、永遠のテーマは「私たち人間の存在意義や由来をたどる」ことであり、ひいては「死の意味」をみつけることだという。その姿勢は、まさに科学者であり芸術家であることの証しだ。

屋外の彫刻とも響き合う

ビーストの動きに生命を感じる愉快さと、その表裏に死の意味を探す畏敬の念。そんな心持ちで、子供たちが目を輝かせてビーストの動きに見入っている展示室を出て、夏の日差しを浴びに外に出てみた。久々に、お気に入りの屋外彫刻に会いに行ってみたくなったのだ。

私は札幌で大学時代を過ごし、ここ札幌芸術の森は、卒業後間もない1986年に開園した。30年余の時間を感じる作品は、やはり生と死を意識させるものだった。環境造形Q『北斗まんだら』のアカエゾマツは、すっかり大木の立派な林になっていて、圧倒的な生命力を誇っていた。北斗七星の形に配置された御影石に座って涼をとり、樹々をそよぐ風音にゆっくり耳を澄ませた。

風を食べて生きるアート?! テオ・ヤンセン展を見に札幌へ

環境造形Q『北斗まんだら』

そして、私の一番気になっていた作品、砂澤ビッキ『四つの風』へ。「風を彫った彫刻家」と称されたビッキは、4本のアカエゾマツの丸太の表面を彫って屹立(きつりつ)させた。「生きているものが衰退し、崩壊していくのは至極当然だ」として、風雪にさらして朽ちていく過程をみせるというビッキの意思を、美術館も実験的な試みとして尊重した。現在は、3本が倒壊し、立っている最後の1本の周りに草木が生えていた。

風を食べて生きるアート?! テオ・ヤンセン展を見に札幌へ

砂澤ビッキ『四つの風』。4本のエゾマツのうち、3本までが倒れた

ビッキといえば、今年で没後30年。4〜6月に札幌芸術の森美術館と本郷新記念札幌彫刻美術館で開催された回顧展では、代表作である「風」シリーズとともに、多くの工芸的なオブジェも展示されていた。特にビッキ独自のアイヌ風の文様が施された、節足動物の関節が動く作品が目をひいた。エビ、チョウやガにトンボ、それらはひょっとしたら、夜中に勝手に動き出しているかも、なんて思えた。だから、開催中の「テオ・ヤンセン展」に、彼岸のビッキは驚きつつも愉快だと喜んだり、いや、きっと嫉妬しているに違いないとも想像した。

芸術家は、存在や死を、造形として可視化すべく挌闘する。一方、科学者は、生や死という現象そのものを追究し、創り出そうとするのかもしれない。

科学者は芸術家に憧れ、芸術は科学を羨望(せんぼう)する。だから私たちは、テオ・ヤンセンの幸福に、こんなにも愉(たの)しく心揺さぶられるのだ。

風を食べて生きるアート?! テオ・ヤンセン展を見に札幌へ

ダニ・カラヴァン『隠された庭への道』

■札幌芸術の森
https://artpark.or.jp/

■テオ・ヤンセン展
http://event.hokkaido-np.co.jp/theo/

PROFILE

高橋綾子

名古屋造形大学教授
岐阜市生まれ、北海道大学文学部行動科学科卒業。愛知芸術文化センター(愛知県文化情報センター)学芸員を経て2001年より大学教員となる。2003年に創刊(2002年創刊準備号発行)した芸術批評誌『REAR(リア)』の編集制作を中心に、美術評論と編集活動を継続。現代美術展の企画や運営にも取り組む他、戦後前衛美術への関心から、1965年夏に岐阜で開催された「アンデパンダン・アート・フェスティバル」(通称:長良川アンパン)の調査など、アートプロジェクトと地域についての調査研究を行っている。苦めの珈琲とキャバリア犬のトトをこよなく愛す。

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