クリックディープ旅

栗松温泉から下馬へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅10

本連載「クリックディープ旅」(ほぼ毎週水曜更新)は、30年以上バックパッカースタイルで旅をする旅行作家の下川裕治さんと相棒の写真家・阿部稔哉さんと中田浩資さん(交代制)による15枚の写真「旅のフォト物語」と動画でつづる旅エッセーです。過去「12万円で世界を歩く」や「玄奘三蔵が歩いたルートをたどる旅」など過酷な?テーマのシリーズでお届けしてきました。

今回のテーマは「台湾の超秘湯旅」。9回目で栗松温泉の下り口まで来た下川さん。10回目は、徒歩で栗松温泉を往復し、下馬へ向かいます。

はたしてどんな秘湯や珍道中が待っているのでしょうか? もはや生き様ともいえる旅のスタイルや、ひょうひょうと、時にユーモラスに旅を続ける様子を温かいまなざしでお楽しみください。

【前回「紅葉谷温泉、栗松温泉の下り口へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅9」はこちら

(文:下川裕治、写真・動画:中田浩資)

谷底の野渓温泉、栗松温泉へ崖をくだる

新武呂渓という川が削った谷底にある栗松温泉に挑んだ。集落から河原に向けて急な山道をくだる温泉は、嘎拉賀(ガラホ)野渓温泉で経験していた。そのきつさが脳裏をかすめる。案内人の廣橋(ひろはし)賢蔵さんの、「嘎拉賀野渓温泉よりはずっと楽」という言葉にのせられ、山道をくだりはじめたのだが……。

台北から遠く、アプローチも長いためか、温泉に向かう人はほとんどいなかった。秘湯感は嘎拉賀野渓温泉より強い。この先に本当に温泉などあるのだろうか。そんな不安を胸に険しい登山道に汗を流す。温泉に入浴した後、この道を登らなくてはならない。高度がさがるにつれ、テンションもどんどんさがっていく。

今回の旅のデータ

栗松温泉から下馬へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅10

徒歩で栗松温泉を往復し、下馬へ

超秘湯へはその近くまで、公共のバスで行けることもある。しかしバスの終点から温泉までは距離があることが多い。終点の村はだいたい先住民の集落。彼らは親切なので、温泉の入り口まで送ってくれることもあるかもしれないが。公共のバスは、基本的に通学、通勤用だから、朝と夕方に1~2便といったスケジュールだ。完全な赤字路線。時間の効率を考えれば、どうしても車に頼ることになってしまう。

長編動画

栗松温泉から下馬集落に戻る道筋を。途中、ブヌン族が暮らす利稲集落で小休止。この村まではバス便がある。

短編動画

栗松温泉にくだる登山道。まだくだりはじめです。セミの声がうるさいほどに響く山道を。

栗松温泉から下馬へ「旅のフォト物語」

Scene01

栗松温泉から下馬へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅10

栗松温泉へのくだり口の籠のなかには軍手が。温泉に向かう人は、ここで軍手をはめて温泉への道をくだりはじめる。なぜ軍手? それほど気にもせず、僕も軍手を手にしたが、必需品でした。これがないとかなりつらいかも。そのあたりは次の写真を見ればわかってもらえると思う。

Scene02

栗松温泉から下馬へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅10

温泉への山道の両側は細いロープが張られ迷うことはない。そんな道を1時間近くくだった。その様子は短編動画を。と、しだいに山道が土から岩になった。そこを10分ほどくだると、太いロープが頼りの崖に。嘎拉賀野渓温泉もそうだった。谷底におりる前の険しい崖……。

Scene03

栗松温泉から下馬へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅10

嘎拉賀野渓温泉ははしごだった。しかし栗松温泉はロープ。これが長い。20~30メートルのロープを伝ってひとつの崖をくだると、またロープ。これが何回となく続く。軍手の意味、ここでようやくわかりました。崖くだりを約30分。ようやく眼下に河原が見えてきた。もう汗だく。握力も弱くなってくる。

Scene04

栗松温泉から下馬へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅10

川底に到達した。2時間近くかかってしまった。水の流れも穏やかな静かな渓谷だった。しかし栗松温泉が見当たらない。「この川を渡って、対岸の岩を伝ってのぼり、もう1回川を渡ると、温泉があるんです」と廣橋さんが説明してくれる。まだ先だったのか。さらに岩をのぼっていかなくてはいけないのか……。

Scene05

栗松温泉から下馬へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅10

どうしようか……。どうしてもテンションがあがらない。つらい思いをして谷底にある野渓温泉までくだったというのに。「嘎拉賀野渓温泉よりはずっと楽」という廣橋さんの言葉は大うそだった。なんなんだ、あの崖は。温泉につかっても、あのロープを伝って登らなくてはならない。谷底を舞うチョウを眺めながら思い悩む。

Scene06

栗松温泉から下馬へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅10

「じゃあ、いってきます」。廣橋さんはばしゃばしゃと勢いよく川を渡り、対岸の岩にへばりついている。ぼんやりその後ろ姿を眺めながら、まだ迷っていた。僕のなかでは、「温泉はあがり」という意識が強い。1日働いた後のご褒美。山を1日歩いた後に温泉で疲れを癒やす。しかし台湾の谷底温泉にはそれがない……。

Scene07

栗松温泉から下馬へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅10

やはり湯に入ろう……と川を渡ろうとして、やめた瞬間がこの写真。嘎拉賀野渓温泉もそうだった。温泉の対岸まで行って、湯にはつからなかった。なんてストイック……いや、違う。帰りの登り斜面を考えるとなえてしまうのだ。つまり体力の衰え? 台湾で最も美しい野渓温泉というのだが。

Scene08

栗松温泉から下馬へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅10

栗松温泉はこんな感じです。湯が流れ落ち、それをためるスタイルの野渓温泉だった。もちろん僕は見ていません。対岸に渡った中田浩資カメラマンが撮ったもの。彼も岩の途中で引き返してきました。カメラやカメラバッグをもった状態で川に落ちたら……そんな不安になる道だったそうです。

Scene09

栗松温泉から下馬へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅10

急な崖登りが待っていた。帰るには、ロープを握りしめ、体を引きあげていくしかない。ひとつの崖を登ると、汗がぷわーと吹き出る。それを拭い、また別のロープにつかまり岩を越えていく。そして斜面につくられた急な山道に息を弾ませる。台湾の超秘湯をめざす旅の企画に乗るんじゃなかった。後悔の急登(きゅうとう)が3時間続いた。

Scene10

栗松温泉から下馬へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅10

疲れが膝にくる。重い足を引きずるように、栗松温泉の入り口に戻った。思い返してみると、ここの看板が唯一の案内板だった。くだるときは道だけを見ていたのか、周囲が高原キャベツの畑になっていることに気づかなかった。スプリンクラーからの水を避けるように車に戻る。このあたりの標高は1500メートルほど。

Scene11

栗松温泉から下馬へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅10

この日は下馬の民宿に戻るつもりだった。その途中にある利稲というブヌン族の集落で小休止。売店でジュースを買うと、近くにいたおじさんが日本語で声をかけてくる。日本統治時代を知らない世代でも、先住民の人たちは片言の日本語を操る。僕らがはじめて見た日本人だというのに。

Scene12

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くねくねと曲がる山岳路を戻っていく。ときおり、スピードを緩める注意を促す「慢」の旗をもった人形が現れる。日本は警察官型人形が多いが、台湾は道路工事の作業員風人形。工事がなくても。よく見えるように黄色の雨具を着せている。そこまでやるなら、せめて足もつくってほしい。

Scene13

栗松温泉から下馬へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅10

この日は下馬民宿に泊まった。かつては下馬望山樓温泉民宿といったが、温泉が出なくなり、南部横貫公路(なんぶおうかんこうろ)が土砂崩れ……。しかしこの一帯では頼りになる宿。実はこの宿に、翌日訪ねることができるかもしれない轆轆(ルールー)温泉へのガイドを依頼していた。はたしてその温泉へは? それは次回に。

Scene14

栗松温泉から下馬へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅10

夕食を終え、部屋に帰ろうとすると、主人の邱永福さんが、「ほいッ」とビールと酒のつまみの差し入れ。なんでも、新武呂渓でとれた川エビだという。辛めの味付けで、ビールにぴったりだったのだが、栗松温泉の急な山道と崖に体力を奪われ、ビールを飲む気には……。その様子は次の写真で。

Scene15

栗松温泉から下馬へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅10

元気そうだった廣橋さんも、夕食もそこそこに横になる。頭痛だという。僕も温泉往復の道で消耗し、ふとんにバタン。結局はこのありさまでした。宿のご主人の差し入れもほとんど手をつけられず、ごめんなさい。翌日は片道5時間の長丁場が待っていた。こんな状態で轆轆温泉へ行くことができるのか。

【次号予告】次回は下馬から紅葉温泉旅社へ。

※取材期間:2019年7月29日
※価格等はすべて取材時のものです。
「台湾の超秘湯旅」バックナンバーはこちら

栗松温泉から下馬へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅10
【まもなく終了】支援期間は2019年09月04日まで
下川さんによるクラウドファンディング
バングラデシュのこどもたちに安全な教育環境を
コックス・バザールの校舎修繕プロジェクト
くわしくはこちら
下川さんのブログ
12万円で世界を歩くバングラデシュ編はこちら

BOOK

栗松温泉から下馬へ、旅行作家・下川裕治が行く、台湾の超秘湯旅10

12万円で世界を歩くリターンズ [赤道・ヒマラヤ・アメリカ・バングラデシュ編] (朝日文庫)

実質デビュー作の『12万円で世界を歩く』から30年。あの過酷な旅、再び!!
インドネシアで赤道越え、ヒマラヤのトレッキング、バスでアメリカ一周……80年代に1回12万円の予算でビンボー旅行に出かけ、『12万円で世界を歩く』で鮮烈デビューした著者が、同じルートに再び挑戦する。

PROFILE

  • 下川裕治

    1954年生まれ。「12万円で世界を歩く」(朝日新聞社)でデビュー。おもにアジア、沖縄をフィールドに著書多数。近著に「一両列車のゆるり旅」(双葉社)、「週末ちょっとディープなベトナム旅」(朝日新聞出版)、「ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅」(中経の文庫)など。最新刊は、「12万円で世界を歩くリターンズ 【赤道・ヒマラヤ・アメリカ・バングラデシュ編】」 (朝日文庫)。

  • 中田浩資

    1975年、徳島県徳島市生まれ。フォトグラファー。大学休学中の1997年に渡中。1999年までの北京滞在中、通信社にて報道写真に携わる。帰国後、会社員を経て2004年よりフリー。旅写真を中心に雑誌、書籍等で活動中。

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