鎌倉の風に吹かれて

もっと素直に泣けるようになりたい 葉山

芥川賞作家の大道珠貴さんが、鎌倉を舞台にした旅情や人間模様を描く、毎回読み切りの超短編小説連載「鎌倉の風に吹かれて」。第5回は、鎌倉から近郊の葉山へ足をのばします。骨董(こっとう)屋ルカさんと語り合いながら主人公の「私」は、泣くことについて自問自答します。

もっと素直に泣けるようになりたい 葉山

 ルカさんは、私の住んでいる北鎌倉から車で30分ほどの閑静な隣町、葉山で、骨董(こっとう)屋をしている。ぎょろりとした大きな目をし、ビーチサンダルを履き、気持ちいいほどふくふくと太っている。七十九歳で、恋人もいるし、私と同い歳の息子さんもいる。

 ルカさんのお店で身動きするには、私なんぞまだまだあまちゃんで、毎回ひやひやものだ。なんといっても、ガラスの動物園が、おそろしい。キリン、フラミンゴ、ライオン、ゴリラ、象、熊、鷲(わし)。ひとつひとつがコンタクトレンズのように薄い。ちょっと身動きしたら、私のだらしないお尻がつんとあたって、動物園はガシャンと崩壊してしまうだろう。

 「いいのよ。壊れるのはその子の運命なんだから」
 こともなげにルカさんはおっしゃる。ルカさん自身は、実にうまく横幅のある身体を動かし働いている。
 「値段? つけられないわ。あなた、この子たちを現代の貨幣価値で判断できるとでも思うの。いくら素人でも言っていいことと悪いことがあるわよ。不遜(ふそん)だよ」

もっと素直に泣けるようになりたい 葉山

 不遜、と言われて、私はしゅんとなった。以前にも、言われたことのある言葉だった。なにをしていてもだるく、なにもしたくなくて寝てばかりで、床ずれができたほどしんどく、漢方専門の医者に通っていたときだ。インフルエンザくらい気合で治しますよぉ、と私が軽口を叩(たた)いたら、医者はキッとなって、「不遜なことを言ってはいかんぞ」と言い、私の爪先(つまさき)から頭のてっぺんまで見た。「あなたはそういうところがあるから、いかん」

 涙を流すということさえ忘れていた時期というのが、どういう女にも、ある。
 
 私は、三十代後半から、四十代後半までの十年余り、そうだった。五十を過ぎたいまもすんなり泣けはしないが、どうかしたときに、辛い涙ではなく、感動で、涙腺がゆるむことがある。小学校の運動会の様子の映像を観(み)たり、台湾リスの親子がせっせと椿(つばき)の花を食いちぎっている姿を観たりすると、自然とこみあげるものがあるのだ。

 また、秋めいて少し寒くなった日、トンビが一羽、屋根の上で震える声でヒョロヒョロ啼(な)いていたりしても、泣きそうになる。それから、線路脇の草のなかに、むかし懐かしい草の実を発見したときは、ときめきの涙が目尻に湧いた。数珠玉あそびのためひとつひとつとって、上着の裾にくるんでこぼれないよう、用心しながら走って帰ったものだ。家に着くなり、祖母にはぎれをもらって、お手玉をつくった。

もっと素直に泣けるようになりたい 葉山

 もっと素直に泣けるようになるのが、いまの私の試練だと思っている。私の憧れの国は、ブータンだ。しばらく言語講座に通っていたほど好きである。あの国の文化とひとびとの暮らしは、うちの祖父母の時代に似ていて、ほっとできる。

 ピンクや赤を使った民族衣装にも惹(ひ)かれる。ただ単に派手なのではなく、ピンクや赤にも濃淡の段階があり、女だったら手に取ってじっくり見たくなるものだ。

 幼いころ、ピンクを敬遠した女はたくさんいる。いや、位が高いと言おうか……。私はピンクに気を遣った。自分がピンクのリボンなんて身につけたら、ピンクに悪い気がした。いま、あの頃こだわったピンクじゃなく、ブータンのひとびとの暮らしになじんだピンクなら、私でも手が届きそうな気はしている。

もっと素直に泣けるようになりたい 葉山
 
 「恋人には毎日連絡させてるわ。当たり前じゃん。そうしないと男はすぐにふわふわ飛んで逃げちゃうもん」
 ルカさんはガラスでできた動物たちを、長襦袢(ながじゅばん)のはぎれで丁寧にぬぐいながら、ひとりごとみたいに言った。

 「そろそろけじめつけるつもり。籍、入れるよ」
 
 スズランを伏せたような形をしたシャンデリア、顏にこまかい傷の入ったフランス人形、昭和のセルロイドの洗面器、消防団の刺し子の半纏(はんてん)まである。ルカさんはこのお店で、時間と空間を行き来する。そんな目をしている。

 「五十過ぎの息子は、もうほっとく。あんたにあげてもいいし」

もっと素直に泣けるようになりたい 葉山

 私は、ブータンを夢見る。胸がつまり、つばさが生えたような軽い気分になる。コンドルのように飛んで行って、あの国を俯瞰(ふかん)したい。王と王妃に祝福の花を空の上から撒(ま)きたい。
(写真・猪俣博史)

■「鎌倉の風に吹かれて」バックナンバーはこちら

PROFILE

  • 大道珠貴

    作家
    1966年福岡市生まれ。2003年、『しょっぱいドライブ』で第128回芥川賞。2005年、『傷口にはウオッカ』で第15回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。小説に『ケセランパサラン』『ショッキングピンク』『煩悩の子』など多数。エッセーに『東京居酒屋探訪』。神奈川県鎌倉市在住。

  • 猪俣博史

    写真家
    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。&wでは「鎌倉から、ものがたり。」の撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

ハイキングで出会った弁天様 源氏山と銭洗弁天

一覧へ戻る

温泉で、ふと脳裏によぎる、パリの男 稲村ケ崎

RECOMMENDおすすめの記事