イタリア高級ワインの里で「樽転がし競技」、人々の情熱に触れる

イタリア在住のジャーナリスト夫婦が今回注目したのは、トスカーナ州南東部に位置する小都市・モンテプルチァーノです。美食の数々や、地元の人々の素顔に迫る伝統行事は、イタリア好きなら知的好奇心を揺さぶられること間違いなし。夏のエピローグとなる濃密な一日をリポートします。

(文:大矢麻里 Mari OYA/写真:大矢アキオ Akio Lorenzo OYA)

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モンテプルチァーノの樽転がし競技

モンテプルチァーノは、フィレンツェから南東約113キロメートルにある、オリーブ畑やブドウ畑に囲まれた標高600メートルほどの丘の街です。世界のワイン愛好家にとって羨望(せんぼう)の的である高級ワイン「ヴィーノ・ノービレ・ディ・モンテプルチァーノ」の産地として知られています。

イタリア高級ワインの里で「樽転がし競技」、人々の情熱に触れる

「ヴィーノ・ノービレ・ディ・モンテプルチァーノ」は、1980年にイタリアワインの最上位の格付けであるD.O.C.G.(原産地呼称保証付き統制ワイン)に認定されています

もうひとつ、郷土の誇りは、毎年8月の最終日曜日に催される町内会対抗のワイン樽(だる)転がし競技「ブラビオ・デッレ・ボッティ」です。

この地には、旧市街を8街区に分割した町内会のような組織「コントラーダ」が存在します。人々は世紀を超えて団結し、まるで家族のように助け合いながら暮らしてきました。

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コントラーダのひとつ「ヴォルタイア」のメンバーたち。この後、アレッサンドロさんとアッティーリオさん(左から2番目と3番目) が見事に優勝旗を持ち帰りました

中世に彼らの団結力や士気を鼓舞する手段は競馬でしたが、その後何世紀にもわたって途絶えてしまいます。しかし20世紀半ば、モンテプルチァーノの人々の間で「コントラーダの精神が宿る行事を再興すべきである」という機運が高まりました。かくして1974年、前述の名産ワインと絡めるかたちで考案されたのが、樽転がし競技だったのです。

前座イベントも盛りだくさん

【動画】12秒。歴史装束の行列

モンテプルチァーノが一年中で最も熱くなるこの日。訪れるなら、余裕をもった滞在がおすすめです。実際の競技は原則夜7時のスタートですが、午前中から見応えたっぷりのセレモニーが展開されるからです。

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大聖堂前で披露された旗振りの実演。力強い太鼓の音が広場にこだまします

【動画】14秒。大聖堂前で披露された旗振りの実演

8月25日の朝10時、ルネサンス様式の建物に囲まれたグランデ広場に、各町内のテーマカラーに合わせた華やかな歴史装束の行列が現れました。実際のレースに出場する各コントラーダの選手たちが、樽を転がしながらそれに続きます。

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各町内会のテーマカラーに合わせた歴史装束を身にまとう人々。その横顔には、かつての気高き貴族の面影が重なります

樽ひとつひとつには、競技用であることを示す印が押されます。太鼓の音が最高に高まるたび、地元の老職人が焼き印を当て、樽から煙がたちのぼるその光景は、まるで映画のワンシーンを見ているように気分が高揚します。

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競技に使用されるワイン樽(だる)に公式の焼き印が押されます。第1回の開催から地元の鎚起(ついき)銅器職人であるチェーザレさんが、その役を引き受けています

【動画】6秒。競技に使用されるワイン樽に公式の焼き印

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ワイン樽に焼き印を押す役を務めているチェーザレさんは、1857年創業の銅製品専門店「マッツェッティ」を営む

旅人にもチンチン!

聖職者による祝福で午前の儀式を終えた彼らは、いったん各コントラーダのランチ会場へと引き上げ、仲間による手作りの料理を食べます。

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コントラーダのひとつ「ポッジョロ」のランチ会場。いくつかの町内会は一般の観光客にも料理を提供しています。地元の人との交流が楽しめます

ご当地太麺「ピチ」、ハーブの香り豊かな豚のローストなど、どれも素朴なトスカーナの味です。そしてうれしいことに、いくつかのコントラーダは、これらの料理を観光客にも提供しています。陽気な彼らは、同じテーブルの見知らぬ旅人にも「チンチン(乾杯)!」とワインの入ったグラスを重ねてきます。

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筆者は近くのレストランへ。トスカーナ南部でポピュラーなパスタ「ピチ」にはイノシシ肉のソースも合います

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同じくレストランにて。レバーペーストを載せたブルスケッタ。塩を含まない素朴なトスカーナ風パンが引き立て役を務めます

食後には、お土産を探しがてら散策に出掛けるのも一興。旧市街には予約なしで見学できるテイスティング可能なワイナリーもあります。芳醇(ほうじゅん)なワインと最高のマリアージュとなる食材を扱う店も見逃せません。さまざまな店でイノシシ肉のサラミや羊のチーズ、トリュフなどを吟味しているうちに、時計の針は競技の始まりが迫っていることを知らせていました。

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プラト門の近くにある「プルチーノ農園」の直営店。ワインやチーズのテイスティングができます

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イノシシ肉のサラミと強い塩味の羊乳チーズ。どちらも熟成ワインとの相性は申し分ありません。「プルチーノ農園」の直営店にて

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グランデ広場のほど近くにある老舗ワイナリー「コントゥッチ」では貯蔵庫の見学が無料開放されています。旧市街において唯一醸造から熟成までを行っている生産者です

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「18世紀からヴィーノ・ノービレ・ディ・モンテプルチァーノの生産に携わってきました」と話す40代目当主のアンドレア・コントゥッチさん。コントゥッチ家は11世紀にまでさかのぼる伯爵の家系です

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トリュフ専門店を営むアレッサンドロさんと家族。「幼い頃から祖父に連れられて森に入って以来、トリュフのとりこになりました」。魅惑の香りが店内に漂います

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こちらは夏に収穫される黒トリュフの瓶詰。スライスしてパスタや目玉焼きにかけるのがおすすめです

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メインストリートにある「プルチネッラの塔」。塔の上に立つ人形が毎時鐘を鳴らします

心臓破りの坂道に挑む男たち

夕刻、いよいよ各コントラーダえりすぐりの選手たちがスタート地点に並びました。張り詰めた空気のなか、合図と同時に一斉に樽を押し始めます。なんと樽の重さは約80キログラム。それを1.65キロメートルにわたって転がし続けるのです。

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樽(たる)を転がす選手たちは、イタリア語でスピンジトーリと呼ばれます。彼らは約80キログラムの樽を押し続ける体力を養うため、年間を通じてトレーニングに励んでいます

【動画】16秒。上り坂で樽を転がす選手たち

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丘の上の街だけに1.65キロメートルのコースは起伏続き。選手たちは最終コーナーでも腕っぷしの強さを見せつけます

【動画】12秒。最終コーナーをまわる選手たち

ゴールのグランデ広場までは、大半が上り坂。道幅はときおり急に狭くなり、追い越せる区間は極端に少なくなります。石畳の突起が無慈悲にも樽を揺らし、勢いづいてコースアウトしそうになるたび、沿道から熱い声援が送られました。

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首に巻いていたスカーフを外して、選手に声援を送るコントラーダ「ポッジョロ」のメンバーたち

【動画】6秒。選手に声援を送るコントラーダ「ポッジョロ」のメンバーたち

2019年度は、最後の坂で見事な追い越しをかけ、大逆転劇を演じたコントラーダ「ヴォルタイア」に優勝旗が手渡されました。「家族のために練習を重ねてきたかいがあった」と選手の瞳から大粒の涙がこぼれました。彼のいう家族とは、コントラーダの仲間のことなのです。

【動画】7秒。優勝し歓喜の涙を流す

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優勝旗を手にしたコントラーダ「ヴォルタイア」。選手のアッティーリオさん(左)とアレッサンドロさん(右)は称賛と歓声に包まれました

【動画】15秒。優勝旗を手にするコントラーダ「ヴォルタイア」

銘酒に酔い、美食に舌鼓を打ち、そして人々の情熱に触れる。モンテプルチァーノの旅は、そんなチャンスを与えてくれます。

■インフォメーション
・Bravio delle botti di Montepulciano
www.braviodellebotti.com

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PROFILE

  • 大矢麻里

    イタリアコラムニスト。東京生まれ。短大卒業後、幼稚園教諭、大手総合商社勤務を経て1996年からトスカーナ州シエナ在住。現地料理学校での通訳・アシスタント経験をもとに執筆活動を開始。NHKテキスト『まいにちイタリア語』など連載多数。NHK『マイあさラジオ』をはじめラジオでも活躍中。著書に『イタリアの小さな工房めぐり』(新潮社)、『意大利工坊』(馬云雷訳 華中科技大学出版社)、『ガイドブックでは分からない 現地発!イタリア「街グルメ」美味しい話』(世界文化社)がある。

  • 大矢アキオ

    イタリア文化コメンテーター。東京生まれ、国立音大卒(ヴァイオリン専攻)。二玄社『SUPER CAR GRAPHIC』編集記者を経て独立、イタリア・シエナに渡る。雑誌、webに連載多数。実際の生活者ならではの視点によるライフスタイル、クルマ、デザインに関する語り口には、根強いファンがいる。NHK『ラジオ深夜便』レギュラーレポーター。訳書に『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、著書に『イタリア発シアワセの秘密』(二玄社)など。

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