あの街の素顔

創業500年の麴店も 知られざる「発酵食品のまち」福井市 

4年後の北陸新幹線・金沢-敦賀間開業を控えた、福井駅周辺の福井市中心部。江戸時代に福井藩の城下町として栄えたこのエリアは、実はいまも歴史ある醬油(しょうゆ)、麹(こうじ)、味噌(みそ)などの蔵を抱えています。その知られざる「発酵食品のまち」を、食文化ジャーナリストの池田陽子さんが訪ねました。

(トップ写真は「米五」のおかずみそ)

446年の歴史を誇る醬油店「室次」

創業500年の麴店も 知られざる「発酵食品のまち」福井市 

長い歴史を誇る「室次」

福井市田原町「室次」は、1573(天正元)年創業。446年にもわたっていまもなお、昔ながらの「天然醸造醤油」を製造する数少ない醤油店だ。

創業500年の麴店も 知られざる「発酵食品のまち」福井市 

天然醸造の「幕末のソイソース」など、室次の主力商品

「醤油は戦後、大量生産のために人工添加物を加えて3カ月で醸造する『速醸醤油』が主流になりました。けれど、この商品は『天然醸造』。福井県産の丸大豆、小麦、米、そして天然の地下水を使い、添加物は一切使いません。冬に仕込み、1年かけて発酵・熟成しています」。そう語るのは、室次社長の白崎裕嗣さん。手間も時間もかかる天然醸造醤油は、日本の醤油総生産量の1%に満たないとされる貴重なものだ。

その味わいは、極めてやさしい。身体にしみこむようなまるみのあるふくよかな味わい、舌の奥でじわじわと響く豊かなうまみに驚く。

創業500年の麴店も 知られざる「発酵食品のまち」福井市 

白崎裕嗣さん。天然醸造醤油造りとともに、魚醤を使った無添加の減塩醤油や、アルコールゼロのハラル醤油などの開発にも取り組む

「当社の祖先は、戦国大名・朝倉氏の家臣でした。朝倉氏の滅亡後、柴田勝家によって福井の城下町に移住させられたことを機に商人となり、『室屋』の屋号で酒、麹、味噌、たまり醤油を売り始めたのです」と白崎さん。「醤油の醸造を本格的に始めたのは、江戸時代からのようです」

1689(元禄2)年、4代目の室屋次左衛門が、このころ確立されたといわれる「濃口醤油」の醸造法を紀州湯浅で学び、醤油醸造の「室次」を創業した。白崎さんは15代目の室屋次左衛門だ。

創業500年の麴店も 知られざる「発酵食品のまち」福井市 

蔵で作業する白崎さん。「醤油本来の味わいを知ってもらいたい」と語る

「このあたりはもともと『俵町』という町名。北陸街道と三国街道が合流し、福井城下における米、大豆、小麦、塩といった物資の集積地でした。近くには芝原用水も流れ、まさに醤油醸造に適した場所だったのです」と白崎さん。創業以降、室次はいくつもの醸造蔵を建て、多くの職人を抱えて製造を行い、みるみるうちに福井藩内最大の醤油店となった。

オランダ輸出が大当たり

成長を遂げた室次の醤油は江戸後期に、新たな伝説を打ち立てた。幕末、福井藩に多大な貢献を果たすとともに、なんとオランダに輸出されたのだ。

1838(天保9)年に藩主となった松平春嶽は、火の車状態だった藩の財政建て直しを由利公正(当時は三岡石五郎)に命じた。由利は長崎に越前蔵屋敷を建て、出島のオランダ商館経由で欧州へ生糸、茶、醤油を輸出。「このときの醤油のほとんどが、当時生産量3000石だった、室次の醤油だったのです」(白崎さん)。醤油は、かの地で料理の隠し味に使われ、大ヒットした。

創業500年の麴店も 知られざる「発酵食品のまち」福井市 

江戸時代、オランダへの醤油輸出時に使用された波佐見焼の「コンプラ瓶」

福井藩の輸出総額は300万両にもおよび、その代金は長崎から、千両箱を二つのせた馬125頭を連ねて、福井まで運ばれたという。

坂本龍馬も味わった

この様子を見ていた男がいる。坂本龍馬だ。

輸出で潤った福井藩を訪ね、5000両を借りて神戸に海軍塾を開設。「うちにも訪れたようです」と白崎さん。龍馬が携えてきた勝海舟の書が残っているという。「どうやら書を売りつけ、旅の資金にしていたようですね」と白崎さんが笑う。

1867(慶応3)年、由利を新政府の大臣に迎え入れたいと、再度福井を訪れた龍馬は、足羽川(あすわがわ)にかかる九十九橋のたもとにあった「莨屋(たばこや)旅館」に宿泊。ふたりは新政府について朝8時から深夜0時まで会談。その際に提供された食事には、室次の醤油が使われていたという。

創業500年の麴店も 知られざる「発酵食品のまち」福井市 

1806(文化3)年の福井城下地図。室次の分店は、足羽川に面した船着場に近く、隣は幕末に坂本龍馬と由利公正が会談した莨屋旅館だった

そんな歴史ロマンあふれる醤油は、いまもなお、「天然醸造 幕末のソイソース」の名で、当時の造り方を踏襲し、現代の設備を用いて製造されている。「幕末のソイソース」は2016年、幕末から100年以上の時を経て、再びオランダへの輸出を始めた。「明治維新のころ、岩倉使節団がオランダで味わったという記録も残っているんですよ」(白崎さん)

創業500年の麴店も 知られざる「発酵食品のまち」福井市 

幕末のソイソースを粉末化した「天然醸造醤油パウダー」。海外へ赴く人から機内持ち込みに便利と好評だという

日本人にとって欠かせない調味料である醤油。室次の醬油の「純粋」なうまみ、香り、風味を味わうと、百数十年前の日本と確かなつながりを感じられる。

創業500年の麴店「国嶋清平商店」

創業500年の麴店も 知られざる「発酵食品のまち」福井市 

昔ながらのたたずまいを残す「国嶋清平商店」

麴店「国嶋清平商店」は、1520(永正17)年創業、来年で創業500年を迎える。「麹をメインに、それを加工した味噌、塩麹、醤油麹、甘酒などの発酵食品を製造しています」と18代目の中林久慈さん。

福井ではいまも味噌を作る家庭が多く、国嶋清平商店の麹は根強いファンを持つ。味噌を仕込む冬場がいちばん忙しいという。

創業500年の麴店も 知られざる「発酵食品のまち」福井市 

板麹を仕込む中林さん。1~3月がもっとも忙しくなる(撮影/rkrkrk)

麹は米を水に漬けて蒸してから、板に入れて麹菌を加え麹室で約1日半寝かせる。シンプルな工程だが、「温度管理が難しいですね。熱くしすぎてもいけないし、温度が低くてもだめ」と中林さん。受け継いだ伝統の技で、「ふわっと、もこもこした毛が生えたベストな状態」を目指して日々、ていねいに仕込む。

創業500年の麴店も 知られざる「発酵食品のまち」福井市 

板麹。端までふかふか、もこもこの麹に仕上げるためには温度管理が重要

ひと工夫した加工品や漬物

麹や甘酒を使った加工品も人気だ。麴に醤油を入れて一晩寝かせ細かく刻んだピーマンを、青唐辛子と一緒にじっくりとろ火で煮上げた「ピーマン味噌」。甘酒を加えた辛子になすを漬け込んだ「なす辛子漬け」。どちらもピリッと辛味があるのに、後味がとてもやさしい。ごはんにも、お酒のつまみにもぴったりだ。

創業500年の麴店も 知られざる「発酵食品のまち」福井市 

ピーマン味噌(右)は、東北の郷土料理をアレンジ。なすの辛子漬(左)は、昔から国嶋家で作られていた漬物に甘酒を加えて改良した

国嶋家ももともとは朝倉家の家臣で、朝倉氏滅亡後、商人となり福井城下に店を構え、味噌や醤油製造を営んだ。「1803(享和3)年の古地図には、『一乗組頭 國島和三郎』と10代目の名が記されています」と中林さん。

幕末のころには大きな醤油蔵を持ち、紙商や、両替商も兼ねてにぎわっていた国嶋清平商店には、福井藩士の橋本左内や、幕末の志士・梅田雲浜(うめだうんぴん)が夜な夜な訪れていたという。

創業500年の麴店も 知られざる「発酵食品のまち」福井市 

福井城下図を広げる中林さん。店には、後の奇術師・松旭斎天一(しょうきょくさいてんいち)が幼いころ丁稚(でっち)奉公にきていたと伝わる

創業500年の麴店も 知られざる「発酵食品のまち」福井市 

かつて配達に使われていた自転車と一斗樽(たる)

空襲と地震で蔵が焼失

1945(昭和20)年の福井大空襲、1948(昭和23)年の福井大地震で蔵が焼失し、規模を次第に縮小したものの、麹と味噌に商品をしぼって営業を続けてきた。「おばと母がこの店を守ってきました」と中林さん。

大阪で会社員生活を送っていたが、「店の歴史を絶やしてはならない」と紀子さんが福井に戻って店を手伝い、追って、定年を迎えた中林さんが跡を継いだ。来年からはこの歴史を、息子さんも受け継いでゆく予定だと話しながら、中林さんがうれしそうにほほえんだ。

創業500年の麴店も 知られざる「発酵食品のまち」福井市 

中林久慈さんと紀子さん。伝統を守りつつ、麹を使った和風、洋風料理やスイーツの教室も開いている

紀子さんはお店の2階で麹を使った料理教室も開いている。「食べてみて」と、塩を加えた甘酒に漬け込んだきゅうりとくろうりの漬物を出してくれた、いただくと、ほのかな甘みとコクがおいしくてとまらなくなった。

創業500年の麴店も 知られざる「発酵食品のまち」福井市 

紀子さんお手製の甘酒を使った「くろうりときゅうりの三五八漬け」

福井市民「ふるさとの味」、米五の味噌

味噌店「米五」は、1831(天保2)年創業。永平寺の味噌蔵を預かる御用達店だ。その一方、米五の味噌はスーパーでも手ごろな価格で販売、市内の学校給食にも使われ、福井市民に愛されてやまない「ふるさとの味」でもある。

創業500年の麴店も 知られざる「発酵食品のまち」福井市 

米五では、基本的に米味噌のみ製造。材料はすべて国産。味噌蔵は見学も可能

16世紀末から17世紀初頭の慶長・元和のころ、武士だった多田善右衛門景連が米と藩札を扱った「大米屋」が本家にあたる。17世紀後半の寛文年間に多田彦四郎が分家して米屋を開業、2代目多田五右エ門以来、代々五右エ門を襲名するようになり、「米五」の屋号もその頃から使われるようになったらしい。4代目五右エ門が味噌の醸造を始めた1831(天保2)年を、創業の年と位置づけている。

いまも天然醸造を主に、吟味した国産原料と伝統の技で、昔ながらの味噌作りを行う。12代目である常務取締役の多田健太郎さんの案内で蔵を訪ねると、「大本山永平寺御用達乃味噌」と記した木札のかかる、大きな杉樽が目に飛び込んできた。

創業500年の麴店も 知られざる「発酵食品のまち」福井市 

永平寺御用達の味噌樽。越前杉でつくられた特注品だ。同じ製法で作った味噌を「蔵」ブランドで販売している

「脈々と受け継がれてきた味噌作りのこだわりと技が認められ、1970(昭和45)年から永平寺の味噌蔵を預かり、いまに至ります」と多田さん。

「おいしい味噌造りは、素材選びと、発酵の進み具合の的確な把握が大切。そして、うちの味噌の味を決めるのは、長きに渡って生き抜いてきた蔵の『酵母菌』。これに合った味噌造りを行うことも重要ですね」

テーマパーク「みそ楽」を開設

創業500年の麴店も 知られざる「発酵食品のまち」福井市 

多田健太郎さん。大学卒業後、IT系企業でシステムエンジニアとして勤務後、入社。「味噌造りは決まりきった作業ではなく、臨機応変な対応が必要。『AだからB』にならないことが面白いです」

米五では自社でも販売を行ってきたが「近年、買いにきてくださるお客様は年配の方が多く、若い方が少なくなっていることを危惧(きぐ)していました」と多田さん。

もっと味噌に親しんでもらいたいという思いのもと、昨年オープンしたのが「みそ楽」。味噌の販売、味噌作り体験、味噌を使った料理やスイーツが楽しめるカフェなどを併設した、いわば「味噌のテーマパーク」だ。おしゃれな明るい店内には、ずらりと味噌、味噌加工品が並ぶ。

創業500年の麴店も 知られざる「発酵食品のまち」福井市 

「みそ楽」1階の量り売りコーナー。ひとつひとつ異なる味わいを試して購入できる。パック入りも販売

1階には米五全ラインアップの「味噌量り売りコーナー」もある。ていねいなスタッフの説明のもと、試食しながら購入できる。

「いちばん人気があるのは『馬鹿ばやし』。お米をたくさん使っているので、香りが高く甘みもあってまろやかです」「じっくりと熟成させた濃いめの色と独特の香り、うまみを持つ『星宵』は、濃厚なので、味噌ラーメンや煮物に使うとおいしいです」。素材、熟成期間による仕上がりの違い、おすすめの使い方……。米、大豆、塩と麹、そして時間。シンプルな材料が醸し出す多彩な味わいに改めて驚く。

創業500年の麴店も 知られざる「発酵食品のまち」福井市 

一番人気の味噌「馬鹿ばやし」。大豆に対する米麹の割合は1.5倍で、豊かな甘みが魅力

「味噌は味噌汁以外の使い方もあると知ってほしい」と多田さん。

味噌の概念を覆すカフェメニュー

2階の「カフェみそら」は「味噌に恋する」をテーマに、味噌を使ったさまざまなメニューがそろう。「味噌は味噌汁以外の使い方もあると知ってほしい」という多田さんの言葉どおり、味噌の概念を覆す、見た目もカラフルな料理が週替わりで提供される。「みそラタトゥイユ風チーズオーブン焼き」「みそレモンクリームパスタ」「豚ロースのみそピーナツバター焼き」……。「みそカステラ」や「みそジェラート」などのスイーツも提供。若い女性でにぎわう。

創業500年の麴店も 知られざる「発酵食品のまち」福井市 

「カフェみそら」の週替わりのランチ。写真は「豚ロースのみそ漬け~糀のトマトソース~」「田楽みそのきんぴら」「チンゲン菜の豆腐みそココット」「塩こうじの玉子焼き」など

「味噌は、まだまだチャレンジできることがあると思っています。県内の専門機関と一緒に、新たな酵母で香りや色を華やかにする研究に取り組み、試作を重ねています」。多田さんは「伝統に裏打ちされた、新たな味噌造り」に意欲を燃やす。

長い歴史を重ねてきた福井市の発酵食品を味わうと、はるか江戸時代に思いをはせつつ、100年、200年先が楽しみになる。時の流れに吸い込まれるような「発酵の旅」をぜひ。

■室次
https://www.muroji.com/

■国嶋清平商店
https://www.kunijima-syouten.com/

■米五
https://www.komego.com/

PROFILE

  • 「あの街の素顔」ライター陣

    こだまゆき、江藤詩文、太田瑞穂、小川フミオ、塩谷陽子、鈴木博美、干川美奈子、山田静、カスプシュイック綾香、カルーシオン真梨亜、シュピッツナーゲル典子、コヤナギユウ、池田陽子、熊山准、藤原かすみ、矢口あやは、五月女菜穂、遠藤成、宮本さやか、小野アムスデン道子、石原有起、高松平蔵、松田朝子、宮﨑健二、井川洋一、草深早希

  • 池田陽子

    薬膳アテンダント、食文化ジャーナリスト、全日本さば連合会広報担当サバジェンヌ。
    宮崎生まれ、大阪育ち。立教大学社会学部を卒業後、広告代理店を経て出版社にて女性誌、ムック、また航空会社にて機内誌などの編集を手がける。カラダとココロの不調は食事で改善できるのでは?という関心から国立北京中医薬大学日本校に入学し、国際中医薬膳師資格取得。食材を薬膳の観点から紹介する活動にも取り組み、食文化ジャーナリストとしての執筆活動も行っている。趣味は大衆酒場巡りと鉄道旅(乗り鉄)。さばをこよなく愛し、全日本さば連合会にて外交担当「サバジェンヌ」としても活動中。著書に『​ゆる薬膳。』(日本文芸社)、『缶詰deゆる薬膳。』(宝島社)、『サバが好き』(山と渓谷社)、『「サバ薬膳」簡単レシピ』(青春出版社)など。

たこ焼き向けスパークリングワイン! 大阪のワイナリーがおもしろい

一覧へ戻る

ピンクの城の「光の祭典」と穴場アートレストラン デュッセルドルフ

RECOMMENDおすすめの記事