鎌倉の風に吹かれて

竹を観た足で泊まりにきた、あの人の息子 報国寺

芥川賞作家の大道珠貴さんが、鎌倉を舞台にした旅情や人間模様を描く、毎回読み切りの超短編小説連載「鎌倉の風に吹かれて」。第7回は、竹の名所・報国寺を訪れた足で泊めてくれと「私」の家に転がり込んできた、かつての恋人の息子との交流です。

竹を観た足で泊まりにきた、あの人の息子 報国寺

鎌倉の我が家の庭で、秋の虫が鳴きはじめた。いつまで鳴くのだろう。死ぬまで鳴くのだろう。私はとうとうだれのことも愛さなかった。父親も母親も。何人かの恋人たちのことも。誰からも音信はない。私から、かれらに連絡することはしばらくないだろう。かれらから連絡してくれれば、意気揚々と私はこたえるつもりだ。なりふりかまわず、会いに行く。飛んでいって、抱きしめる。

しかしそれは無理な話。だって、私はかれらを愛せなかったから。かれらは私と言い争い、泣き喚(わめ)き、憎み、それから長い時間をかけて表向きに和解はしてくれはしたけれど、――ほぼ打算的にだと私は思う――私が誰のことも愛せないことを充分に知っている。かれらは泣いているだろう。私の知らないところで、かれらなりの哀(かな)しみや悩みや、愛(いと)しさ、苦しさのため、ひとりでひっそり泣いているだろう。死ぬまで泣くだろう。

かれらはそんなひとたちだ。ことあるごとによく傷つき、他人にばかり愛を惜しみなく与え、自分のことはそっちのけで、なかなかにこの世の中では生きにくいのだ。諦(あきら)めとほんのりした憎しみで終わっていても、かれらは私の大切なひとたちだった。

竹を観た足で泊まりにきた、あの人の息子 報国寺

「竹が観(み)たくなって、報国寺ってとこに行ってきたよ。もう金ないし、薔薇(ばら)ちゃんち、泊まっていいですか?」

ジギ君は、かつて三カ月ほど濃密につき合った恋人の、息子だ。彫刻家とか版画家とか、会うたび職業が変わっている。私からはなにも訊(き)かないことにしているが、しゃべりたいことが溜(た)まってしまうと、こうして連絡してくる。

「お酒につき合ってくれるならね。竹が観たくなるってこと、私も若いころあったよ。圧倒されるから好きだったのかな。かなわないよね、あの勢力にはさ」
ふふ、とジギは片ほほで色っぽく笑った。中学もろくろく行かないまま卒業してからは、ぶらぶらと外国を放浪し、ほとんどホームレス状態だが、女を悦(よろこ)ばせる技は培った。たぶん薔薇ちゃんより、俺は人間を知ってるよ、薔薇ちゃんは机に向かってばかりで、視野が狭いんだもん、そのままおばあちゃんになっちゃうわけ?と私に向かって言うのが口癖だ。

竹を観た足で泊まりにきた、あの人の息子 報国寺

「どこに寝たらいいんだろ」
ひとときお酒につき合ってくれたジギは、とたんに男の顔になり、目を泳がせた。私の家に、父親と遊びに来てはいても、成人してからひとりで泊まるのは初めてなのだ。
「私は二階で寝るわよ。ジギちゃんは、畳の上でも、縁側でも、好きなように寝ておくれ」
私は二十歳以下の男と寝るのは気が乗らない。
「うん、適当に寝る。ありがとサンキュ。でも薔薇ちゃん、まだ寝る時間じゃないじゃないよ」
「私は二階でネットするわ。おやすみなちゃい」
「ええっ、薔薇ちゃん、死ぬまでネットなんてやらない人かと思ってた。時代に追いつこうと焦ったか」
ジギは父親にあまり似ていない。どんどん母親のほうに似てくる。かつて私と牙(きば)をむいて争った女のひとに。いまは背中が曲がってきて穏やかな貴婦人になっているらしい。

竹を観た足で泊まりにきた、あの人の息子 報国寺

ネットで片道切符を手に入れ、朝、私はふるさとの福岡へ帰った。鎌倉のジギのことはほうっておく。福岡から、大分の親友のところへも足を延ばし、別府温泉で「地獄めぐり」もした。温泉卵のサンドイッチに、柚子(ゆず)をのせて食べ、ラムネで乾杯。親友は事業で成功を成し遂げた、女社長である。私はしがない物書きだけれど、この親友とは黙っていてもわかり合える。彼女も相当、苦労した女だ。いいことだ。それだけ人生を味わえている。

いまごろジギは、女の子を連れ込んでいるかな。仲間と怪しいパーティーをしているかな。ひとりぼっちで私の布団にくるまって寝ているかな。なんにしたって、最高だ。あんな歳下の男と仲良しでいられるなんて、素敵すぎるじゃないか。もう子どもは産めないからなおさら、あんな情けない、やんちゃな子を、私はひたすら愛す。

竹を観た足で泊まりにきた、あの人の息子 報国寺

ジギ、私より先に死ぬなよ。人生はこれからだ。きみはまだ素晴らしい人間にそれほど出会っていない。くよくよするのもいまだけにしな。素晴らしい人間たちは、きみが歩むその方向性によって次々現れてくれるんだよ。まちがいない。
まず、人生の方向性を見つけることが、いまのきみの使命だよ。

PROFILE

  • 大道珠貴

    作家
    1966年福岡市生まれ。2003年、『しょっぱいドライブ』で第128回芥川賞。2005年、『傷口にはウオッカ』で第15回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。小説に『ケセランパサラン』『ショッキングピンク』『煩悩の子』など多数。エッセーに『東京居酒屋探訪』。神奈川県鎌倉市在住。

  • 猪俣博史

    写真家
    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。&wでは「鎌倉から、ものがたり。」の撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

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