魅せられて 必見のヨーロッパ

意外に小顔!なベートーヴェン 生誕250年を前に、ウィーンでゆかりの地をめぐる(1) 

ツアーの行き先としてはあまりメジャーではないけれど、足を運べばとりこになってしまう。そんなヨーロッパの街を、ヨーロッパを知り尽くした作家・写真家の相原恭子さんが訪ねる連載「魅せられて 必見のヨーロッパ」。今回はウィーンで作曲家ベートーヴェンの足跡をたどる1回目。「苦悩する楽聖」のイメージが強い彼は、明るい部屋を好み、意外にも小顔だったそうです。

住んでいたこともあるアン・デア・ウィーン劇場

2020年は、ベートーヴェン生誕250周年を迎えます。彼は1770年にボンで生まれ、22歳で作曲家ハイドン(1732~1809)に師事するためにウィーンへ来て、1827年に56歳で亡くなるまでウィーンで暮らしました。
彼の足跡をたどると、交響曲「田園」が響いてくるような美しい風景やおいしいワインに出会ったり、また大作曲家の意外な面に思いをはせたりして興味深く楽しい時でした。

オーストリア航空で成田から約12時間、ノンストップでウィーン着。ウィーン中心部の「ホテル・ベートーヴェン」にチェックインしました。泊まった部屋の出窓から外を見ると、目の前にアン・デア・ウィーン劇場が見えます。

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ホテル・ベートーヴェンの部屋から見えるアン・デア・ウィーン劇場

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アン・デア・ウィーン劇場

アン・デア・ウィーン劇場に掲げられた銘板によると、ベートーヴェン1803年から1804年までこの劇場の一角で暮らして「クロイツェル・ソナタ」などを作曲し、オペラ「フィデリオ」などの作品がここで初演されました。

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劇場の壁面にあるベートーヴェンとの関係を説明した銘板

ウィーン分離派のクリムトがゆかりの作品

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ゼセッション館の入り口

ホテルから歩いて3分ほどの場所にあるウィーン分離派(ゼツェシオン)の展示施設「ゼツェシオン館」には、クリムトの記念的壁画とされる「ベートーヴェン・フリーズ」があります。これはウィーン分離派の第14回展(1902年)のためにクリムトが制作したものです。

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「ベートーヴェン・フリーズ」の部屋

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ベートーヴェン・フリーズ(部分)

意外に明るかった暮らした家


ベートーヴェンが1804~1815年に暮らした家を博物館にした「パスクヴァラティハウス」へ向かいました。地下鉄「ショッテントーア」駅から歩いて5~6分の場所にあります。このあたりに住みたいと望んだベートーヴェンに、友人であったパスクヴァラティ男爵が、この建物の4階(日本でいう5階)に住まいを提供しました。芸術を理解し好む多くの貴族たちがベートーヴェンを支援し、ウィーンでの活躍を支えました。

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パスクヴァラティハウス

車道から少し登った目立たないところにありますが、中国、フランス、イタリア、日本など、意外にも外国人の見学者が多いです。 

受付のヘルムートさんによれば、ベートーヴェンは窓が多く眺望の良い部屋を好み、「ここからプラーター公園が見たい!」とさらに窓を作りたがったそうです。

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「パスクヴァラティハウス」の内部

ベートーヴェンはこのフロアの他の部分(現在は個人宅となっている)も使っていたので、現在公開されている部分の3倍くらいある広い住居でした。プラーター公園の有名な大観覧車は当時まだありませんでした。パスクヴァラティハウスからは今、大学の建物に遮られて遠くが見えませんが、当時はかなり見晴らしが良かったことでしょう。

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「パスクヴァラティハウス」の内部

暗い部屋で悶々(もんもん)としながら作曲する苦悩の英雄ベートーヴェンを思い描く人が多いかもしれませんが、実は、窓が多く明るい部屋で、遠くを眺めながら構想を練ったのかもしれません。私も眺望の良い部屋が好きなので、シンパシーを感じます。

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ベートーヴェンが住んでいたころの壁

ベートーヴェンが住んでいたころの壁が今もほんの少し残っています。本人の趣味か、たまたまこうだったのか、意外にもカラフルで愛らしい壁です。ベートーヴェンはこの家で交響曲第4・5・7・8番、オペラ「フィデリオ」などを書いたとされています。壁に描かれた花を見ながら、彼のダイナミックな音楽の中にふと現れるリリカルで繊細なフレーズが心に浮かんできました。

意外に小顔!なベートーヴェン

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ベートーヴェンのライフマスク

パスクヴァラティハウスに展示されているベートーヴェンのライフマスクは、1812年、フランツ・クラインが制作したものです。
案外、小顔です。ずんぐりしたベートーヴェンの姿を絵本で見たことがありますが、彼は身長約168センチだったそうで、当時としてはそれほど小柄ではなかったようです。
制作中、ベートーヴェンは窒息しそうだと言い、クラインは鼻に管を通すのに苦労したそうです。誰しも、顔の型を取られるのは不快ですよね!

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赤いハート

階段には赤いハートが。誰が掛けたのか、「ベートーヴェンはまた来ます」と書かれています。「戻ってきてね!」と思いながら、歩いて15分弱のベートーヴェン臨終の家「シュヴァルツシュパーニアハウス」へ向かいました。

ウィーン市観光局
https://www.wien.info/

オーストリア航空
https://www.austrian.com/?sc_lang=ja&cc=JP

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PROFILE

相原恭子(文・写真)

慶應大学卒業。ドイツ政府観光局勤務を経て、作家&写真家。「ドイツ地ビール夢の旅」(東京書籍)、「ドイツビールの愉しみ」(岩波書店)、「ベルギー美味しい旅」(小学館)、「京都 舞妓と芸妓の奥座敷」(文春新書)、「京都 花街ファッションの美と心」(淡交社)、英語の著書「Geisha – A living tradition」(フランス語、ハンガリー語、ポーランド語版も各国で刊行)など著書多数。国内はもちろん、国際交流基金・日本大使館の主催でスペイン、ハンガリー、エストニアで講演会や写真展多数。NHK「知る楽」「美の壺」、ラジオ深夜便「明日へのことば」「ないとエッセー」、ハンガリーTV2、エストニア国営放送など出演多数。
https://blog.goo.ne.jp/goethekyoko

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