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「神秘の子羊」と劇的対面 この顔、食べていいのか? ベルギー・オランダ紀行(2)ゲント 

ベルギー・フランダース地方とオランダの食とアートを巡る旅にこの夏出かけた&TRAVEL副編集長。最初の訪問地ブルージュでは、減量中にもかかわらず結構なディナーを完食してリバウンドの恐怖におびえることに。今回は、次なる訪問地ベルギーのゲント。聖バーフ大聖堂にある門外不出の傑作「神秘の子羊」と対面した時、劇的な出来事が起きたのです。
(文・写真:&TRAVEL副編集長・星野学)

<減量中なのにディナー完食 「神の手」に驚嘆 ベルギー・オランダ紀行(1)ブルージュ>から続く

若者があふれる大学町

6月22日午後3時すぎ、ベルギーのブルージュを後にした私は、次の訪問地、ベルギーのゲントへ向かいました。ゲントまでは車で東に1時間ほど。ここもブルージュに負けず劣らず水の都です。宿泊先の「Hotel NH Ghent Belfort」(ホテル・NH・ゲント・ベルフォート)に荷物を置いて、さっそく街歩きへ出かけました。

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世界遺産・ゲントの鐘楼(しょうろう)


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聖ミヒエル教会を望むレイエ川沿いはくつろぐ若者でいっぱい

若い人が多いな――。ゲントの第一印象です。それもそのはず、ここは名門ゲント大学を擁する大学町なのです。川に面した緑地や歩道、路地に至るまで、どこも若者であふれています。

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2012年にできた現代建築「シティ-・パビリオン」の向こうに、歴史的な建物が見える

旧市街のど真ん中にある広場には、待ち合わせにも使われる現代建築「シティー・パビリオン」が。中世に建てられた周辺の建物と不思議な対照を見せています。

ナポレオン時代の製法を伝えるマスタード店

この日は、手軽に行かれるフードスポットをはしごしました。まずは、1790年創業というマスタードの老舗「 Vve Tierenteyn-Verlent」(フェ・ティーレンテイン・フェルラント)です。

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1790年創業のマスタード店「Vve Tierenteyn-Verlent」

言い伝えによれば、ナポレオンのフランス軍に従軍してマスタードの名産地ディジョンに赴きそこで製法を学んだ人が、ゲントに技術を伝えたとのこと。この店は当時の製法を今に伝えることで知られ、1867年から今の場所に店を構えています。

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慣れた手つきでマスタードを瓶詰めする店員のダンさん

応対してくれた店員のダンさんに「味わってみてください」と差し出されたマスタードをなめてみると、まず酸味が、あとから辛さがやってくるさわやかな風味でした。

食べたら怒られそう?なキュベルドン

肉屋ギルドの古い建物を改装し、地産の食品や食事が味わえる「Groot Vleeshuis」(グルート・フリースハウス)をちらりとのぞいた後、駄菓子屋感覚のローカルスイーツ店「Temmerman」(テマーマン)へ。

川沿いは中世からの建物も多く、タイムスリップしたかのような気分になります。そんな街角で、女性ボーカリストと男性ベーシストという風変わりな組み合わせのストリートミュージシャンが演奏していましたが、2人が歌っていたのは地元の曲ではなくサイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」。ポピュラー音楽界における英語の影響力を改めて知った気分です。

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「Temmerman」の店構え

「Temmerman」で私が試してみたのは、大きさ5センチほどの砂糖菓子キュベルドンです。円錐(えんすい)形のタイプが知られていますが、ここのは何と人の顔! スミレ由来の紫色が個性的です。かじってみたら、まんじゅうよりは硬く、アメよりは柔らかい不思議な食感で、中からラズベリーのソースがとろり。体験したことのない味でした。

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何ともいえない表情のキュベルドン。かじると怒られそう

教会がフードコートに! ホーリー・フード・マーケット

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ホーリー・フード・マーケット

「Temmerman」から歩いて10分ほどの場所にある、16世紀のバウデロ礼拝堂を活用したフードコート「Holy food market」(ホーリー・フード・マーケット)を訪ねました。

外観はこぢんまりした教会建築で、若きモーツァルトがここで演奏会をしたこともあるとか。中へ入ると、天井の高い教会建築の空間を生かしたゴージャスな造りです。マレーシア、インド、日本、イタリア、ポルトガルなど各国の料理が食べられる16のブースのほか、中央にはバーカウンターがあり、若者でにぎわっていました。夜はクラブとして使われることもあります。

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天井の高いしゃれた空間

ヨーロッパで教会はコミュニティーの拠点でもあったことから街の中心部にあることが多いのですが、近年は教会に足を運ばない信者も多く、手入れをされぬまま荒れてしまう教会建築もあるそうです。文化遺産でもある古い教会を保存するため、ホテルやスポーツジムなどに転用するという発想が広がっており、ここではフードコートになっている、というわけです。

修復中の「神秘の子羊」を見学

翌朝はゲント美術館へ。初期フランドル絵画の最高傑作、という呼び声も高い、フーベルト・ファン・エイクとヤン・ファン・エイクの兄弟が手がけた祭壇画「神秘の子羊」の修復風景を見学に行きました。

「神秘の子羊」は、ゲントの聖バーフ大聖堂にある門外不出の傑作で、2012年から約13年間の計画で大規模な修復作業が続けられています。内側12枚、外側8枚のパネルで構成されており、外側のパネル8枚は2016年に修復が完了しました。あるパネルが修復のため美術館に持ち込まれると、聖バーフ大聖堂にはそのレプリカが飾られます。

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ゲント美術館

この日は日曜日で修復作業はお休みでしたが、修復室に置かれたパネルをガラス越しに見ることができました。

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修復中の「神秘の子羊」の一部分。中央に神の子羊が描かれている

置かれていたパネルは、神の子羊が描かれた1枚でした。「子羊の顔は、過去の修復で動物らしい表情になりましたが、もともとは生き生きとした人のような表情だったことが明らかになっています」と、美術館ガイドのジュジュ・ミスチャットさんが説明してくれます。

この人類の宝、フーベルトとヤンの兄弟がどう描き分けたかはわかっていません。「生前はフーベルトの方が有名でしたが、彼がひとりで描いた作品が1点も残っていないのです」とミスチャットさん。

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修復中のパネル。ところどころ色をはがしてある

そのうえ、この祭壇画は数奇な運命をたどります。1566年、宗教改革のあおりで暴徒に破壊されそうになった際、隠されて難を逃れたこと。19世紀にフランスのナポレオンに持ち去られて一時ルーブル美術館に飾られたこと。ゲントに戻った後、一部のパネルはプロイセン王に売却され、その後散逸したパネルは1920年にすべてゲントに戻ったものの、1934年には内側パネル2枚が盗まれ、うち1枚は今も行方がわからないこと(行方不明になった左下のパネルはレプリカです)。第2次世界大戦中ナチス・ドイツに略奪され、戦後アメリカ軍が発見してベルギーに返還されたこと――。受難の歴史も、この絵の神秘性を深めているように思えます。

修復の様子をガラス越しに見せているのは、修復プロセスを継続的に公開することで、「まるで別の絵になってしまったじゃないか」という誤解を市民に与えないためだそうです。

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ヒエロニムス・ボス「十字架を運ぶキリスト」

この美術館には、中世の傑作も数多く収蔵されています。なかでもヒエロニムス・ボスの「十字架を運ぶキリスト」は、十字架を運ぶイエスの粛然としたさまと、彼を憎むユダヤ人たちのまるで戯画のような姿の対比が印象的でした。

いざ対面、その時、何かが降りてきた!

昼食をはさんで、いよいよ「神秘の子羊」と対面です。作品が置かれている聖バーフ大聖堂へ向かいます。

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聖バーフ大聖堂

942年にできた礼拝堂にまでさかのぼることができるという、由緒ある大聖堂の一角に、祭壇画は展示されています。撮影禁止なので、カメラをしまって展示室へ向かいます。

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この奥の部屋に「神秘の子羊」は展示されていた

順番待ちの列が少しずつ前進し、私がまさに展示室に踏み込もうとした時、突然、パイプオルガンのうなりが大聖堂に響き渡りました。曲の名前はわかりませんが、中世の作品ではなく、マーラーを思わせる20世紀以降の作風です。

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ファン・エイク「神秘の子羊」(1432年) Van Eyck, Lam Gods, Sint-Baafskathedraal (c)www.lukasweb.be – Art in Flanders vzw

薄暗い展示室に足を踏み入れると、「神秘の子羊」がぼんやり浮かび上がって見えます。半音階的に下降するオルガンの和声にいざなわれるように、何かが降りてくるような気配が。熱に浮かされたような気分のまま、しばしたたずんでいました。

展示室を出ると、オルガン奏者が連弾をしていました。日曜日ということもあり、おそらくはミニコンサートだったのでしょう。展示室に足を踏み入れようとしたその瞬間に鳴り響いたのは偶然で、私が感じた何かも気のせいかもしれません。それでも、この歴史的な名画との初対面には十分すぎる「演出」となりました。

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聖バーフ大聖堂の内部

2020年2月1日から4月30日までゲント美術館で開かれる「ヤン・ファン・エイク:視覚の革命」展には、現存する彼の作品約20点の半数が出品され、「神秘の子羊」は修復済みの外側のパネルすべてが展示されます。

感動と興奮もさめやらぬ中、次の目的地、ブリュッセルへ向かう車に乗り込みました。
(つづく)
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【取材協力】
オランダ政府観光局/ベルギー・フランダース政府観光局
https://www.hollandflanders.jp/

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