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フグ、ここにいたのか! フレンチフライの源流は ベルギー・オランダ紀行(3) ブリュッセル

ベルギー・フランダース地方とオランダの食とアートを巡る旅にこの夏出かけた&TRAVEL副編集長。減量中にもかかわらず美食ざんまいでリバウンドの恐怖におびえつつ、ベルギーのブルージュ、ゲントと巡り、今回は首都ブリュッセルに。ゆかりの大芸術家ブリューゲルをめぐり、彼が埋葬された教会で、思わぬ出会いに驚いたのでした。
(文・写真:&TRAVEL副編集長・星野学、トップ写真は「芸術の丘」から望む市庁舎の塔)

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漫画風のキャラ満載 ブリューゲルの大傑作

「白い街だな」。それが、ブリュッセルの第一印象でした。ゲントを車で出発しておよそ1時間。王宮や美術館のある旧市街中心部は、とにかく白っぽい建物が目につきました。ベルギーの首都であるこの街は、周囲をぐるりとオランダ語圏のフランダース地方に囲まれていますが、これまで訪れてきたブルージュやゲントに比べると、街で耳にする言葉も目にする看板も、フランス語が目立ちます。ヨーロッパ連合(EU)の本部が置かれ、「ヨーロッパの首都」とも呼ばれます。

フグ、ここにいたのか! フレンチフライの源流は ベルギー・オランダ紀行(3) ブリュッセル

ベルギー王立美術館・古典美術館の入り口

6月23日午後3時すぎ。この街で最初の訪問地は、ベルギー王立美術館・古典美術館です。ブリュッセルに暮らして活躍し、ここで亡くなった16世紀の大画家ピーテル・ブリューゲル(父)と、その一族の充実したコレクションの展示室「ブリューゲルの部屋」で知られています。

くしくも今年は、父ブリューゲル没後450年の節目。美術館の入り口には、「BRUEGEL」と大書きした看板がどんと置かれていました。美術館ガイドのバトラ・ジェニファーさんの案内で、館内を巡ります。

まずは仮想美術館。オンライン上に文化遺産を公開するグーグルのプロジェクト「Google Cultural Insutitute」(グーグル・カルチュラル・インスティテュート)と王立美術館とのコラボで、館内のあちこちにある端末から、ブリューゲルの代表作の精密画像や作品の解説を見ることができます。

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美術館ガイドのバトラ・ジェニファーさんが、精密な画像を見られる端末について説明してくれる

この美術館にはブリューゲルの作品の中でも、ひときわ名高い傑作が収蔵されています。「反逆天使の墜落」です。

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ピーテル・ブリューゲル(父)「反逆天使の墜落」 Pieter Bruegel the Elder “The Fall of the Rebel Angels” Google Art Project

天国から追放された堕天使たちと、それを討伐する大天使ミカエルら天使軍団の戦いを描いています。堕天使は異形の者と一体化したり、魔物そのものになってしまっています。
宗教的な素材を扱った絵画はたいてい、どれが善玉でどれが悪玉か一目でわかるのですが、この絵は違います。悪玉であるはずの堕天使や魔物は妙に表情豊かなのに、正義の軍団であるはずの天使たちは無表情に問答無用で剣を振るっている。どっちが悪者なのか、見ているうちにわからなくなってくるのです。まさに混沌(こんとん)、カオス。

つぶさに観察していくと、漫画風に描かれた異形の者どもが、結構いとおしい。たとえば、魚のような、これ。つぶらな瞳に、心がきゅんとしてしまい、勝手に「フグ」と名付けました。

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天使の剣でまさにたたき切られようとする魔物。筆者は勝手に「フグ」と名付けた

そのフグは天使のふるう大剣のえじきになる寸前。「おい! おひょーなんて顔してる場合か! はよ逃げろ!」と心で叫んでしまいました。

ほかにも、これ。

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「反逆天使の墜落」の一部分。妙に愛敬のある魔物たち

体がアルマジロの堕天使は、悠長にもラッパを吹いています。ああ、お主はまだ、黙示録のラッパ吹きのつもりか……。ムール貝の翼を持つ魔物、腹が割れて卵が見えている魔物など、キャラ立ちしているやつらが、ほかにもごまんといます。ブリューゲルの想像と創造の力に、ただただ脱帽するばかり。

「アメリカ大陸原産で当時ヨーロッパにいなかったアルマジロをブリューゲルは描いています。彼は知識人と幅広い交流があったので、博物学の知識を得ることができたのでしょう」と、ジェニファーさん。

イカロスの墜落に知らんぷり

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ブリューゲル「イカロスの墜落のある風景」

こちらの絵は「イカロスの墜落のある風景」。完全な真作かどうか議論はありますが、高く飛びすぎたために、太陽の熱で翼のロウが溶けて墜落したイカロスについてのギリシャ神話が素材です。

歌や文学の素材になってきたシーンなのに、一見して思うのは「イカロス、どこ?」。じっくり探してみると……ああ、これだこれだ。船の手前、海から足だけ突き出している気の毒な人がいます。おまけに、彼の墜落に、ほとんど誰も気づいていない。

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「イカロスの墜落のある風景」の一部分

「ドラマチックな人の死が、風景画の世界観やバランスを崩さずに描かれています」と、ジェニファーさんが教えてくれます。

動画で見せるブリューゲル「BEYOND BRUEGEL」

王立美術館を出て、文化施設が集中する「芸術の丘」をゆっくり下っていくと、「ダイナスティパレス」という建物で、映像や動画でブリューゲルが体験できる「BEYOND BRUEGEL」(ビヨンド・ブリューゲル)が開催中でした(2020年1月まで)。

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「BEYOND BRUEGEL」の入り口

いくつもの部屋にある巨大なスクリーンや、天井、壁、床にまで、彼の作品や作品をモチーフにしたアニメーションが投影されます。漫画チックなキャラが多く描き込まれているのでアニメになっても違和感がないうえ、精密なブリューゲルの絵だからこそ可能な見せ方ですね。

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巨大なスクリーンに投影された映像

老舗「ダンドワ」のワッフルをつまみ食い

ブリュッセル中央駅前にあるこの日の宿「HILTON BRUSSELS GRAND PLACE」(ヒルトン・ブリュッセル・グラン・プラス)に荷物をおき、いざ、ディナーへ。その前に、創業1829年、ベルギー名物ワッフルの老舗「Maison Dandoy 」(メゾン・ダンドワ)に寄り道です。


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「Maison Dandoy」のワッフルをテイクアウトしようと並ぶ人たち

午後7時前の夕飯時というのに、すごい列。イートインできる時間は過ぎてしまったというので、テイクアウトして道端でぱくり。

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ベリーとアイスクリームを載せたワッフル

ワッフルというので、てっきりカステラ風のもっちりした食感を期待していたのですが、意外にサクサクしています。これはブリュッセル・ワッフルというものだそうです。システム手帳ほどの大きさに、甘いものが苦手な私は「うっ……」と思っていたのですが、これならすっと食べられそう。でも、減量中であることをまた思い出し……ああ。

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生クリームを載せたワッフル

ベルギー名物が「フレンチフライ」と呼ばれるわけ

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「AUX ARMES DE BRUXELLES」(左)。食事をした翌朝、明るくなってから撮影

さて、やってきたのはベルギー料理の老舗「AUX ARMES DE BRUXELLES」(オー・ザルム・ド・ブリュッセル)です。国王夫妻も訪れるという格式あるお店はにぎわっていましたが、「日曜日で地元の方は来店されないので比較的静かです」と、営業本部長のティエリー・シェールさん。平日はどれほど混雑しているのでしょう。

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ベルギー名物のフリッツ。二度揚げしてあり、外はかりかり、中はふっくら

キッチンや店内のあちこちを拝見したあと、シェールさんがフリッツ(フライドポテト)の由来を語ります。「ベルギーが発祥の地ですが、フレンチフライとも呼ばれますね。これは、第1次世界大戦の時ベルギーに来たアメリカ兵が、住民がフランス語を話していたのでフランスにいると勘違いしたからだ、と言われています」

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エビのコロッケ

いただいたメニューのうち、エビのコロッケは香ばしい外側と柔らかな内側の絶妙なコンビネーション。
ムール貝の白ワイン蒸しはバケツで供され大迫力です。地元の人は普通に全部食べてしまうそうですが、量が多いので、日本人が完食するのは難しいかもしれません。

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ムール貝の白ワイン蒸し

デザートのクレムブリュレは、カラメルに振りかけた酒に目の前で点火してこんがり仕上げてくれました。

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クレムブリュレ

ブリュッセルの名所といえばやはり……

翌24日、朝食を早めにすませ、市庁舎前の広場グランプラス周辺を歩き回ってみました。お目当ては「小便小僧」。ブリュッセルの名高い名所を見ずには帰れません。17世紀の彫刻ですが、そこに置かれているのはレプリカだそう。ホテルから10分ほど歩いて着いてみれば、この暑いのに「彼」は冬装備でした。季節に応じて着替えるとは聞いていましたが、なぜ今この服?

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小便小僧(右)と小便少女

小便小僧の場所を探すうちに、「小便少女」なる像があることも知りました。こちらは1987年に置かれたそうです。グーグルマップを頼りにたどりついてみると、なんと昨日ディナーをいただいたレストランのすぐそば。知っていれば昨日のうちに見たのに……と思いつつ、真っ暗じゃ写真は撮れなかったはず、と思い直しました。

さらに「小便犬」なる像もあるそうですが、存在を知ったのが帰国してからで、後の祭りでした。

お前、なぜここにいる!?

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グランプラス。ギルドハウスと呼ばれる古い建物に囲まれている

さて、グランプラスや、アーケード街「Gallery St. Hubert」(ギャルリ・サンチュベール)を抜けて、ピーテル・ブリューゲル(父)が眠る「ノートルダム・ド・ラ・シャペル教会」を訪ねました。

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ノートルダム・ド・ラ・シャペル教会(中央)

教会の前には、自然を愛したブリューゲルが鳥と戯れる像が。

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ブリューゲルの像

前日に訪問したゲントの聖バーフ大聖堂を思い起こしながら、ゆったり教会内を歩きました。ふと見上げると、柱のところで、見覚えのあるものと目が合いました。

「フグ!」

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柱のところに、さりげなくフグが

なんと、昨日古典美術館で見たブリューゲルの「反逆天使の墜落」で斬殺寸前だったあのフグが、立体になってこちらを見ているではありませんか。あの虐殺から逃れたとは、たいしたものです。

「そうか、お前、無事だったのか……」

もう、何がなんだかわかりませんが、妙にうるうるしてしまいます。ブリューゲルの描いた魔物に、ここまで心ひかれている自分が不思議です。

キャラがある、ということは、パンフレットがどこかに置いてあるんじゃないか。そう思って教会の中を探し回ると、ありました。入り口近くで、こんなものを手に入れました。

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「ブリューゲルの大脱走」のパンフレット

読んでみると、「ブリューゲルの大脱走」(2019年12月20日まで)という特別企画の最中でした。ブリューゲルの絵から飛び出した10体のキャラクターが、ブリューゲルを慕って彼の眠る教会に集結し、あちこちに隠れている、という設定のようです。ということは、フグ以外にもまだいるのか!

にわか探偵気分でうろうろしてみますが、実にさりげなく置かれているので、目を皿のようにして探し回っても、なかなか見つかりません。4体見つけたところで時間切れ。後ろ髪を引かれる思いで、教会を後にしました。

見た目はシチュー、食べるとあんかけ

魔物どもを必死に探し回ったせいか、かなりおなかがすいているうえ、夏の日差しが容赦なく照りつけてくるので、日陰を歩かないと倒れそうです。でも、そんな時に限って、日陰は見当たらないもの。目指すカジュアルなレストラン「C’est bon, C’est Belge」(セ・ボン・セ・ベルジュ)のテラスに、倒れ込むように腰掛けました。

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「C’est bon, C’est Belge」

お目当ては、フランダース地方発祥とされる「鶏肉のクリーム煮 パイ包み」です。来ました、来ました。見た目は具のゴージャスなクリームシチューですが、塩がしっかり利いていて、食べてみるとあんかけの風味に近い。

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「鶏肉のクリーム煮 パイ包み」。ボリュームたっぷり

のどの渇きを癒やそうと、メニューにある「ベルギー風アイスティー」を頼んでみたら、紅茶というよりはコーラの味でした。

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こんなところにもブリューゲルの絵が

ふと顔を上げると、レストラン向かいのビルにも「反逆天使の墜落」が。ここにもフグが!
「早く逃げろー」

食事を終えると、ベルギーに別れを告げ、オランダへ車で向かいます。
(つづく)

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【取材協力】
オランダ政府観光局/ベルギー・フランダース政府観光局
https://www.hollandflanders.jp/

PROFILE

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国内で、海外で。&編集部員が話題の旅先の新たな魅力を「発見」し最新情報をリポートします。

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