「火のワイン」を求めて

「火のワイン」を求めて イタリア・シチリア島のエトナ山

火山の麓(ふもと)で造られるワインがジワジワとブームの兆し。なぜ今、火山のワインなのか? どんなワインなのか? 味わいの特徴は? シチリア、ナポリ、アソーレス諸島へ、その答えを求めて旅に出た。(文:ワインジャーナリスト・浮田泰幸)

ファッションや音楽のトレンドと同様に、ワインのトレンドも常に動いている。今、ワインジャーナリズムの世界でホットなのは「ミネラル感」と「固有品種」だ。火山の山腹や麓に広がる産地にはこの二つのキーワードをカバーする産地が多い。「ミネラル感」と「固有品種」はエキスパートが用いる専門的な言葉なので、説明を要するが、まずは実際に産地を訪ね、現場のリポートをする中で、二つの言葉についてお話しするようにしよう。最初に向かったのは、イタリア・シチリア島のエトナ山だ。

「火のワイン」を求めて イタリア・シチリア島のエトナ山

タオルミーナのレストラン「ティスキ・トスキ」

「火のワイン」を求めて イタリア・シチリア島のエトナ山

(左)エトナの白ワイン(右)イカスミのパスタ

「火のワイン」を求めて イタリア・シチリア島のエトナ山

シチリア料理の定番、ウイキョウとオレンジのサラダ

地中海のど真ん中に位置する島シチリアは、いにしえの昔からギリシア、ローマ、ビザンチン、ノルマン、スペイン等、様々な文明とライフスタイルが通過し、それらのエッセンスを受け入れて、独自の文化を育んできた。もとよりこの島は混じりっ気なしの陽光に溢(あふ)れ、アフリカ大陸からは熱風シロッコが直撃する自然の濃いところ。加えるに、火山由来の土壌と大気の中に名状しがたいエネルギーがある。そのせいか、小麦も、野菜も、ブドウも味わいに力感があるように感じられるのだ。

「火のワイン」を求めて イタリア・シチリア島のエトナ山

タオルミーナからエトナ山を望む

エトナ山は島の東部に聳(そび)える標高3300メートルあまりの活火山。今も毎日のように噴煙を上げている。均整のとれた山容は富士山と似ているが、富士山よりもやや「なで肩」に見える。エトナ山のエネルギーに惹(ひ)かれるように、ゲーテやD.H.ロレンス、トルーマン・カポーティなど多くの作家・芸術家がシチリアを訪れ、インスピレーションを得て、作品に投影していった。そんな彼らの創作活動を燃料として支えたのが土地のワインだった。

「火のワイン」を求めて イタリア・シチリア島のエトナ山

雪を頂くエトナ山

例えば5月の初旬ごろ、エトナ山の頂に雪が降る同じ日にタオルミーナの海岸ではビーチに寝そべって肌を灼(や)くことができる。シチリアは九州の3分の2ほどの面積だが、多様な気候と地勢・土壌を擁し「小さな大陸」と呼ばれている。またこの島は土地固有のブドウ品種の宝庫としても知られる。「あらゆるブドウ品種がシチリアを通ってヨーロッパに拡散していった」とさえ言われる。赤ワイン用ではネーロ・ダヴォラ、ネレッロ・マスカレーゼ、フラッパート、白ワイン用ではグリッロ、カタラット、カリカンテといった、ほかでは見られないブドウ品種、すなわち固有品種が栽培されている。

シチリアのワインは全般的に、陰影が濃いというよりは、いかにもたっぷりの日を浴びたブドウを搾って造られたような、ポジティブなエネルギーに満ち満ちて、飲み手を快活にしてくれるものが多い。

そんな「小さな大陸」の中でも、異彩を放ち、また世界的に高い評価を受けているのがエトナ山付近で造られるワインだ。赤、白、ロゼのほか、スパークリングワインを造る生産者もある。この土地のポテンシャルに魅了され、島外から投資して、新たにワイナリーを立ち上げる生産者も多い。1970年代にイタリアワインに革新を起こした立役者で「バルバレスコの王」の異名を取るアンジェロ・ガヤ氏もその1人だ。ガヤ氏がエトナを代表するワインメーカーであるアルベルト・グラーチ氏と組んで、エトナ山南麓で手がけたワインはすでに熟成タンクの中にあり、デビューの時を待っている。

グラーチ氏のカンティーナ(ワイナリー)を訪ね、エトナのワインをテースティングさせてもらった。シチリアのブドウ栽培農家出身のグラーチ氏だが、家業は継がず、ミラノに出て投資関係の仕事に就いた。2004年、祖父の死を機にシチリアに戻るが、祖父の土地は売却し、エトナの樹齢100年の貴重な古木も残る土地を購入。飲み手として好きだったバローロやブルゴーニュのようなスタイルのワインを目指して、ワイン造りに参入した。10年も経たぬうちに、彼の造るエレガントなワインは関係者の注目を集めるようになった。

「火のワイン」を求めて イタリア・シチリア島のエトナ山

「グラーチ」のカンティーナ

「グラーチ」のカンティーナがあるのはエトナの北側の斜面、パッソピシャロ地区。この辺りで標高は660メートルある。グラーチ氏はさらに斜面を上った標高1200メートルのところにもブドウ畑を所有している。標高1200メートルはヨーロッパで最も高い場所にある畑の一つと言えるだろう。シチリアはアフリカ大陸に近く、暑い。ブドウは過熟し、焼けて、風味を失いかねない。しかし、エトナ山の山腹では標高のおかげで冷涼な気候が得られ、じっくりと成熟してうまみの乗った、良質な果実が実るのだ。

「火のワイン」を求めて イタリア・シチリア島のエトナ山

「グラーチ」のブドウ畑

畑に立つと、濃い茶色をした土は意外にもフカフカで腐葉土のようだった。しかし、周辺には溶岩が固まってできた穴ぼこだらけの岩が垣根がわりに積まれている。畑でも表土の下には火山岩が層をなしていることが窺(うかが)えた。ワイン造りの歴史は長いエトナだが、生産性重視の時代には多くの畑が放置されたことがある。しかし、それが幸いして、農薬などの散布を免れた土地と古木が多いのだとグラーチ氏は言う。彼はこの恵まれた土地の健全さを守り、ワインに表現することこそが自分の使命だと考え、有機栽培を実践している。

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(左)エトナ山で古木のネレッロ・マスカレーゼから造られる赤ワインはブルゴーニュの銘酒に比肩する高貴な味わい
(右)アルベルト・グラーチ氏と「バルバベッキ2014」

「グラーチ」のトップ銘柄「バルバベッキ」はエトナの赤の最高峰と言える1本だ。ブドウ品種はネレッロ・マスカレーゼ100%。標高1200メートル付近にある畑に植えられた樹齢100年超のブドウに実る果実を野生酵母で自然発酵させて造られる(試飲したのは2014年物)。熟れた赤い果実とハーブの香り、なめらかな舌触り。瑞々(みずみず)しく活力に溢れている一方で、涼しく静かなトーンがある。喉(のど)の渇きを癒やすようにスルスルと体に染み渡っていくが、余韻は長い。

飲むうちに体が異様に火照(ほて)るような感じになる。頭に浮かぶのは火山のマグマだ。味わいの要素にはブルゴーニュの赤と共通するものがある。しかし、この「火照り」は独特である。涼しく静かなトーンがありながら同時に「火」を感じる。これがすなわち、火山性土壌由来のミネラル感ではあるまいか……。
(つづく)

Photographs by Yasuyuki Ukita, Taisuke Yoshida
Special thanks to Assovini Sicilia

PROFILE

浮田泰幸

ライター、ワイン・ジャーナリスト、編集者。青山学院大学文学部卒。月刊誌編集者を経てフリーに。広く海外・国内を旅し、取材・執筆・編集を行う。主な取材テーマは、ワイン、食文化、コーヒー、旅行、歴史、人物ルポ、アウトドアアクティビティ。独自の観点からひとつのディスティネーションを深く掘り下げる。
 ワイン・ジャーナリストとして、これまで取材したワイン産地は12カ国40地域以上、訪問したワイナリーは600軒を超える。産地・生産者紹介と「ワイン・ツーリズム」の紹介に重点を置き、世界各地のワイン産地から取材の招聘を受けている。
 主な寄稿媒体は、「スカイワード」(JAL機内誌)、「日経新聞 日曜版」「ハナコFOR MEN」「ダンチュウ」「マダム・フィガロ」「ワイン王国」など。

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エトナのワイン 芯は強く、バリエーションは無限 イタリア・シチリア島

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