エトナのワイン 芯は強く、バリエーションは無限 イタリア・シチリア島
文: 浮田泰幸

火山の山腹やふもとで造られるワインには、それ以外の環境下で造られるワインとは明らかに異なる風味と個性がある。前回に引き続き、シチリア、エトナ山の造り手とワインを見ていこう。
(文・写真:ワインジャーナリスト・浮田泰幸、トップ画像は細い噴煙を上げるエトナ山)
エトナ山に近づくほど赤みを増すオレンジ果肉
シチリア南東部、ノートにある「ジゾラ」は、トスカーナ州キャンティの名門マッツェイ家がシチリアのポテンシャルにひかれて進出したワイナリーだが、ここの「現地管理人」を任されているガエターノ・デピーノ氏によると、同じブラッドオレンジ(果肉が血のように赤いオレンジ)でもノートで実るものとそこから50キロほど北のエトナ山麓(さんろく)で実るものとでは、果肉の色が異なるのだそうだ。「エトナに近づくほど、赤みが濃くなるのです」とデピーノ氏。この違いを生むのは土壌の違いだと思われる。火山性土壌の何かが、オレンジの果肉を深紅に染めるのだ。

港町ポルトパーロの食堂の壁には、エトナ山が描かれていた
「エトナ」と「シチリア」は別物
エトナ山南東部のトレカスターニで19世紀からワイン造りを続ける「ニコシア」を訪ねた。カンティーナ(ワイナリー)のあるところで標高約700メートル。農学者でもあるアレッサンドロ・ロジェンコ氏がブドウ畑を案内してくれた。
畑は緩傾斜を持つ見晴らしの良い山肌に広がっていた。北に向かって海岸線が伸び、その先にタオルミーナの町が蜃気楼(しんきろう)のように見える。東にはアチレアーレ、南にはカターニャの町が。なんとも壮観である。

「ニコシア」の畑からアチレアーレの町並みを望む
畑の上部と下部には円墳のような丘がある。「火山の中の小火山です」とロジェンコ氏。「“エトナ”は“シチリア”と分けて理解するべきだと考えています。それほどにエトナはシチリアの他の部分とは異なるのです。地勢も、気候も、土壌も、文化までも。当然、そこから生まれるワインも独自のものになります」

エトナの独自性を熱弁するアレッサンドロ・ロジェンコ氏
ブドウの一部はポピュラーな垣根仕立てではなく、栗の木の支柱を添えた株仕立て「アルベレッロ」で植えられている。これもエトナ独自の文化の一つだ。
「エトナ地区全体で1200ヘクタールのブドウ畑があります。それが個別の特徴を持つ133の区画に分かれると言われています」

20世紀初頭のブドウ収穫風景
例えば一口に「火山性土壌」と言っても火山灰が優勢なのか、溶岩や火山礫(かざんれき)が優勢なのかによって、またどのくらい前の噴火によって堆積(たいせき)したものなのかによって、そこで育つブドウの風味も違ってくる。これに畑の向きや傾斜による日照時間や水はけの違い、標高差による昼夜の温度差の違いなどが加わる。

異なる土壌の分布を示したエトナ山の立体模型
畑の向きで言うなら、例えばブルゴーニュはほぼ南北に細長く伸びる丘の南東斜面がブドウ畑になっているのに対し、エトナは円形に近い火山であるため、周囲の四方八方に傾斜を持ち、ブドウの生育に適さぬ北西側を除き、全ての方向にブドウ畑が開かれている(ちなみにエトナ北西側は高品質のピスタチオの生産地として知られている)。
赤も白も香りにミネラル感 「ニコシア」

カンティーナの案内はワインメーカーのマリア・カレッラ氏が
カンティーナに場所を移し、ワインの試飲をさせてもらった。「エトナ・ビアンコ(白)2018」はカリカンテ80%、カタラット20%のブレンド。香りには張りのある金属的なミネラル感がある。白い花、レモンの皮の香りに磯の匂いを思わせるヨードのトーンが交じる。口に含むと、うまみがたっぷりと感じられ、熟したリンゴやライチのような甘みがある。後口を塩味が引き締める。

「ニコシア」の「エトナ・ビアンコ」(右)と「エトナ・ロッソ」(左)
「エトナ・ロッソ(赤)リゼルヴァ2012」は、ネレッロ・マスカレーゼ90%、ネレッロ・カプッチョ10%。いずれも樹齢60年以上の古木の果実を使用。先ほどの白と同じく、最初に鼻に感じるのはミネラル感。鉄を思わせる。カシスやプラムの果実味は控えめに静かに立ち上がる。口の中では滑らかでジューシー。全体に味わいからいかめしい印象を受けるのは、このヴィンテージが乾燥した年だったからとのこと。本来、この地域のワインは前回紹介した「グラーチ」のあるエトナ北側のワインと比べると、ブドウがよく熟して穏やかな味わいになる。このワインは醸造後7年を経て、なお若く、エトナ・ロッソの熟成のポテンシャルの高さを感じさせた。

シチリア中部エンナのチーズ、ピアチェンティーヌ・エンネーゼ。色はサフランで付けられている

ピスタチオの入ったサルシッチャ
エトナのワインの評価に貢献 「ベナンティ」
次に訪ねたのは「ベナンティ」。エトナのワインが国際的に評価される新たな価値を得たきっかけは、この造り手が作ったとされる。19世紀末からシチリア東部でワイン造りを行っていたベナンティ家だが、財産分与等で畑が細分化、ワイン造りも先細りの状態だった。それを当主の父で3代目にあたるジュゼッペ・ベナンティ氏が1988年、エトナの土地を、そこに植えられていた高樹齢のブドウ樹ごと買い戻すことで復興させた。醸造コンサルタントに「求道者」的な存在として知られるサルヴォ・フォーティ氏を起用し、自然な造りにこだわって、エトナの神髄を表すワインを造った。

「ベナンティ」の畑の上方からカンティーナを見下ろす
ここもカンティーナは南エトナにあるが、畑はエトナの東西南北に計5カ所所有している。その中で最も古い畑を当主アントニオ・ベナンティ氏に案内してもらった。山腹の比較的急な斜面がテラスに整地されている。「ここは陽光にあふれ、風が強く、水はけも良く、極めてヘルシーな土地です」とベナンティ氏は誇らしげに言う。

アントニオ・ベナンティ氏

ワイナリードッグ
「エトナのワインの名声獲得に寄与してきたのは間違いなく赤ワインで、生産量的には全体の7割以上を占めています。しかし、近年白ワインの生産量が伸びてきています。火山性土壌由来のミネラル感がより顕著に感じられるのは白ワインであるということもその理由の一つと言えるでしょう。我々が今立っているエトナの南斜面はカリカンテに向いています。もう一つの白の主要品種、カタラットは西側の斜面で良い成果が得られるようです」

山腹の斜面にテラス状の畑を開くのもエトナでよく見られる方法
試飲はエトナ南西部の畑で収穫したカリカンテで造る「エトナ・ビアンコ2017」から。たっぷりとしたミネラル感の奥からレモングラスやオレンジオイルの香りが立ち上がる。口に含むと、上顎(うわあご)の裏側を押すような勢いが感じられる。17年は酷暑の年で、ブドウの凝縮した感じがワインによく出ているという。対して、東側斜面のブドウで造られた「ピエトラ・マリーナ2015」(品種はカリカンテ)は、青りんごと白い花の香りに微かにペトロール香が交じる。口の中ではまとまりが感じられ、後口を塩味が締めて食欲をそそる。

「セッラ・デッラ・コンテッサ」(右)と「ロヴィッテッロ」(左)
赤ワインはネレッロ・マスカレーゼ種の5銘柄を比較。「エトナ・ロッソ コントラーダ・カヴァリエーレ2017」はフランボワーズ、バニラ、ハーブの香りがあり、口に含むと甘みが舌先を占め、タンニンもまろやかで親しみやすい。「エトナ・ロッソ コントラーダ・モンテセッラ2017」は、すみれの花の優しいトーンが優勢でボジョレーを思わせるが、口に含むと意外にもいかめしいタンニンが感じられて、そのギャップに驚く。「セッラ・デッラ・コンテッサ2014」は、ドライフラワーやドライトマトのトーンがあり、口の中ではプラムジャムを思わせる人懐っこい甘酸っぱさがある。「ロヴィッテッロ2014」は、北向き斜面の樹齢80年の古木に実るブドウで造られる。甘草、ハーブリキュールの香り。緻密(ちみつ)で、陰影があり、妖艶(ようえん)さが漂う。

試飲グラスに残ったワインの水色も、畑によって微妙に異なる
総じて、エトナのワインはミネラル由来とおぼしき芯の強さがあるが、その「芯」は限りなく細く、しなやかで、まるで曲芸に使うタイトロープのようだ。パワフルというよりはエレガント。そこを基盤にもろもろの条件により、果実味が勝ったり、陰影を帯びたりというバリエーションがほとんど無限にあることが魅力であるように思われた。
次回は、舞台をイタリア半島ナポリに移し、ヴェスヴィオ火山のワインを見ていこう。
(つづく)
Photographs by Yasuyuki Ukita
Special thanks to Assovini Sicilia