「火のワイン」を求めて

ヴェスヴィオ山の麓 震災が残してくれた古木のブドウ (3)南イタリア・イルピーニア地方

火山の山腹や麓(ふもと)で造られるワインの魅力を探る旅の3回目は、イタリア・カンパーニャ州のヴェスヴィオ山へ。常に災害のリスクと共にある火山地帯だからこそ、生き残ることができたブドウで造るワインとは?
(文・写真:ワインジャーナリスト・浮田泰幸、トップ画像:ポジッリポの丘から望むヴェスヴィオ山)

恐れられ親しまれるヴェスヴィオ山

ポジッリポの丘の展望台からナポリの街を見下ろすと、まるでヴェスヴィオ山を拝むための神殿か劇場にいるかのようだ。太古の昔からヴェスヴィオ山は容赦の無い猛烈な噴火を繰り返してきた。西暦79年の噴火では火砕流で古代都市ポンペイを覆い滅ぼした。最近の1944年の噴火ではサン・セバスティアーノ村を呑(の)み込んだ。膨大な量の噴石や火山灰を高々と噴き上げ、その噴煙によって時には数カ月もの間、周囲を闇に閉じ込めてしまうこの山の特徴的な噴火を「プリニー式噴火」と呼ぶが、この名は、ほかでもない79年の噴火を目の当たりにした古代ローマの博物学者、大プリニウスに由来する。

ヴェスヴィオ山の麓 震災が残してくれた古木のブドウ (3)南イタリア・イルピーニア地方

スペイン地区の路地からもヴェスヴィオ山の姿が

ヴェスヴィオ山の麓 震災が残してくれた古木のブドウ (3)南イタリア・イルピーニア地方

ナポリ名物のピッツァ

ナポリっ子はヴェスヴィオ山を恐れ、崇敬しつつもまるで親戚と付き合うように親しんできた。下町のスペイン地区で屋台のコーヒー屋を営む若者はナポリ式コーヒーメーカーにコーヒー豆を詰める際、「豆はケチらず、ヴェスヴィオ山のようにたっぷりと詰めなくちゃならないよ」と歌うように口上を述べる。

ヴェスヴィオ山の麓 震災が残してくれた古木のブドウ (3)南イタリア・イルピーニア地方

「ヴェスヴィオ山のようにたっぷりと詰めなくちゃ」と話すコーヒー屋台の若者

街一番の老舗カフェ「グラン・カッフェ・ガンブリヌス」には薄いパイ生地を円錐(えんすい)状に重ねて山に見立て、上にクリームと食紅でこしらえた「噴煙」を載せた「ヴェスヴィオ」という人気スイーツがある。

ヴェスヴィオ山の麓 震災が残してくれた古木のブドウ (3)南イタリア・イルピーニア地方

「グラン・カッフェ・ガンブリヌス」の名物スイーツ「ヴェスヴィオ」

複雑な地形の中、ブドウ畑が点在

カンティーナ(ワイナリー)を訪ねよう。「フェウディ・ディ・サン・グレゴリオ」は南イタリアを代表する有力生産者だ。ナポリからヴェスヴィオ山の北麓(ほくろく)をかすめて東に向かい、60キロほど行ったアヴェッリーノ市の郊外にある。より広いエリアを指す地名はイルピーニア。標高350~700メートルの高地に山と谷が織りなす極めて変化に富んだ地形が展開していた。

ヴェスヴィオ山の麓 震災が残してくれた古木のブドウ (3)南イタリア・イルピーニア地方

火山灰が混じった石灰質土壌

我々を迎えてくれたのは身の丈2メートルの大男だった。男の名はピエルパオロ・シルク、このカンティーナの栽培責任者だ。ブドウ木剪定(せんてい)のエキスパートとして知られ、内外の一流ワイナリーでコンサルタントを務める。

「車で畑を見に行きましょう」。シルク氏の四輪駆動車でカーブの連なる急な坂道を上り下りしながら小一時間ほど畑を巡った。「火山活動によって隆起と沈降が繰り返された結果、こういう複雑な地形になりました。クレーターやカルデラ湖もあるんですよ。ブドウは半分が自社畑で栽培したもの、残りの半分は契約農家から納めてもらっています。自社畑の総面積は300ヘクタールほどありますが、これは890もの小さな畑を集めた数字になります」

複合農業の中のブドウ栽培

ヴェスヴィオ山の麓 震災が残してくれた古木のブドウ (3)南イタリア・イルピーニア地方

ブドウの樹間を歩くキジ

この土地では、例えばトスカーナの銘醸地のように見渡す限り一面がブドウ畑ということはない。ブドウの木はほかの果樹やオリーブ、ハーブと交じり合うようにして、雑木林の合間に点々と植えられている。起伏が多く、広い畑を開くのが不可能だということもあるだろうが、昔から土地の人々は水はけの良い火山性土壌に合う作物(例えばブドウ)を種々選び、複合的に農業を行うことで、暮らしを立てていたのだ。「伝統的にこの辺りではワインは食物の一つだと考えられてきました。私が15年前にフェウディに来て変えたことは、嗜好(しこう)品になっていたワインを元の食物に戻したことと言ってもいいかもしれません」とシルク氏は言う。

ヴェスヴィオ山の麓 震災が残してくれた古木のブドウ (3)南イタリア・イルピーニア地方

栽培家の1人が声を掛けてきた

日本の食用ブドウの栽培に見られる棚作りのような仕立てはラッジョーラと呼ばれている。棚状に茂らせることでブドウを夏場の炎暑から守れるし、地面から離れたところで果実をならせることによって、湿気を遠ざけカビ系の病気からブドウを守ることができる。この辺りの降水量は年間約1200ミリ。この数字は日本の甲府市のそれと近い。世界の銘醸地の中ではかなり多い方だ。

車の窓を開けてラッジョーラの写真を撮っていると、「この先にもっとフォトジェニックな畑がありますよ」とシルク氏。車はさらにクネクネした道を数キロ進み、タウラージ村に入った。「タウラージ」はアリアニコという地ブドウを使って造られる赤ワインの呼称でもある。タウラージはイタリアのワイン法上最高ランクとなるDOCG(統制保証付原産地呼称ワイン)に南イタリアで初めて認定されたワインだ。

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タウラージ村付近

現れた「怪物」のようなブドウ

農家の点在する街道の傍らにシルク氏が車を止めた。シロツメグサの花が咲く野原に導かれ、その先に広がるブドウ畑を目にした時、思わず驚きの声が出た。そこに立ち並んでいたのは「怪物」にほかならなかった──。

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「怪物」の下に立つシルク氏

われわれの反応を見て、シルク氏はしたり顔で言った。「スタルシータという仕立てです」。彼の頭上にはブドウの太い枝がのたうちまわるように展開していた。枝先に付いた葉はバリ島の伝統舞踊を踊る女性ダンサーの手を思わせた。樹齢は一体何年くらいなのだろう?

大地震後に創業、イルピーニア近代化の象徴

1980年11月、イルピーニア一帯をマグニチュード6.9の地震が襲った。家々は倒壊し、3000人近い死者が出た。しかし、この大惨事がワイン産業にとっては幸いした部分があったとシルク氏は言う。「地震で多くの被災者が出たことで、たくさんのブドウ畑が放置されてしまいましたが、そのおかげで、貴重な在来品種の古木が残りました。この災害はイルピーニアのワイン造りにとって、近代化の契機になったのです」

1986年に地元の2家族によって設立された「フェウディ・ディ・サン・グレゴリオ」はイルピーニア近代化の象徴的な存在なのだ。この時代、ヨーロッパ各地のワイン産地では、在来品種から国際品種──カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、シャルドネなど──への改植が流行した。消費者が産地名よりも品種名でワインを選ぶ傾向があり、産地がその動きに反応したのだ。しかし、「フェウディ・ディ・サン・グレゴリオ」はその流れに逆らい、在来品種で勝負していった。品種名を挙げると、赤ではアリアニコ、白ではグレコ、ファランギーナ、フィアーノ。多くはギリシャからもたらされたことがわかっている。

ヴェスヴィオ山の麓 震災が残してくれた古木のブドウ (3)南イタリア・イルピーニア地方

「フェウディ・ディ・サン・グレゴリオ」のカンティーナの設計は日本人建築家の森ひかる氏

アヴェッリーノの町に戻り、トラットリアで昼食を取りながらテイスティングをした。プロシュート、モッツァレラの前菜、パスタはトマトソースのフジッリ、メインはポルペッティ(肉団子)と干しタラのオイル煮だった。いずれも南イタリアらしい、素にして美味な料理だ。

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プロシュート

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モッツァレラとルッコラ

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トマトソースのフジッリ

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ポルペッティとサルシッチャ

ヴェスヴィオ山の麓 震災が残してくれた古木のブドウ (3)南イタリア・イルピーニア地方

干しタラのオイル煮

「ワインは食物」を実感させる白

まずは白ワインから。「ファランギーナ2018」は、トロピカルフルーツと白い花の豊かな香りにミネラル感が交じる。「フィアーノ・ディ・アヴェッリーノ2018」は、果実よりもハーブのトーンが前面に出る。淡いペトロール香が印象的。

「グレコ・ディ・トゥーホ2018」はティンパニの音を思わせるような張りのあるミネラル感があり、オレンジピールや塩のトーンが口の中に広がる。同銘柄で熟成を経た「グレコ・ディ・トゥーホ2011」は、2018と共通する金属的なミネラル感が支配的で、口の中では石灰質土壌の特徴であるヨード感(海の磯を思わせるトーン)が際立っている。たっぷりとした酸があり、食事が進む。「ワインが食物だった時代がある」というシルク氏の言葉が思い出された。

ヴェスヴィオ山の麓 震災が残してくれた古木のブドウ (3)南イタリア・イルピーニア地方

白ワイン3アイテム。左から、「ファランギーナ2018」「フィアーノ・ディ・アヴェッリーノ2018」「グレコ・ディ・トゥーホ2018」

スミレの花咲く畑からスミレの香りの赤

そして赤ワイン。「タウラージ2014」は、黒系果実とスパイス、なめし革にドライフラワーの香りが交じる。口の中では粘性が感じられ、タンニンにもボリュームを感じる。余韻は極めて複雑。

単一畑のブドウで造られる「ピアノ・ディ・モンテ・ヴェルジネ タウラージ2012」は、スミレの花、シダーウッドの香りにアーシーなトーンが交じる。聞けば実際に畑の周辺にスミレの花がたくさん咲くのだそうだ。

「セルピコ2012」は、樹齢100年超の自根(*1)のアリアニコから造られる、蔵を代表するアイテム。森の下生え、キノコ、スパイスなどの香り。まだ若く硬い印象があるが、クラスターが小さく、舌触りもなめらか。古木のワインらしい複雑味と奥深さがある。

ヴェスヴィオ山の麓 震災が残してくれた古木のブドウ (3)南イタリア・イルピーニア地方

「セルピコ2012」

(つづく)

*1 注釈 19世紀末にヨーロッパ全土をフィロキセラという害虫が襲い、多くのブドウ畑を壊滅させた。その対策として、フィロキセラに耐性のあるアメリカ系品種のブドウを台木として植え、そこにヨーロッパ系品種を接ぎ木する方法が取られるようになった。ここでの「自根」は、その前の時代から虫害を免れて生き続けている木のことで、その果実から造られたワインは付加価値があるとして珍重されている。

Photographs by Yasuyuki Ukita
Special thanks to Kazunori Iwakura, Japan Europe Trading Co., Ltd.

PROFILE

浮田泰幸

ライター、ワイン・ジャーナリスト、編集者。青山学院大学文学部卒。月刊誌編集者を経てフリーに。広く海外・国内を旅し、取材・執筆・編集を行う。主な取材テーマは、ワイン、食文化、コーヒー、旅行、歴史、人物ルポ、アウトドアアクティビティ。独自の観点からひとつのディスティネーションを深く掘り下げる。
 ワイン・ジャーナリストとして、これまで取材したワイン産地は12カ国40地域以上、訪問したワイナリーは600軒を超える。産地・生産者紹介と「ワイン・ツーリズム」の紹介に重点を置き、世界各地のワイン産地から取材の招聘を受けている。
 主な寄稿媒体は、「スカイワード」(JAL機内誌)、「日経新聞 日曜版」「ハナコFOR MEN」「ダンチュウ」「マダム・フィガロ」「ワイン王国」など。

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写真家、エレガントなワインの造り手に イタリア・カンパーニャ州

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