(35)強さを凌駕する優しい表情 永瀬正敏が撮ったニューヨークの前衛芸術家
文: 永瀬正敏
国際的俳優で、写真家としても活躍する永瀬正敏さんが、世界各地でカメラに収めた写真の数々を、エピソードとともに紹介する連載です。つづる思いに光る感性は、二つの顔を持ったアーティストならでは。今回の舞台はニューヨーク・マンハッタン。この柔和な表情の男性と永瀬さんの出会いとは?

©Masatoshi Nagase
何とも言えない優しいお顔をなさっている。この方は、ジェフリー・ヘンドリクスさん。1960年代の前衛芸術運動「フルクサス」に参加していたアメリカのアーティストだ。知人に紹介してもらい、ニューヨークのマンハッタンにある彼の自宅を訪ねていった。
階段をのぼり、「よく来たねえ」という感じで、僕を迎えに来てくださった。お目にかかった瞬間、この方自身が作品のような感じがした。本当にいいお顔だ。何十年も芸術活動を続けてこられて、信念で自分のやりたい道を突き進んでこられたその歴史が背景にある、強さを凌駕(りょうが)する優しさがある。
そばにあるものは彼の作品だ。黒い穴は散弾銃で撃った痕で、メッセージを込めたとおっしゃっていた。実はこの日、彼の浴室も撮影させていただいた。作品が展示してあるというか、浴室空間自体がアートスペースになっていて、これでどうやってお風呂に入るのだろうと思ったけれど(笑)。
この時、<立っているだけで絵になる男 永瀬正敏が切り取ったニューヨーク>で撮影させていただいたキュレーターが、少し遅れておいでになった。その彼から、ヘンドリクスさんに対する敬意と愛情がすごく感じられたことを思い出す。
昨年お亡くなりになったと、つい先日知りました……。ヘンドリクスさんのご冥福を心からお祈りいたします。お会いできて光栄でした、ありがとうございました。