クリックディープ旅

再び「12万円で世界を歩く」カナダ北極圏編2

本連載「クリックディープ旅」(ほぼ毎週水曜更新)は、30年以上バックパッカースタイルで旅をする旅行作家の下川裕治さんと相棒の写真家・阿部稔哉さんと中田浩資さん(交代制)による15枚の写真「旅のフォト物語」と動画でつづる旅エッセーです。

カナダの北極海を目指す、再び「12万円で世界を歩く」カナダ北極圏編の2回目。前回は日本から飛行機でカナダのバンクーバーを経由し、ホワイトホースへ。1泊してレンタカーでフォックスレイクまで来ました。今回は、クロンダイク地方のゴールドラッシュの中心地だったドーソン・シティーを目指します。

前回、再び「12万円で世界を歩く」カナダ北極圏編1はこちら

(文:下川裕治、写真:阿部稔哉)

フォックスレイクからドーソン・シティーへ

再び「12万円で世界を歩く」カナダ北極圏編2

カナダの北極海をめざす旅。陸路での1日目は、ホワイトホースからドーソン・シティーをめざすことになる。その距離は約532キロ。レンタカーでクロンダイク・ハイウェーと名づけられた道を進む。1990年に発刊された『12万円で世界を歩く』。そのコースを約30年後に辿(たど)ってみる旅である。

秋を迎えた9月。道はユーコン川にからむようにのびていた。このルートは、ゴールドラッシュの道でもある。金採掘の一大中心地だったドーソン・シティー。かつてはユーコン川を船でさかのぼっていった。

今回の旅のデータ

ホワイトホース以北は、定期的なバス便はない。外国人はレンタカーに頼ることになる。ドーソン・シティーから先は未舗装になるため、車高の高い四輪駆動車を選びたいところだが、いちばん重要なことは燃費。1000キロを超える長い道のりだが、ガソリンスタンドが極端に少ないためだ。

そこでフォードのエコスポーツという車を借りた。燃費の問題はなかったのだが、難点はガソリンタンクが小さいことだった。燃費がよく、ガソリンタンクの大きい車をすすめる。走行距離を含めたレンタカー代は、5日間借りて7万782円だった。

長編動画

北極海への旅の2回目はホワイトホースから車で1時間ほどのフォックスレイクから。湖の脇にはキャンプサイトがある。そこからの眺めを1時間。ユーコン川流域にキャンプに行った気分に浸ってください。

短編動画

ドーソン・シティーまでの道。色づいた葉は風に揺れてかさかさと鳴る。道はところどころで修復中。そこをパイロットカーと呼ばれる先導車について進む。

フォックスレイクからドーソン・シティーへ「旅のフォト物語」

Scene01

再び「12万円で世界を歩く」カナダ北極圏編2

長編動画でも紹介しているフォックスレイク。約30年前もこのキャンプサイトで休憩をとった。当時と湖の透明度はまったく変わっていない。老夫婦がキャンプにきていた。5日後、ホワイトホースに戻る途中にも寄ったが、老夫婦のキャンピングカーは同じ場所に止まっていた。彼らの時間感覚がちょっとうらやましい。

Scene02

再び「12万円で世界を歩く」カナダ北極圏編2

フォックスレイクから1時間ほど走ると、ファイブ・フィンガー・ラピッドの近くに。そこはユーコン川をさかのぼる船の難所だった場所。それを眺めるために針葉樹の森を歩く。足どりが軽くなるような道が続いていた。整備された木の階段をいくつか下り、ユーコン川の岸に近づいていく。

Scene03

再び「12万円で世界を歩く」カナダ北極圏編2

ファイブ・フィンガー・ラピッドを見おろすポイントに出た。巨大な岩の間をユーコン川が流れている。急流だ。かつてはタグボートのような船に牽引(けんいん)され、乗り越えたという。金の採掘現場で働く男たちは、この船に乗って上流をめざした。多くがアメリカ西海岸からやってきた男たちだったとか。

Scene04

再び「12万円で世界を歩く」カナダ北極圏編2

道路の修復区間は一方通行。その手前には、必ず車が止まっている。運転手がのんびりとトランシーバーで連絡をとり、誘導してくれる。日本だったら信号をつけて相互通行にするところだが、カナダは人がやる。仕事があまりない一帯……、ワークシェアの発想だろうか。気のいい白人の若者が多かった。その様子は短編動画でも。

Scene05

再び「12万円で世界を歩く」カナダ北極圏編2

道はユーコン川とその支流を縫うようにつくられている。ここは支流のスチュワート川。かつて、この一帯に100人を超える人が住み、金を採掘していたという。このときはやたらと広い河原をぼんやり眺めていたが、その広さの意味をドーソン・シティー手前で教えられる。シーン7で。

Scene06

再び「12万円で世界を歩く」カナダ北極圏編2

紅葉の森のところどころから煙があがっていた。川沿いに小さな村があるだけの一帯。先住民ののろし? まさかいまの時代に。道が煙に近づき、原因がわかった。山火事だった。この時期、北緯60度を超えた一帯はかなり乾燥するらしい。しかし火事は広まっていかない。木々の密度が低いのだろう。

Scene07

再び「12万円で世界を歩く」カナダ北極圏編2

ドーソン・シティーの手前で、ユーコン川の支流クロンダイク川に出た。河原が広い。いや広すぎる。道のまわり全体に石が転がっている。案内板があった。金の採掘跡だった。往時はトロッコが走る線路まであったという。ここまで採掘をやったのか……と、しばし、人の欲の深さにぼうぜんとしてしまう。

Scene08

再び「12万円で世界を歩く」カナダ北極圏編2

ユーコン準州の車のナンバープレートには、金を採掘する男のイラストが。金採掘の中心地がドーソン・シティーだった。街のインフォメーションセンターでもらった資料によると、ドーソン・シティーの人口が最も多かったのは1898年で3万人。人口が少ないこの一帯ではかなりの存在感。ナンバープレートに採用された理由、わかります。

Scene09

再び「12万円で世界を歩く」カナダ北極圏編2

ドーソン・シティーの入り口にさしかった。わかりやすい標識だが、ただの1枚看板。裏側はむき出しの板になっていました。手を振る人形も、1枚看板だが、一見、2人にも見える……。右手に小屋までつくるのなら、裏側や人形にも気を使ってほしかった。店をつくれとはいいませんが。

Scene10

再び「12万円で世界を歩く」カナダ北極圏編2

約30年前にもドーソン・シティーを訪ねていた。ゴールドラッシュがアラスカに移り、街は廃虚のようになっていた。崩壊寸前の建物も多かった。先述の資料によると、1991年の人口は1000人を割り込んでいる。ところがいまはこの風景。リノベーションされた街は西部劇のセットのよう。観光客はこれで集まる?

Scene11

再び「12万円で世界を歩く」カナダ北極圏編2

ドーソン・シティーはユーコン川にクロンダイク川が合流する地点に広がっている。街ができる前は先住民が猟に使う小屋があった程度だったというが。ゴールドラッシュのころはユーコン川をさかのぼってくる船がここに着いた。金の採掘はいまも小規模ながら続けられている。先述の資料によると、この一帯から今まで掘り出された金(1885年~2018年)の累計金額は、現在のレートで200兆円近くにもなる。

Scene12

再び「12万円で世界を歩く」カナダ北極圏編2

夕方になり、急にコバエが増えてきた。それを振り払うようにインフォメーションセンターへ。ここで明日から走るデンプスター・ハイウェーの情報が手に入る。通行止めはないという。タイヤの大きい車の方が安全といわれた。僕らが借りている車は大丈夫なのだろうか。とにかく行ってみるしかない。

Scene13

再び「12万円で世界を歩く」カナダ北極圏編2

「12万円で世界を歩く」旅の財布は薄い。物価の高いカナダ。レストランに入るのは難しい。でも、1回ぐらいは……とドーソン・シティーの中華レストランへ。その名も「金村」。ゴールドラッシュの街を漢字で表すとこうなるか。あまりにダイレクトな名前につい入ってしまった。焼きそばなどを食べて2人で約6370円。やはり高い。

Scene14

再び「12万円で世界を歩く」カナダ北極圏編2

ドーソン・シティーの緯度は、北緯64度を超えている。白夜にはならないが、日が暮れるのはやはり遅い。夜の9時でもこれだけ光が残っている。そのなかをスーパーへと歩く。明日の食料を買うためだ。といっても、パンとチーズぐらい。貧しい食生活の日々が明日からはじまる。薄明かりの空を見上げてつぶやく。

Scene15

再び「12万円で世界を歩く」カナダ北極圏編2

泊まったホテルは「THE BUNKHOUSE」。写真を見ると、一瞬、立派そうなホテルに見えるが、ドーソン・シティーでは、その日の最安値宿。トイレとシャワーが共同で、ツイン89.78カナダドル、約8709円。1泊100カナダドルを切るホテルはこれが最後だった。緯度が高くなるほど、ホテル代が高くなる。そのあたりは追ってお話しする。

【次号予告】次回はドーソン・シティーからイーグル・プレインズへ。

※取材期間:2019年9月12日
※価格等はすべて取材時のものです。

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BOOK

再び「12万円で世界を歩く」カナダ北極圏編2
12万円で世界を歩くリターンズ
[赤道・ヒマラヤ・アメリカ・バングラデシュ編] (朝日文庫)

実質デビュー作の『12万円で世界を歩く』から30年。あの過酷な旅、再び!!
インドネシアで赤道越え、ヒマラヤのトレッキング、バスでアメリカ一周……80年代に1回12万円の予算でビンボー旅行に出かけ、『12万円で世界を歩く』で鮮烈デビューした著者が、同じルートに再び挑戦する。

PROFILE

  • 下川裕治

    1954年生まれ。「12万円で世界を歩く」(朝日新聞社)でデビュー。おもにアジア、沖縄をフィールドに著書多数。近著に「一両列車のゆるり旅」(双葉社)、「週末ちょっとディープなベトナム旅」(朝日新聞出版)、「ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅」(中経の文庫)など。最新刊は、「12万円で世界を歩くリターンズ 【赤道・ヒマラヤ・アメリカ・バングラデシュ編】」 (朝日文庫)。

  • 阿部稔哉

    1965年岩手県生まれ。「週刊朝日」嘱託カメラマンを経てフリーランス。旅、人物、料理、など雑誌、新聞、広告等で幅広く活動中。最近は自らの頭皮で育毛剤を臨床試験中。

再び「12万円で世界を歩く」カナダ北極圏編1

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