「火のワイン」を求めて

写真家、エレガントなワインの造り手に イタリア・カンパーニャ州

火山の山腹や麓(ふもと)で造られるワインの魅力を探る旅。4回目は、前回に引き続き、ヴェスビオ山に近いイタリア・カンパーニャ州を訪ねる。写真家はいかにして南イタリアを代表するエレガントなワインの造り手になったか?
(文・写真:ワインジャーナリスト・浮田泰幸、トップ画像:シルヴィア・インパラートさん)

酔った勢いでワイン造りを宣言

「フェウディ・ディ・サン・グレゴリオ」から南へ20キロほど下ったティレニア海に近い高台に「アツィエンダ・アグリコーラ・モンテヴェトラーノ」がある。これら二つのカンティーナ(ワイナリー)は、成り立ちから使用品種、ワインのスタイルまですべてが対照的であるが、いずれも「火のワイン」であることに違いはない。

「私が知る限り、日本人は時間を守る民族のはず」。いきなり痛烈な嫌みをくらってしまった。約束の時間に到着できなかったこちらが悪いのだ。それでもシルヴィア・インパラートさんの目には温かい歓迎の色が浮かんでいるように見えた。実際、彼女は「目が物を言う」感じの人だ。それもそのはず、ワイン造りに転じるまでは名うての肖像写真家として活躍していたのだ。

写真家、エレガントなワインの造り手に イタリア・カンパーニャ州

カンティーナの前で

物語の発端は1980年代の半ば。当時ローマで暮らしていたシルヴィアさんはワイン好きの仲間たちと毎週のようにスペイン広場近くの店でワイン会をしていた。「ある夜のこと、酔っ払った勢いで私はみんなに向かって、アリアニコで『シャトー・ラフィット・ロートシルト』のようなワインを造ってみせる、と宣言してしまったのです」。宣言はやがて実行に移される。

サレルノ近郊にある中世の城址(じょうし)モンテヴェトラーノ城の近くにシルヴィアさんのファミリーが祖父母の代から所有する別荘があった。祖父母はここで野菜やブドウを育て、自家消費用のワインも造っていた。一帯はフランス・ブルボン家の所領だったこともある由緒ある土地。シルヴィアさんは子供の頃、ここで遊ぶのが大好きだったと言う。

醸造家コタレッラ氏が協力

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この辺りも地形は複雑

ローマのワイン会のメンバーの中に、トスカーナの名門アンティノリ家のワイン造りに従事するレンツォ・コタレッラ氏がいた。彼の兄でウンブリアの協同組合の醸造コンサルタントをしていたリッカルド・コタレッラ氏に声を掛け、手伝ってもらうことにした。コタレッラ兄弟、とりわけ兄リッカルドは、後に敏腕醸造家として、イタリアのみならず世界にその名を知られるようになる人物だ。

話の続きはブドウ畑で聞くことにした。緩やかな傾斜を持った扇状の広がり。おおむね南西を向いているが、「扇」のどこにブドウ木が位置するかで微妙に日当たり等の条件が異なり、実るブドウの個性も異なるという。この微差がブレンドされることでワインは風味のレイヤーを重ねることになる。土壌は石灰分を含むシルティ・ロームとのこと。ロームは元々シルト(沈泥)を含むがその割合が高い土壌ということか。日本の関東ローム層が火山由来であるように、ここのロームも火山由来である。雨上がりだったが、足もとがぬかるんで靴裏に泥がびっしりという感じにはならなかった。水はけが良いに違いない。

在来品種にボルドー品種を接ぎ木

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ブドウ畑を見守る馬の頭のオブジェ

1987年、シルヴィアさんは祖父母のブドウ畑の改植から着手した。アリアニコ始め、在来品種数種が一緒に植えられていたところに、まずカベルネ・ソーヴィニヨンを接ぎ木、翌年にはメルローを接ぎ木していった。二つはいわゆるボルドー品種と呼ばれるブドウだ。ボルドーの銘酒「シャトー・ラフィット・ロートシルト」のようなワインを造るという、くだんの「宣言」からすれば当然の選択だった。

最初のワインを瓶詰めすることができたのは91年ヴィンテージだった。品種構成はカベルネ・ソーヴィニヨン90%、アリアニコ10%。半分をフレンチオークの新樽(たる)で、残りの半分を中古樽で寝かせた。わずか2樽分、ボトル数にして700本ほどだったので、友だちに配るうちにあらかたなくなってしまった。評判は上々。2年目も同様だった。3回目のヴィンテージが完成した時、3年分をセットにして、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったアメリカ人ワイン評論家のロバート・パーカー氏に送ってみた。

評論家パーカー氏が激賞

「それがいきなり、“南イタリアのサッシカイヤだ”と高評されたのです」とシルヴィアさん。トスカーナ西部ボルゲリで造られるサッシカイヤは「元祖スーパータスカン」と呼ばれ、70年代に起こったイタリアワインの革新を象徴するワインだ。ボルドー品種のワインであること、海に近い立地はシルヴィアさんのワインと共通していた。

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シルヴィアさんの背後の山頂に見えるのがモンテヴェトラーノ城

影響力のある人物の賛辞によってシルヴィアさんのワインは一躍“シンデレラワイン”となった。有言実行を経て、彼女のワイン造りは本職となった。それから20余年、畑を買い増しし、アイテムもフラッグシップの「モンテヴェトラーノ」以外に二つ増えたが(アリアニコ100%の「コーレ・ロッソ」と在来白ブドウ2種のブレンド「コーレ・ビアンコ」)、小規模で職人的なカンティーナであることに変わりはない。

白には鋼のようなミネラル感

シナモン色の屋根を持つヴィラに場所を移し、ワインをテイスティングさせてもらった。

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シルヴィアさんの祖父母が別荘として使っていたヴィラ

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ヴィラの台所の窓辺

「コーレ・ビアンコ2017」は、香りから鋼のようなミネラル感が漂う。全体にドライだがリンゴの蜜のような甘い香りがあって、それが絶妙なバランスを取っている。

熟成感ありながら若々しい赤

赤は「モンテヴェトラーノ」の四つのヴィンテージを垂直試飲した。2016は、スミレの花、マジョラム、ローリエの香りにブラックチェリーのコンポートのようなトーンが重なる。2014は、ミントのような清涼感に、ザクロ、リコリスの香りが交じる。バルサミック(白檀=びゃくだん=のような香り)なトーンも。2009は、熟れたワイルドベリーに生肉と思わせるトーンが重なる。口の中ではチャーミングな甘みが舌先を喜ばせる。2008は、チェリーリキュール、スパイスボックスの香り。他のヴィンテージと比べてほの暗い印象があった。

写真家、エレガントなワインの造り手に イタリア・カンパーニャ州

「モンテヴェトラーノ2009」(右)と同2016(左)。優美なラベルはシルヴィアさんの娘でミラノでグラフィックデザイナーとして活躍するガイヤさんが手がけた

総じて、「モンテヴェトラーノ」は香りに華やかさがあり、口の中では生き生きとして力強いが、同時に儚(はかな)さも感じる。熟成感がありながらもなお若々しい。なんとも不思議な魅力に満ちていた。その端正さにおいてもボルドーの銘酒に比肩するクオリティーであることは間違いない。が、ボルドーそのものではない。

ラフィットのあるボルドー・ポイヤック地区の土壌は砂利と砂が主体である。しかし、その下には石灰質の基盤があることが知られており、石灰分(ワインに優美さとテクスチャーを与える)は互いに共通しているとも言える。では「モンテヴェトラーノ」の独自性はどこから来るのだろう? 今は30%までブレンド比率が上がっているアリアニコによるもの? あるいはボルドーにはない火山性土壌によるもの? きっとその両方なのだろう。

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写真家とワイナリー経営者、二つの人生について語るシルヴィアさん

別れ際にシルヴィアさんがこんなことを言った。「写真は20年間やった。ワイン造りは25年を超えた。どちらにもパーフェクトということはなかった」。彼女の言葉を聞いて、この人は写真で人を写し、ワイン造りで風土を写してきたのだなと思った。

Photographs by Yasuyuki Ukita
Special thanks to Kazunori Iwakura, Foodliner Limited

PROFILE

浮田泰幸

ライター、ワイン・ジャーナリスト、編集者。青山学院大学文学部卒。月刊誌編集者を経てフリーに。広く海外・国内を旅し、取材・執筆・編集を行う。主な取材テーマは、ワイン、食文化、コーヒー、旅行、歴史、人物ルポ、アウトドアアクティビティ。独自の観点からひとつのディスティネーションを深く掘り下げる。
 ワイン・ジャーナリストとして、これまで取材したワイン産地は12カ国40地域以上、訪問したワイナリーは600軒を超える。産地・生産者紹介と「ワイン・ツーリズム」の紹介に重点を置き、世界各地のワイン産地から取材の招聘を受けている。
 主な寄稿媒体は、「スカイワード」(JAL機内誌)、「日経新聞 日曜版」「ハナコFOR MEN」「ダンチュウ」「マダム・フィガロ」「ワイン王国」など。

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