カメラと静岡さとがえり

古き良き 粋な心意気が息づく熱海

スリランカと日本を拠点に活躍する写真家の石野明子さんが故郷を撮り歩く連載、「カメラと静岡さとがえり」。第5回は、石野さんが結婚式を挙げたという熱海です。温泉街というイメージがありますが、文豪らも通った喫茶店や洋食店など、古き良き熱海の魅力をご紹介します。

観光客数V字回復を果たした熱海

かつて新婚旅行といえば熱海の名が真っ先に上がり、日本のハワイと呼ばれていたのは有名な話。しかしバブル崩壊後に元気をなくし、温泉はあるもののこれ!と言った魅力を打ち出せない時期もあった。新幹線の車窓から外を見ると、歩いている人が少ないなと思ったこともあった。

古き良き 粋な心意気が息づく熱海

新旧入り混じる熱海銀座商店街

まだ観光客数V字回復を果たす前の2007年、私は熱海で結婚式をあげた。夫も私も実家は静岡だが、職場は東京だったため真ん中の熱海にしようとの理由だ。式の打ち合わせで何度も通ううちに「え? 熱海ってすごく面白い?」と気づき大好きな街になった。その熱海が今元気を取り戻している。駅ビルは大きくなり、若い世代がはじめた魅力的なお店も多い。でも、私が大好きになったきっかけは、古き良き薫りを残す熱海の老舗を知ったこと。そんな場所をいくつかお伝えしたい。

清らかな空気が流れる来宮神社

古き良き 粋な心意気が息づく熱海

来福と縁起の神様として信仰されている

まずは熱海駅から路線バス2番で来宮神社へ。バスに乗ると大きな太平洋を望むように坂をくだり、熱海の名所をざっくり回りながら来宮神社に向かう。数百円でちょっとした観光バス気分が味わえる。20分ほどで来宮神社に到着。実はここは私が結婚式をあげた場所でもある。

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大楠(おおくす)は樹齢2000年を超える

境内の奥に大きなクスノキがあり、声を発さず1周すると寿命が1年延びるというご利益が。最近は「願いがかなう」「恋がかなう」も加わりカップルや若い参拝客がとても増えているようだ。現在のカフェの場所には以前、小さな茶屋があって太った猫がストーブの前で日がな一日ごろごろしていた。メニューもうどんとかお汁粉とか飾らないもの。今はしゃれたカフェになって少しさびしいけれど、訪れている人たちはとても楽しそうなので、良しとする。

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神社内のカフェ「茶寮 報鼓」で楽しめる夏季限定アイス甘酒(税込み385円)と麦焦がしまんじゅう(税込み100円)

川が神社のすぐそばを流れ、風が竹林を揺らし清らかな空気が流れる。荘厳な、というより寄り添ってくれるような人懐っこい雰囲気をもつ大好きな神社だ。

文豪らも通った喫茶「コーヒー ボンネット」

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増田さんがアメリカ映画で観た女性の帽子が店名の由来

来宮様に「熱海にお邪魔します」のあいさつを終えた後は喫茶「コーヒー ボンネット」へ。

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今も増田さん目当てにお客さんが訪れる

店主は増田博さん(90歳)。この純喫茶は開店して67年になる。東京生まれの増田さんは戦後、米軍の将校クラブで職を得る。もともとアメリカ映画は好きだったが、しゃれた将校たちの影響もありアメリカンカルチャーにどっぷりとハマっていく。自らもバンドに参加するほどジャズのとりこにもなった。

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1950〜1960年代のジャズやシャンソンが流れる店内


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インテリアの発想もアメリカ文化から

戦争の影響で熱海はいっとき東京を焼け出された文化人たちが居を構える街となった。そんな時増田さんは一大決心をしてこの店をはじめる。「ボンネット」は内装もメニューもアメリカのダイナーをイメージしている。向かい合った四角いソファ、コーヒーとハンバーガー。そして流れる音楽はジャズやシャンソン。増田さんの大好きなアメリカが詰まっている。開店当時、「ボンネット」のような店は東京・銀座にはあれど熱海にはなかった。うわさを聞きつけた三島由紀夫、谷崎潤一郎、志賀直哉、吉川英治らそうそうたる作家たちが常連になった。熱海は映画人や俳優たちの別荘地でもあった。誰もが増田さんと映画や本、音楽の話を語り合うことをとても楽しみにしていたそうだ。

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かつて文人たちが座ったであろうカウンター

増田さんの温かい接客は誰に対しても変わらない。だが礼儀を知らないお客には手厳しい。「もちろんお客様は大事です。でも僕が作り上げた店、かっこよさは失いたくない。自分ももちろんお客様にもかっこよくいてもらいたいですね」と話す。そんな増田さんの流儀がこのお店の格を守り続けている。

出世の湯!? 徳川家康も通った「日航亭大湯」

「ボンネット」の自家製パテがおいしい名物ハンバーガーを食したら坂道を上がって「日航亭大湯」へ。

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熱海は坂が多い、大湯は坂道の途中に

こちらは由緒正しきお湯が自慢の日帰り温泉施設。戦国時代からここは湯量が豊富。熱海のお湯は塩分が多く含まれるため塩辛く、そして体を長く保温する。傷を早く治すと徳川家康もお忍びで何度も湯治で訪れていたそうだ。自分のために、江戸や京都の将軍にまでお見舞いのためにおけで「大湯」も運ばせていたとか!

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男湯と女湯は毎日入れ替わる(大湯提供)

そんな家康の大のお気に入りの「大湯」は出世の湯と言われている。でも「出世したい!」というギラついた心も思わず和んでしまう「大湯」で日頃の疲れも流してしまおう。

70年変わらない「三木製菓」の洋菓子レシピ

さて、次はお土産を買いたい。温泉まんじゅう、干物などなどいろいろあるけれど、私のお気に入りは創業70年の三木製菓。

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1949(昭和24)年創業の三木製菓、アイスも人気

初代が戦後に始めた洋菓子屋でショーケースに並ぶケーキたちは懐かしいものばかり。

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昭和生まれに懐かしいバタークリームのケーキもある

「戦後なので手に入るものが限られていました。その時手に入るもので始めたのでシンプルなものばかりです」と2代目の三木満男さん(64)は話す。「その頃からレシピは変えていません」とも。

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全国にファンがいる「猫の舌」(1袋130グラム税込み594円)

絶対のおすすめは「猫の舌」。フランスの伝統焼き菓子、ラングドシャを日本語に直訳したものだ。シンプルだが新鮮な材料のみを使う。歯を立てると、さくっほろっと崩れる優しいお菓子。バターの香りが幸せにしてくれる。加えて涼しくなる季節にだけ焼かれるバウムクーヘンは毎日手焼きするので本数は限られてしまうのだが、こちらもお土産に喜ばれること間違いなし。

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初代の奥さんがねずみ年だったことからこのイラストに

三木製菓のロゴ、ねずみの家族のイラストもまた愛しい。

「スコット」のどっしり濃厚なビーフシチュー

だんだんと日も傾いてきた。海にいる人もまばらになり街灯がともり始める頃、ディナーへ向かおう。「スコット」、創業は1946(昭和21)年と老舗の洋食屋だ。

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ランチ営業もあり

看板メニューは3日間かけて仕込まれるビーフシチュー。「最近の流れのようなライトな洋食ではなく、どっしりとした濃厚なソースがうちの個性。もしかしたら好き嫌いが分かれるかもしれませんが、守り続けていくのはこの味です。」とこちらも2代目の蓮見健一郎さん(71歳)が語る。

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「先代の時には文豪が編集者からもらったいい肉をよく持ち込んで来ていました」と語る2代目の蓮見健一郎さん

創業当時から本格的な西洋料理が味わえるとこちらも谷崎潤一郎ら多くの作家、著名人が通っていた。今でも、昔なじみの名家のご子息が「ここの料理でなくちゃ」と東京から通ってくれるとのこと。

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人気のビーフシチューは3100円(税抜き)

私もビーフシチューを注文する。赤ワインがたっぷりのデミグラスソースで煮込まれた牛バラ肉が惜しげもなく皿に高く積まれている。とても柔らかく煮込まれているけれど、決して肉らしさは失っておらず、かみ切る幸福感が確かにある。そしてここではパンでなく白いごはんをセレクトしたい。このソースの濃厚さは絶対に白ごはん向き!

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魚介も使ったディナーコースは5900円(税抜き)から

夕食を終え、熱海駅へ向かう。熱海から東京は新幹線で1時間程度だ。泊まれもするけどサッと日帰り気分転換の小旅行。熱海には「新しき良き」があり、「古き良き」もずっと守られ続けている。

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PROFILE

石野明子

2003年、大学卒業後、新聞社の契約フォトグラファーを経て06年からフリーに。13年~文化服装学院にて非常勤講師。17年2月、スリランカ、コロンボに移住して、写真館STUDIO FORTをオープン。大好きなスリランカの発展に貢献したいと、その魅力を伝える活動を続けている。2019年4月にイカロス出版よりガイドブック「五感でたのしむ! 輝きの島スリランカへ」(税込み1760円)が出版された。
http://akikoishino.com/
http://studio-fort.com/

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