「火のワイン」を求めて

北大西洋のど真ん中 ピコ山ふもとのワイン ポルトガル領アソーレス諸島

火山の周辺には独特の土壌があり、ワイン造りにまつわる固有の文化がある。「火のワイン」の魅力を探る旅の最後の訪問先は、ポルトガル領アソーレス諸島。これまで日本ではほとんど紹介されていなかった未知のワイン産地へ。
(文・写真:ワインジャーナリスト・浮田泰幸 トップ写真はピコ島で飲んだワイン。名前もクジラのビジュアルもまさにアソーレス諸島のイメージ)

大西洋の孤島にユニークなワイン

今から10年ほど前のこと、モロッコ沖の大西洋上に浮かぶマデイラ島を訪ねたことがある。“世界三大酒精強化ワイン”(*1)の一つ、マデイラワインを取材するためだった。大航海時代のロマンにあふれた離島での滞在中、島の人から「ここから南にはカナリア諸島がある。そして、はるか北西にはアソーレス諸島がある。どちらにもユニークなワインがあるよ」と聞いた。次なる旅への夢が膨らんだ──。

2019年3月、スペインを訪ねる機会があり、思い切って足を伸ばしてアソーレス諸島まで行ってみることにした。バルセロナからポルトガルのポルトを経由し、合計5時間弱のフライトで、アソーレス諸島の玄関口であるサンミゲル島のポンタ・デルガーダにたどり着いた。

北大西洋のど真ん中 ピコ山ふもとのワイン ポルトガル領アソーレス諸島

サンミゲル島の観光名所、ポルタス・ダ・シダーデ

アソーレス諸島はリスボンから西へ約1500キロの大西洋中央部に浮かぶ。アメリカ東海岸のニューヨークからは約4000キロ(ちなみに東京からホノルルまでの距離は約6200キロ)。火山活動によってできた九つの島々からなる。そのうちの一つ、ピコ島にはピコ山という火山がある。標高2351メートルのピコ山はポルトガル最高峰である。事前に得た情報によれば、この山の裾野に見たこともないようなブドウ畑が広がり、ユニークなワインが生産されているということだった。

ブドウ畑の景観は世界遺産に

北大西洋のど真ん中 ピコ山ふもとのワイン ポルトガル領アソーレス諸島

セテ・シダーデス(七つの町)という名の湖には王女にまつわる伝説が

先に少し歴史の話をしよう。大航海時代にアソーレス諸島を「発見」したのはポルトガル人のディエゴ・デ・シルベスで、1427年のこととなっている。エンリケ航海王子の時代だ。が、近年カルタゴ人の遺跡が見つかり、紀元前にすでに人が島まで到達したことがわかっている。島のワイン造りの起源は最初の入植者がやって来た1439年から10年ほど経ったころだと推測されている。入植先でワインを造る宗教的な理由が彼らにあったことは想像に難くない。何便目かの航海で大陸からブドウの苗木を運び、移植したのだろう。

大航海時代には新大陸への航路の要衝として、その後は捕鯨と遠洋漁業の基地として栄える。ワインの生産量は昔も今もごく限られているが、その評判は遠くロシアまでも及んでいたことがわかっている。ニコライ2世がロシア革命ののちに命を絶たれた時、彼のワインセラーにはたくさんのピコ産ワインが眠っていた。

北大西洋のど真ん中 ピコ山ふもとのワイン ポルトガル領アソーレス諸島

アングラ・ド・エロイズモの町並み

現在、アソーレス諸島は、温暖な気候と島ごとに異なる美しい景観、時代に取り残されたような歴史的建築物を資源とした観光で潤う。ユネスコの世界遺産に登録されているものが二つある。ひとつは、テルセイラ島の「アングラ・ド・エロイズモの町の中心地区」、もうひとつは「ピコ島のブドウ畑文化の景観」だ。

リッチで妖艶な余韻の白ワイン

旅のレポートに話を戻そう。ポンタ・デルガーダに着いた夜、ホテルに付属したレストランで夕食をとった。ワインリストにはピコ島の白ワインが4、5アイテム載っていた。その中から「アソーレス・ワイン・カンパニー」という生産者の「アリント・ドス・アソーレス シュール・リ2017」を選んだ。ワインリストに記された価格は30ユーロ弱だった。

北大西洋のど真ん中 ピコ山ふもとのワイン ポルトガル領アソーレス諸島

「アリント・ドス・アソーレス シュール・リ2017」

色味は輝きを帯びたゴールド。少し粘性が高いようだ。香りを取ると、石をなめるようなミネラル感、たっぷりとした塩っぽさと、それらにバランスを取るように膨らむマルメロのはちみつ漬けとパイナップルの香り。滑らかな舌触り。口の中を圧するような勢いがあり、リッチで妖艶(ようえん)な余韻が後口に残る。一口目を飲み下した時、思わずため息が漏れた。

北大西洋のど真ん中 ピコ山ふもとのワイン ポルトガル領アソーレス諸島

色合いと輝きにもミネラル感が

ピコ山の黒々とした山肌

翌日、テルセイラ島を経由してピコ島に渡った。

北大西洋のど真ん中 ピコ山ふもとのワイン ポルトガル領アソーレス諸島

テルセイラ島の展望台に立つリスボンからのツーリスト

北大西洋のど真ん中 ピコ山ふもとのワイン ポルトガル領アソーレス諸島

アングラ・ド・エロイズモ。古い建物は16世紀のもの。石畳にも火山岩が

飛行機が着陸する直前、窓からピコ山が見えた。光を吸い込んでしまうような、マットで黒々とした山肌。均整のとれた山容は富士山を連想させる。頂上付近には少し雪が載っているようだ。

最新の噴火は1963年とのことだが、今なお力感にあふれ、いつ噴火しても不思議はなさそうな気配をたたえている。ピコ島はオタマジャクシのような形をしている。最大長は46キロ。面積は448平方キロで、日本の種子島とほぼ同サイズだ。ここに800ヘクタールのブドウ畑があるという。

空港でレンタカーを借り、島の中心マダレナを目指して海沿いの道を走った。右手には群青色をした北大西洋、左手には漆黒のピコ山が見えた。

北大西洋のど真ん中 ピコ山ふもとのワイン ポルトガル領アソーレス諸島

北大西洋を見晴らす

北大西洋のど真ん中 ピコ山ふもとのワイン ポルトガル領アソーレス諸島

ピコ山。山頂付近には残雪が

山裾には火山岩で築いた石垣が伸びていた。石垣で囲われた区画には大小2種類あり、大きなほうは牧草地であるようだった。小さい方は、石垣の中にまた岩がゴロゴロと転がっているように見えた。

北大西洋のど真ん中 ピコ山ふもとのワイン ポルトガル領アソーレス諸島

山裾には延々と石垣が続く

路肩に車を停め、近寄ってみると、黒い玄武岩の合間に萎縮したような小さなブドウの木がまばらに生え、か弱そうな葉を風に揺らしているのだった。

北大西洋のど真ん中 ピコ山ふもとのワイン ポルトガル領アソーレス諸島

サンタ・マリア・マダレナ教会。背後にはピコ山

(つづく)

注釈*1
世界三大酒精強化ワイン:シェリー、ポート、マデイラの三つ。酒精強化ワインは、発酵中の果汁にアルコールを添加して発酵を止める製法で造るワイン。多くは甘口に仕立てられる。一般的なワインよりもアルコール度が高め。

Photographs by Yasuyuki Ukita

PROFILE

浮田泰幸

ライター、ワイン・ジャーナリスト、編集者。青山学院大学文学部卒。月刊誌編集者を経てフリーに。広く海外・国内を旅し、取材・執筆・編集を行う。主な取材テーマは、ワイン、食文化、コーヒー、旅行、歴史、人物ルポ、アウトドアアクティビティ。独自の観点からひとつのディスティネーションを深く掘り下げる。
 ワイン・ジャーナリストとして、これまで取材したワイン産地は12カ国40地域以上、訪問したワイナリーは600軒を超える。産地・生産者紹介と「ワイン・ツーリズム」の紹介に重点を置き、世界各地のワイン産地から取材の招聘を受けている。
 主な寄稿媒体は、「スカイワード」(JAL機内誌)、「日経新聞 日曜版」「ハナコFOR MEN」「ダンチュウ」「マダム・フィガロ」「ワイン王国」など。

写真家、エレガントなワインの造り手に イタリア・カンパーニャ州

一覧へ戻る

人間の知恵が生んだ超絶の奇観 ポルトガル・アソーレス諸島 ピコ山

RECOMMENDおすすめの記事