(37)光と水が生み出す不思議 永瀬正敏が撮ったニューヨーク
文: 永瀬正敏
国際的俳優で、写真家としても活躍する永瀬正敏さんが、世界各地でカメラに収めた写真の数々を、エピソードとともに紹介する連載です。つづる思いに光る感性は、二つの顔を持ったアーティストならでは。ニューヨークのマンハッタンで撮った、この不思議な空間はいったい?

©Masatoshi Nagase
この写真は、自分で撮った作品の中でも、好きな1枚だ。映画「パターソン」の撮影で渡米した2015年、ニューヨークのマンハッタンにあるジム・ジャームッシュ監督の事務所で撮った。衣装合わせの前だったと思う。「ちょっと待ってて」と通された会議室で、ふと窓の外を見たら、ガラス越しのベランダに、不思議な光景が見えた。
グラウンド・ゼロからそう遠くない、事務所が入居している高層オフィスビルは、ちょうど外装工事中だった。ロープがつるされているのはそのためだ。そういう事情だからだろう、ベランダはものすごくほこりっぽかった。そして、少しくぼんだ場所にたまっていた水が鏡の役割を果たして、すてきな場面を作り出していたのだ。
白いロープは黒っぽく映り、落ちているごみがまるで飾りのように見える。その右には近くのビルの影も映っている。ロープ自体の影は左下へ伸びているから、太陽があるのは影と反対側だ。左側には、窓のブラインドも映っている。そして、枠の向こうには、マンハッタンのビル街がある。
説明してしまえば、なるほど、と思えるかもしれない。でも、この風景をふと目にしたときの感覚は、言葉では説明しがたい。どこまでが実像で、どこまでが虚像なのかわからぬまま、混然一体となって空間が飛びこんできた。ご覧いただいた方には、ぱっと見た時の感覚そのままに、自由に受け止めていただけたら、と思う。
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