魅せられて 必見のヨーロッパ

ベルリンの壁崩壊の序章はピクニック  ハンガリーを巡る旅(2) ショプロン

ツアーの行き先としてはあまりメジャーではないけれど、足を運べばとりこになってしまう。そんなヨーロッパの街を、ヨーロッパを知り尽くした作家・写真家の相原恭子さんが訪ねる連載「魅せられて 必見のヨーロッパ」。ハンガリー訪問記の2回目は、オーストリアと国境を接する小都市ショプロン。ベルリンの壁崩壊の序章となる、世界史上の大きな出来事があった街です。

<ドナウ両岸に広がる絶景 ハンガリーを巡る旅(1) ブダペスト>から続く

オーストリアにつき出た小都市

ハンガリーのブダペストから、オーストリアとの国境にある小都市ショプロンへ向かいます。都市間鉄道インターシティー(IC)で乗り換えなし、約2時間30分の旅です。

ベルリンの壁崩壊の序章はピクニック  ハンガリーを巡る旅(2) ショプロン

ショプロンの旧市街

ショプロンはオーストリアの領土につき出ており、交通の要衝です。住所や標識にもドイツ語が見られ、国境を感じます。

西側へ脱出する「ピクニック」

ここショプロンから約10キロ離れたオーストリアとの国境地帯にある「汎ヨーロッパ・ピクニック記念公園」を訪ねました。

1989年11月9日のベルリンの壁崩壊に先駆けて、同年8月19日にハンガリーとオーストリアとの国境が開かれ、多くの東ドイツ人が西側への脱出に成功するという大事件が起こった場所。今は公園となり歴史を伝えています。

ベルリンの壁崩壊の序章はピクニック  ハンガリーを巡る旅(2) ショプロン

汎ヨーロッパ・ピクニック記念公園。当時の監視塔が残されています

冷戦時代にはこの公園のあたり(国境地帯)は、森や林、湿地帯、荒れ地が延々と続き、警報装置や鉄条網が隙間なく張り巡らされていました。監視塔も多数あり、市民は国境に近づくことさえできませんでした。

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汎ヨーロッパ・ピクニック記念公園。木が茂るあたりがオーストリアとの国境です

1989年8月19日、ヨーロッパの将来を考えてなごやかに皆でピクニックをしようという名目で、この地で「汎ヨーロッパ・ピクニック」が催行されました。

ベルリンの壁崩壊の序章はピクニック  ハンガリーを巡る旅(2) ショプロン

公園内の展示板。ハンガリー語、英語、ドイツ語で書かれています

事前にハンガリー国内でポスターが貼られ、各地に伝わり、多くの東ドイツ人が汎ヨーロッパ・ピクニックの日にハンガリーとオーストリアとの国境が開いて、西側へ逃れられるのではないかと期待して集まりました。
 
背後には、社会主義の脆弱化(ぜいじゃくか)や、自由を渇望して西側へ逃亡しようとする人々の高まるうねりがありました。

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公園内の展示版

1989年8月19日、期待通り約600人もの東ドイツ人が西側への脱出に成功しました。9月にハンガリーは東ドイツ人に対しオーストリアへの国境を開放しました。
公園内には、冷戦終結と東西ドイツ統一に至るまでの各国首脳たちの会談など、経緯を記した展示板がいくつも立っています。

サイクリングロードになった国境

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自転車で国境を旅するドイツ人たち

現在、国境はサイクリングロードとして整備され、自転車旅行するドイツ人たちに出会いました。散策する人々の姿もあります。
ハンガリーもオーストリアも、<2ユーロで0ユーロを買う? 平和の象徴 ルクセンブルク・シェンゲン>で紹介したシェンゲン協定に加盟していますから、国境の行き来はもちろん自由。赤白の遮断機は展示のために作られたものです。

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当時の様子を伝えるために、鉄条網などが再現されています

1988年、すでにハンガリー政府は西側へ自由に旅できる「国外旅行の自由化」を実施しました。この時から、ハンガリー国民にとっては国境の鉄条網は意味のないものとなっていました。

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公園内にあるモニュメント


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公園内のモニュメントの一部分

社会主義時代の束縛や自由のない状況、分断された親類や家族などを象徴したモニュメント。「人々が勝ち得た自由を大切にしたい」と話すドイツ人観光客や、「世界中の市民の幸福と平和を祈る」と語るオーストリア人観光客に出会いました。

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道路の左側がオーストリア、右側がハンガリー


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公園内のビジターセンター

自由を求めて、20万人以上もの人々がここから西側へ逃れました。
ベルリンの壁崩壊は世界中が注目した大ニュースでしたが、その引き金となったのはここで実行された「汎ヨーロッパ・ピクニック計画」でした。国境をいち早く開いたハンガリーが民主化への大きな役割を担ったことを、この公園を歩きながら改めて実感しました。

駐日ハンガリー大使館 https://tokio.mfa.gov.hu/jpn
オーストリア航空 https://www.austrian.com/
レイルヨーロッパ http://www.raileurope.jp

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PROFILE

相原恭子(文・写真)

慶應大学卒業。ドイツ政府観光局勤務を経て、作家&写真家。「ドイツ地ビール夢の旅」(東京書籍)、「ドイツビールの愉しみ」(岩波書店)、「ベルギー美味しい旅」(小学館)、「京都 舞妓と芸妓の奥座敷」(文春新書)、「京都 花街ファッションの美と心」(淡交社)、英語の著書「Geisha – A living tradition」(フランス語、ハンガリー語、ポーランド語版も各国で刊行)など著書多数。国内はもちろん、国際交流基金・日本大使館の主催でスペイン、ハンガリー、エストニアで講演会や写真展多数。NHK「知る楽」「美の壺」、ラジオ深夜便「明日へのことば」「ないとエッセー」、ハンガリーTV2、エストニア国営放送など出演多数。
https://blog.goo.ne.jp/goethekyoko

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