永瀬正敏フォトグラフィック・ワークス 記憶

(38)軒先にぽつりと置かれた新聞 永瀬正敏が撮ったマンハッタン

国際的俳優で、写真家としても活躍する永瀬正敏さんが、世界各地でカメラに収めた写真の数々を、エピソードとともに紹介する連載です。つづる思いに光る感性は、二つの顔を持ったアーティストならでは。ニューヨークのマンハッタンでこの新聞を撮った時、永瀬さんの心に去来した思いとは?

(38)軒先にぽつりと置かれた新聞 永瀬正敏が撮ったマンハッタン

©Masatoshi Nagase

何だか、すごくアメリカ的な光景だなと思って、シャッターを切った1枚だ。知り合いと食事をした後、もう明け方近くになっていたと思う。ニューヨークのマンハッタンを歩いていて、あるアパートメントの入り口を見たら、新聞が置かれていた。暗い中、玄関の照明が当たっているところに、ぽつんと浮かび上がっていた。

僕の中に刷り込まれている「アメリカ」の一つに、郊外の住宅街で少年とかが自転車に乗りながら新聞配達をしていて、郵便受けに入れるのではなく、軒先にぽんと新聞を置いていく、という風景がある。この時も、新聞が1部だけ軒先にぽんと置いてあったから、ああ、アメリカだなあ、と感じた。置いてあったといっても道路ではなく、階段を5、6段上がった先のアパートの入り口だ。

昼間の喧騒(けんそう)とはうって変わってほとんど人通りのない、メインストリートから数本入った路地。遠くからかすかに聞こえてくる車のクラクションや街の雑音。窓の光が消えている小さなアパートメント群。誰一人いない明け方の薄暗い公園。響く2人の足音……。
それらをそっと感じながら歩いていた時に出会ったぽつりと置かれた新聞1部。

どんな人がこの新聞を届けたのだろう? 数時間後、どんな人の手元に届くのだろう? どんなシチュエーションで、この新聞は読まれるのだろう?
レンズの先の、たった1部の新聞を見ながら、僕はどんどん想像の波に包まれていった。

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PROFILE

永瀬正敏

1966年宮崎県生まれ。1983年、映画「ションベン・ライダー」(相米慎二監督)でデビュー。ジム・ジャームッシュ監督「ミステリー・トレイン」(89年)、山田洋次監督「息子」(91年)など国内外の約100本の作品に出演し、数々の賞を受賞。カンヌ映画祭では、河瀬直美監督「あん」(2015年)、ジム・ジャームッシュ監督「パターソン」(16年)、河瀬直美監督「光」(17年)と、出演作が3年連続で出品された。近年の出演作に常盤司郎監督「最初の晩餐」、オダギリジョー監督「ある船頭の話」、周防正行監督「カツベン!」、甲斐さやか監督「赤い雪」など。写真家としても多くの個展を開き、20年以上のキャリアを持つ。2018年、芸術選奨・文部科学大臣賞を受賞。

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