「火のワイン」を求めて

人間の知恵が生んだ超絶の奇観 ポルトガル・アソーレス諸島 ピコ山

火山の山腹や周辺で栽培されたブドウから造られる比類なきワインを求めて旅してきたシリーズの最終回。ポルトガル領アソーレス諸島のピコ島で、人間の熱意と自然との共生の知恵が生み出した超絶の奇観に出会う。
(文・写真:ワインジャーナリスト・浮田泰幸 トップ写真:マダレナの港からもピコ山が見える)

生命と躍動の象徴、ピコ山

ピコ島の中心、マダレナは人口6000人ほどの小さな港町だ。港にはアソーレス諸島の他の島々との間を海路で結ぶフェリーのターミナルがあり、それを見守るようにして17世紀の質素な教会が立つ。

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サンタ・マリア・マダレナ教会。金色の装飾とアズレージョ(タイル)が美しい

町にはスーパーマーケットとホームセンターがひとつずつとパン屋が1軒。コーヒーを飲む場所を探し回ったが、結局フェリーターミナルの待合所に併設されたカフェしか見つからなかった……。このように記すと、あまり魅力のない場所だと思われるかもしれないが、実際は逆である。町の随所からピコ山の凛々(りり)しい姿を拝むことができる。火山は万人にとって破壊と死のシンボルであることに異論はない。が、それはまた生命と躍動の象徴であることを、火山地帯にいると強く感じるのだ。この体験が魅力的でないはずはない。

独自の進化をとげた在来ブドウ品種

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「ピコ・ワインズ」の醸造所

「ピコ・ワインズ」の通称で知られる「ピコ島ワイン協同組合」を訪ねた。設立は1949年。出迎えてくれたのは醸造コンサルタントのベルナルド・カブラル氏だ。彼はポルトガル国内でも屈指の敏腕醸造家で、2017年からこの協同組合の仕事をしている。カブラル氏によれば、現在約300軒のブドウ栽培農家が協会のメンバーに名を連ねているとのこと。

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ベルナルド・カブラル氏

醸造所内を見学させてもらいながら話を聞いた。「アソーレス諸島では現在、17品種のブドウが栽培されています。代表的なのはヴェルデーリョ、アリント・ドス・アソーレス、テランテス・ド・ピコ。いずれも白ブドウです。ヴェルデーリョとアリントはポルトガル本土に、テランテスはマデイラ島に、それぞれ同名のブドウがありますが、全く別物です。これらのブドウは元々大陸から持ち込まれたことは疑いようがないですが、島で独自の進化をしていて、“在来品種”と言って差し支えないと思います」

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試飲を楽しむツーリスト

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酒精強化ワインを眠らせる樽庫

この協同組合では、スティルワインの白、赤、ロゼに加え、複数種類の酒精強化ワインを造っている。観光客用の試飲コーナーでテイスティングをさせてもらった。

しっかりした酸と豊潤さを持つ白ワイン

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「フレイ・ジガンチ2018」(左)と「テロワール・ヴルカニコ アリント・ドス・アソーレス2017」(右)

「フレイ・ジガンチ2018」は、ヴェルデーリョ、アリント・ドス・アソーレス、テランテス・ド・ピコのブレンド。香りはパイナップル、レモンの皮、石のミネラル、微(かす)かにトースティなトーンも。口の中ではしっかりとした酸とテンションがあり、豊潤。ハチミツのような苦みが心地よい。ワイン名は「偉大なる修道士」を表す言葉だが、これはこの島に最初のブドウをもたらした人たちを指すという。

「テロワール・ヴルカニコ アリント・ドス・アソーレス2017」はアリント・ドス・アソーレス100%。熟れたトロピカルフルーツの香り。口に含むと、リフレッシングな酸と塩っぽさがあり、食欲をそそる。

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「イーリャ・ド・ピコ10年」

「イーリャ・ド・ピコ10年」は、10年間アメリカン・オークの樽(たる)で熟成をかけた酒精強化ワイン。島伝統のスタイルだ。干しぶどう、オレンジピール、紅茶の香り。甘口だが高い酸と塩っぽいミネラルがバランスを取って、ベタつくことはない。

国際品種の赤ワインも試したが、残念ながら評価に値しなかった。“敏腕醸造家”がコンサルタントの任に就いてまだ日が浅いことを思えば、この先、赤が良くなる可能性はある。あるいは、この島のテロワールを表現するには白の方が適しているのかもしれない。事実、ワインから感じられるミネラル感は白からの方がはるかに感じ取りやすいのだ。

見たこともないようなブドウ畑

「ブドウ畑を見なくてはこの島に来たことにはなりませんよ」とカブラル氏に念を押されてワイナリーを後にした。

「ピコ・ワインズ」から海岸沿いに南へ1キロ。ラジド・ダ・クリアサォン・ヴェリャのブドウ畑は奇観という言葉では物足りないほどの圧倒的な風景だった。

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ユネスコ世界遺産に登録されたブドウ畑。海の向こうにはファイアル島が見える

「クリアサォン・ヴェリャ」は村の名前、「ラジド」は火山の裾野の平らになった溶岩原を指すアソーレス諸島独特の言葉だ。

強い日差しが降り注いでいた。塩気を含んだ海からの風が絶え間なく吹いていた。光の加減によって漆黒にも灰色にも見える火山岩の石垣が、見渡す限りどこまでも規則正しく広がっていた。その中を赤土の道が灯台のような建物に向かってツーッと伸びていた。建物の後方にはピコ山がデンと鎮座していた。赤土の道を歩いて行った。

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ピコ山に向かって伸びる赤土の道。赤い建物は見晴らし台だった

石垣は「クライス」(=囲い)と呼ばれている。このクライスがブドウの木を風と塩から守り、昼の間岩に蓄えられた熱が夜もブドウの木を温め、果実の成熟を促すのだ。クライスがいくつも集まった区画を「ジェイロス」と言う。島には独自の文化を表す独自の言語がある。それらに直に触れることができるのもまた旅をすることの醍醐(だいご)味だ。目の前に積まれた火山岩のひとつひとつから500年前の人の力仕事が立ち昇ってくるように感じた。

隣の島から土を持ち込んでまでワイン造り

石垣によじ登って、囲いの中をのぞいてみた。岩の凹面から枯れ枝のようなブドウの木が生えていた。実はピコ島には元々土がなかったのだそうだ。それで、お隣のファイアル島(このブドウ畑からも海越しに見える)から土を運び込み、それを岩のくぼみに少しずつ入れて、苗を植えたと伝わる。食べていくだけでも大変な土地で、知恵を絞って困難を克服し、ワイン造りに挑む。なぜ人はそこまでしてワインに執着しなければならなかったのか? 

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岩だらけの畑で作業する人を見つけた。この風景から農業を想像するのは難しい

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選定作業をする栽培家の足もとにはほとんど土らしい土はない

ため息が漏れたワインの醸造所は

どうしても訪ねてみたいワイナリーがもう1軒あった。アソーレス諸島に着いた日のディナーで飲んで「ため息の漏れた」ワインの生産者、「アソーレス・ワイン・カンパニー」である。しかし、あいにくこの日は週末で、連絡を取るべきオフィスは閉じられていた。こちらも時間の限られた旅程での訪島だったので、日を改めてというわけにもいかなかったが、どうしてもあきらめきれなかった。畑か醸造所の外観だけでも見ようと思い、ネットで調べた住所を手掛かりに、降り始めた雨の中、車を走らせた。

そこはピコ山南麓(なんろく)にあるサォン・マテウス村の高台だった。海に向いた緩斜面に、原生林に隠れるようにして石垣があった。クライスと呼ぶにはやや広い、しかし1ヘクタールにも満たない狭隘(きょうあい)な畑に100本ほどの丈の短いブドウ木が植わり、鮮やかな黄緑色の若葉を茂らせていた。樹齢は30〜40年といったところか。これが、あの「ため息」の出どころか、と思った。畑の傍らに打ち捨てられた古樽が転がり、雨にぬれそぼっていた。

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ブドウ畑は原生林の中に隠れるようにしてあった

後日、日本から問い合わせたところによれば、「アソーレス・ワイン・カンパニー」は、ポルトガルを代表するワインメーカー、アントニオ・マサニータ氏が2人のパートナー(いずれもピコ島の生産者)と共に2014年に立ち上げたワイナリーだ。アレンテージョとドウロにも自身のワイナリーを所有し、ポルトガル国内各地で醸造コンサルタントを務めるマサニータ氏は、このプロジェクトに先立ち、サンミゲル島の農業開発局と組んで、絶滅の危機にあったテランテス・ド・ピコ種を復活させる研究を行っていた。マサニータ氏には、島の在来品種とたぐいまれな土壌・風土とから、オリジナリティーに富んだプレミアムワインを造ることができるという確信があったのだ。初年度には8000本のワインを生産。現在ではその数を7万本に伸ばしている。民間ではピコ島最大の生産者だ。主な販売先はポルトガル本土のレストランやワインショップ。すでに同社のワインは高い評価を受けており、マサニータ氏はワイン専門誌「レヴィスタ・デ・ヴィーニョス」が選ぶ「ワインメーカー・オブ・ザ・イヤー2018」に輝いている。ちなみに、先述のピコ山南麓のブドウ畑は、共同オーナーのひとり、パウロ・マチャド氏が所有する畑であったとのこと。

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「アソーレス・ワイン・カンパニー」の建設中の新ワイナリー ©Azores Wine Company


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アントニオ・マサニータ氏(中央)をはさんで、2人の共同経営者、パウロ・マチャド氏(左)とフィリペ・ロシャ氏(右)©️Azores Wine Company


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「アソーレス・ワイン・カンパニー」の白ワイン。左から「アリント・ドス・アソーレス2018」、ブレンドの「ブランコ・ブルカニコ2018」、「ヴェルデーリョ・オ・オリジナル2018」

ピコ島滞在最後の夜はマダレナ郊外のビーチに立つタパスレストラン&バー「セラ・バー」で過ごした。石造りの古い小屋に寄生するように、レトロなSF映画に出てくる海底基地のような形状の木造構造物がくっ付いている。設計はポルト近郊フェルゲイラスの建築家チームによるもの。2016年にはこの建築のデザインでポルトガル国内の権威ある建築賞をとったという。

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「セラ・バー」

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1階部分には島のワインを集めたワインショップが

テラス席に陣取り、地元産のチーズやタコ料理をつまみに、島のワインをあれこれと飲んだ。いずれもミネラル感が前面に出て、塩っぽさと美しい酸を持つ、フードフレンドリーなワインだった。

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“偉大なる修道士”に敬意を表してもう1杯

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タコと野菜のグリル

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地元産のチーズ。アソーレス諸島は牧畜や酪農も盛ん

飲むうちに体が火照るような感覚に見舞われた。それがワインのせいなのか、あるいは薄暮の空にそびえるピコ山のせいなのかは判然としなかった。

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テラスからの夕景

Photographs by Yasuyuki Ukita
Special thanks to Kinoshita International Corporation

PROFILE

浮田泰幸

ライター、ワイン・ジャーナリスト、編集者。青山学院大学文学部卒。月刊誌編集者を経てフリーに。広く海外・国内を旅し、取材・執筆・編集を行う。主な取材テーマは、ワイン、食文化、コーヒー、旅行、歴史、人物ルポ、アウトドアアクティビティ。独自の観点からひとつのディスティネーションを深く掘り下げる。
 ワイン・ジャーナリストとして、これまで取材したワイン産地は12カ国40地域以上、訪問したワイナリーは600軒を超える。産地・生産者紹介と「ワイン・ツーリズム」の紹介に重点を置き、世界各地のワイン産地から取材の招聘を受けている。
 主な寄稿媒体は、「スカイワード」(JAL機内誌)、「日経新聞 日曜版」「ハナコFOR MEN」「ダンチュウ」「マダム・フィガロ」「ワイン王国」など。

北大西洋のど真ん中 ピコ山ふもとのワイン ポルトガル領アソーレス諸島

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