鎌倉の風に吹かれて

母危篤の報に巡る思い 東慶寺

芥川賞作家の大道珠貴さんが、鎌倉を舞台にした旅情や人間模様を描く、毎回読み切りの超短編小説連載「鎌倉の風に吹かれて」。第10回は、東慶寺です。母危篤の報に福岡行きの飛行機に乗った「私」は、東慶寺と母についての記憶を思い起こしていました。

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母危篤の報に巡る思い 東慶寺

母危篤、と福岡の妹からメールが来たので、私はいま飛行機のなかにいる。窓際である。まっしろな雲海は目に沁(し)みるようなすがすがしさだ。自分が何者なのかさえわからなくなるほどに雑念をすっかり取り払ってくれる。駄々をこねる幼児が泣きやまないがまったく気にならず、母の顔もよく思い出せないくらい、ぼんやりと、ただ死んだように眠い。

メールのやりとりのあとは電話でしゃべり、妹の繰り返す言葉、「おねえちゃん、ごめんね」が、ふうっと蘇(よみがえ)ってくるのだけれど、それは、執筆で忙しいのにわざわざ鎌倉から出てきてもらってご足労ですというねぎらいでもあろうし、近所に住んでいながらつい一人ぼっちにしてしまって母に可哀想なことをしたという悔いでもあろう。長患いの末、そこから解放されるっちゃけん、母は大往生やん、と私は思う。あとは宇宙の塵(ちり)となるのだ。父もずいぶん前に塵となった。

母危篤の報に巡る思い 東慶寺

妹には息子が一人いるし、私も甥(おい)が可愛いのであの子だけで充分、このまま一生独身でかまわない。私は自分の一筋縄ではいかない性癖も含め、自分でも抑えのきかない衝動から暴言を吐き、人も泣かせて自分も泣いて、ひね曲がってこんがらがった性格はもう治せないのだから、あとは妹と甥に迷惑をかけないことに気をつけて余生を送ればいいのだった。

もくもくとした雲海のなか機体が不安げに、左右、大きく揺れる。乗客たちは沈黙を守り、幼児の声のみが響き、大勢の呼吸で空気は濁っている。そっけないふりをしながらみな行く先は福岡、運命共同体としてその地を目指す。

「コーヒーはいかがですか」

客室乗務員から声をかけられ、いただきますと応えると、通路側の人が自然なしぐさでそれを受け取り、真ん中の人に渡し、すんなり私の手元に来た。二人の紳士に、あがりながらもぞもぞお礼を言う。あたたかい気持ちになるのを打ち消す。人の親切にはしどもどしてしまう。だからこそ私は物書きになったのだろう。

母危篤の報に巡る思い 東慶寺

あたたかい言葉に餓えているから、あたたかい物語をつくろうとした。現実にいる人間を魔物にたとえて書いたり、人間のなかの奇妙なもの――深い森のような暗さや、ひとしれずひっそり湧いている泉――そんなものたちを描いたつもりなのだけれど。

この機内で私は一人気分的に堕(お)ちつづけているのだと思う。あのいまだにぐずる赤ん坊に私は嫉妬しているのだ。あの子のこれからの未来に。文字は誰にでも書けるし、言葉もしゃべることができる。嘘(うそ)もつけるし、物語をつくるなら子供のほうが上手だ。

私にはなにがあるのだろう。持ち前の強靭(きょうじん)な精神力だろうか。いや、最近は涙もろくなるばかりだ。このあいだは、庭の地面を這(は)うケムシを見て、「ごめんねえごめんねえ」と念仏のように繰り返していた。自分の図体の大きさを、ケムシに謝ったのだった。踏み石の陰ですっかりおびえ、モジャモジャした毛をぴくりともさせず、じっと耐えているケムシに向かい、自分という存在の理不尽さに涙が出たのだった。

母危篤の報に巡る思い 東慶寺

鎌倉に越してきたばかりのとき、母を呼んで、東慶寺につれて行った。こぢんまりとした寺で、ほかにひとけはなかった。千代紙のように散らばる落ち葉を拾ったり、七色に光る玉虫を、「どう、このブローチ、洒落(しゃれ)とろう?」と胸元に付けてみたりした。「うちの庭、夏には蛍(ほたる)が来るとよ。うちは山なのに、どこから来るとかいな。遠くにある川からやろうな」。私が言うと、母は「良かねえ、薔薇(ばら)ちゃんのおかげで、あたしも鎌倉に来れて、嬉(うれ)しかなあ」と呟(つぶや)いた。

とうとうあの命も消えるのだ。

コーヒーの香りが充満している。
寒くもなく暑くもない。快適だ。
このまま木端微塵(こっぱみじん)になるということがちらりと頭をかすめた。

雲海を越え、下界の建物たちがはっきりしてくる。むかし、沖縄から北海道、アメリカの子たちとまで、私は文通していた。それが最近はインターネットを使い、さまざまな人と瞬間的に知り合う。波動が伝わり、運命の出会いだと、数えきれないほどピンときて、それからあっけなく関係は終った。人間はむかしから変わらないから、おおざっぱとなり、鈍感となり、ますますそうなれる生き物だと想像する。

母危篤の報に巡る思い 東慶寺

私は心身共に健康だ。これからの人生のほうが長くなる。帰る場所は自分でつくった。鎌倉だ。人は帰る場所があるから、旅ができる。帰る場所がない旅は旅ではなく、単なる放浪である。

滑走路が見えてきた。おそらく不時着はしないだろう。まともに地に足が着くだろう。ほんのすこしの楽天的な考えで私はここまで生き延びてきた。

広大無辺な世界に雑念を落下させ、福岡のにおいを嗅(か)ごう。
(写真・猪俣博史)

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PROFILE

  • 大道珠貴

    作家
    1966年福岡市生まれ。2003年、『しょっぱいドライブ』で第128回芥川賞。2005年、『傷口にはウオッカ』で第15回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。小説に『ケセランパサラン』『ショッキングピンク』『煩悩の子』など多数。エッセーに『東京居酒屋探訪』。神奈川県鎌倉市在住。

  • 猪俣博史

    写真家
    1968年神奈川県横須賀市生まれ。慶応義塾大学商学部卒業。卒業後、カナダを拠点に世界各地を放浪。帰国後、レコード会社、広告制作会社勤務などを経て1999年にフリーに。鎌倉、葉山を拠点に、ライフスタイル系のほか、釣り系媒体なども手がけ、場の空気感をとらえた取材撮影を得意とする。&wでは「鎌倉から、ものがたり。」の撮影を担当。神奈川県三浦半島の海辺に暮らす。

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