クリックディープ旅

再び「12万円で世界を歩く」中国・長江編1

日本から中国の長江がはじまる宜賓(イーピン)まで、約30年前の船旅のルートを辿(たど)る、、再び「12万円で世界を歩く」中国・長江編(全6回予定)がはじまります。まずは大阪から日中国際フェリーの「新鑑真」で上海を目指します。

本連載「クリックディープ旅」(ほぼ毎週水曜更新)は、30年以上バックパッカースタイルで旅をする旅行作家の下川裕治さんと相棒の写真家・阿部稔哉さんと中田浩資さん(交代制)による15枚の写真「旅のフォト物語」と動画でつづる旅エッセーです。
現在、約30年前に発刊された『12万円で世界を歩く』(朝日新聞社)と同じルートを再び辿(たど)る旅を紹介しています。

(写真:阿部稔哉)

大阪から上海へ

再び「12万円で世界を歩く」中国・長江編1

日本から船で上海に向かう。そこから長江を船でさかのぼり、長江がはじまる宜賓(イーピン)まで辿り着くことができるのか。1990年に発刊された『12万円で世界を歩く』では、そのルートに挑んでいる。途中、トラブルはあったものの、なんとか宜賓に到達している。そのルートを約30年後のいま、たどってみることにした。

飛行機や陸上交通の発達に押され、船の旅は衰退傾向。発展する中国で、長江をさかのぼる船はどれだけ残っているのか。調べてみると、大阪から上海までの船は運航していた。当時は「鑑真」という船だったが、その後、新型の「新鑑真」が後を引き継いでいた。しかし長江を航行する船の情報はなかなかつかめない。行ってみるしかないか。1回目は上海までの船旅を。

今回の旅のデータ

日中国際フェリーの「新鑑真」が就航している。出港は毎週火曜日。大阪港と神戸港から交互に出港する。運賃は2等和室と2等洋室が片道2万円。1等が2万5000円。ほかに特別室、貴賓室がある。運賃には燃油サーチャージ、税金が合計で3000円加算される。予約は申し込みフォームに入力して送信した。電話やファクスでも予約できる。支払いは港で。僕らが乗った便の出港は午前11時30分だった。この時刻になることが多いようだ。東京から始発の新幹線に乗れば間に合う。

*「新鑑真」のホームページはhttps://www.shinganjin.com/

長編動画

大阪港を出発した「新鑑真」は3日後、長江の河口に入った。そこから支流の黄浦江入り口までの1時間。上海港は黄浦江沿いにある。長江の規模を実感してください。

短編動画

大阪港の出航と上海港着岸の動画を。大阪港の見送り客はたったひとり。そのわけは「旅のフォト物語」で。

大阪から上海へ「旅のフォト物語」

Scene01

再び「12万円で世界を歩く」中国・長江編1
東京駅から始発の新幹線で大阪へ。地下鉄を乗り継いでコスモスクエア駅で下車。寝不足の体で港に沿った道を歩いて大阪港国際フェリーターミナルに向かう。飛行機とは違う高揚感は嫌いじゃない。ターミナルに近づくと、コンテナを積んだトラックが行き交う道。上海に向かう「新鑑真」はなかなか見えなかった。

Scene02

再び「12万円で世界を歩く」中国・長江編1
ターミナルに入りチェックイン。ようやく「新鑑真」が見えた。運賃は、上述の燃油サーチャージなどを含め、片道2万3000円。『12万円で世界を歩く』の旅ではこの船の前に運航していた「鑑真」に何回も乗った。そのときの運賃は……2万3000円。約30年がたち、「新鑑真」になっても同じ運賃。ちょっとした感動です。LCCに押され、運賃をあげることができない理由、よ~くわかりますが。

Scene03

再び「12万円で世界を歩く」中国・長江編1
「少なッ」。乗船前の待合室でつい声を発してしまった。実際はもう少し増えたが、それでもこの日の乗客は25人。「新鑑真」の定員は345人。ひょっとしたら船のスタッフの数より少ないかも。約30年前はいつも200人以上の乗客がいたような……。30年の年月を、待合室で味わってしまう。

Scene04

再び「12万円で世界を歩く」中国・長江編1
「これだけ?」。案内された2等和室で、またしても声を発してしまった。船のスタッフが布団を敷いておいてくれたが、3組だけ。15畳ほどの部屋の隅が僕らの寝床だった。僕と阿部カメラマン……もうひとりの乗客はScene08で。日本人客はこの3人だけだった。中国人客の多くは1等やその上のクラス。考え込んでしまう。

Scene05

再び「12万円で世界を歩く」中国・長江編1
写真をよ~く見てほしい。右側の屋上。ターミナルの送迎デッキに人がひとり。見えるでしょうか。この人が「新鑑真」唯一の見送り客。後でわかったが、僕らと同室になった日本人の友人だった。別にテープが飛び交う出港を期待していたわけではないが。この後、「新鑑真」はゆっくりと港を離れていった。

Scene06

再び「12万円で世界を歩く」中国・長江編1
約30年前の航路は高知沖を航行し、鹿児島県の川内(せんだい)港に寄り、上海をめざした。しかし、瀬戸内海を進み、関門海峡を通るルートに変わっていた。船の揺れに弱い僕にとってはありがたい変更。瀬戸内海は外海の影響を受けにくい。夕方、瀬戸内しまなみ海道の下を通過した。穏やかな船旅だ。

Scene07

再び「12万円で世界を歩く」中国・長江編1
周囲は日本の瀬戸内の島々。ライトをつけて走る車も見える。メールや電話も日本国内と同じようにつながるが、日本を出国しているので、船内で売られるものは免税価格。アルコール類やタバコが安い。発泡酒ではないキリンの「一番搾り」の500ミリリットル缶が200円。自販機の前で、ついにんまり。

Scene08

再び「12万円で世界を歩く」中国・長江編1
夕食は食堂でとった。メニューは和食と中華が半々。枝豆200円、キムチ200円……という値段で、ビールは自販機で買ってもち込めるので200円。はっきりいって、日本の安い居酒屋よりさらに安い。揺れるとビールどころではなくなるのだが、ここは瀬戸内。「新鑑真」飲み会は予算1000円でいけます。

Scene09

再び「12万円で世界を歩く」中国・長江編1
2等和室のもうひとりの日本人は、竹形賢二君、21歳。四国の大学に通っている。1年間休学し、中国から東南アジアを自転車でまわるという。大阪港の唯一の見送り客は彼の同級生だった。あれから3カ月。彼のツイッターをフォローしたのだが、いまだ連絡なし。どこを走っているのだろう。

Scene10

再び「12万円で世界を歩く」中国・長江編1
朝食は無料。おかゆに包子(パオズ)の中国式だった。約30年前、「鑑真」はバックパッカー御用達フェリーだった。金のない彼らは、列に2回並び、1回の朝食で2食分を食べ、昼と夜は抜くという作戦に出ていた。乗客が多いからできることだったが、乗客25人では……。なんだかあの時代が懐かしい。

Scene11

再び「12万円で世界を歩く」中国・長江編1
「新鑑真」の夜が明けた。船は関門海峡を通り、東シナ海に出ていた。遠くにうっすらと済州島が見えた。約30年前、東シナ海はときに、船の上を立って歩くことが難しいほど揺れた。僕も身構えていたのだが、この日は肩透かしを食らうほど穏やかだった。これなら楽勝。柔らかな秋の日差しのなか、甲板でずっと海を眺めていた。

Scene12

再び「12万円で世界を歩く」中国・長江編1
2等和室で寝ていると、背中にエンジンの振動が伝わってくる。3日目の朝、その振動が急に弱くなった。海よりもさらに穏やかな長江に入った。何回も乗っているとわかってくる。急いで甲板に出ると、阿部カメラマンと竹形君が褐色の長江を眺めていた。これからこの大河をさかのぼることになる。船があるのかわからないが。

Scene13

再び「12万円で世界を歩く」中国・長江編1
船は上海港に近づいていく。上海の港は、長江の支流の黄浦江に面している。しだいに上海の高層ビル群が視界に入ってくる。甲板で前方を眺めているのは、仕事を引退した初老の上海人。ふたりで京都や大阪をまわったのだという。時間のあるシニアには「新鑑真」はいいかも。中国人もそんな余裕が出てきたということ?

Scene14

再び「12万円で世界を歩く」中国・長江編1
上海に上陸。約30年前、いつもこの道を歩いた。次に紹介する浦江(プージャン)飯店という宿に向かうためだ。バックパッカーたちの定宿だったのだ。当時、道沿いでは、上海の若者がたどたどしい日本語で声をかけてくることが多かった。客引きではない。僕らを先生に仕立て、無料で日本語の勉強をする上海の貧しい若者たちだった。今回はそんな学生にはひとりも会わなかった。

Scene15

再び「12万円で世界を歩く」中国・長江編1
浦江飯店は、租界時代に建てられ、東洋一のホテル、中国初の西洋式ホテルとうたわれた歴史を秘めている。しかし約30年前は、ドミトリーのベッドが1泊20元、当時のレートで約748円の安宿になりはてていた。日本人バックパッカーで埋まっていた。宿は一度閉鎖され、いまは高級ホテルになったというが。建物の前では、結婚式の前撮りやファッション誌の撮影隊が何組もいた。時代は変わった。

【次号予告】次回、上海から武漢へ。
※取材期間:2019年10月15日~17日
※価格等はすべて取材時のものです。

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BOOK

再び「12万円で世界を歩く」中国・長江編1
12万円で世界を歩くリターンズ
[赤道・ヒマラヤ・アメリカ・バングラデシュ編] (朝日文庫)

実質デビュー作の『12万円で世界を歩く』から30年。あの過酷な旅、再び!!
インドネシアで赤道越え、ヒマラヤのトレッキング、バスでアメリカ一周……80年代に1回12万円の予算でビンボー旅行に出かけ、『12万円で世界を歩く』で鮮烈デビューした著者が、同じルートに再び挑戦する。

PROFILE

  • 下川裕治

    1954年生まれ。「12万円で世界を歩く」(朝日新聞社)でデビュー。おもにアジア、沖縄をフィールドに著書多数。近著に「一両列車のゆるり旅」(双葉社)、「週末ちょっとディープなベトナム旅」(朝日新聞出版)、「ディープすぎるシルクロード中央アジアの旅」(中経の文庫)など。最新刊は、「12万円で世界を歩くリターンズ 【赤道・ヒマラヤ・アメリカ・バングラデシュ編】」 (朝日文庫)。

  • 阿部稔哉

    1965年岩手県生まれ。「週刊朝日」嘱託カメラマンを経てフリーランス。旅、人物、料理、など雑誌、新聞、広告等で幅広く活動中。最近は自らの頭皮で育毛剤を臨床試験中。

再び「12万円で世界を歩く」カナダ北極圏編6

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