あの街の素顔

片道18時間の寝台列車旅で見たベトナムの“懐かしさ”と“新しさ”

前回はベトナムのビーチで社交ダンスを踊ったエピソードを紹介した。これはドイツ人の妻がいだいていた大きな目的のひとつだった。

次の目的が「長距離列車」に乗ることである。大陸を横断する長距離列車には特別な雰囲気があるため、アガサ・クリスティーの『オリエント急行の殺人』をはじめ、スリル、ロマン、冒険といった物語の舞台になる。実際、妻は若いころシベリア鉄道にも乗った経験がある。だから長距離列車はいかにも「旅」という気になるようだ。私たちはサイゴン駅からフエ駅まで寝台列車で移動。フエに数日滞在して、またホーチミンまで戻った。

(トップ写真:日本に比べるとシンプルなサイゴン駅の駅舎)

ドイツ人の妻とドイツで長年暮らすジャーナリスト高松平藏さんは、アジアへ旅に出ると、ヨーロッパ目線の「旅行観」や「アジアへのロマン」を感じるとか。慣れ親しんで意識しなくなっていたヨーロッパ的なものの見方を、アジアへ戻ると改めて意識するようです。そんな発見をつづるベトナム旅の3回目は、寝台列車の旅。

どこか70年代日本を感じさせる風景

片道18時間の寝台列車旅で見たベトナムの“懐かしさ”と“新しさ”

サイゴン駅の駅舎には「ベトナム建国の父」ホー・チ・ミンの肖像画が飾られている。この手のものは日本でもドイツでもお目にかかることがない

サイゴン駅―フエ駅間は距離にしておよそ1000キロ。アウトバーンがあるドイツの日常では、移動時間の目安に100キロを1時間と計算することが多い。この感覚でいえば、サイゴン―フエ間は自動車で10時間というところだ。ところが、南北線と呼ばれるこの鉄道では約18時間かかる。1930年、東京・大阪間(約500キロ)を特急列車「燕(つばめ)」が約8時間20分で結んでいたが、それと同程度のスピードということになろうか。

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ゆったりと走る南北線

それにしても、18時間の旅程は、短期間の滞在者には向かない。出発点のサイゴン駅では、ドイツ人女性の2人組や欧州系の家族を見かけたが、日本からのツーリストは少ないかもしれない。

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「列車が来なければ、線路もご自由に」という感じの使われ方。線路をバイクで走り去る人もいた

さて、私たち夫婦と娘が乗ったのは6人分のベッドがあるコンパートメント。冷房は効いている。しかし、乗車した列車のトイレは垂れ流しのように見えた。南北線を運営するベトナム国鉄は、2020年までに南北線を含む全線のトイレ環境の改善を国から命じられていて、排泄(はいせつ)物を水を使わずに処理するバイオトイレの導入を進めているらしいが、日本の国鉄時代を知る筆者にとっては、懐かしさを感じる。「ベトナムは日本の1970年代のような感じ」と評した人がいたが、腑(ふ)に落ちる。

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車窓から撮影。人々の暮らしや土地利用の様子、自然の美しさを堪能できる

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電車は走っていても、ゆったりとした速度のおかげでベトナムの自然や人々の生活が垣間見える。停車駅では物売りの女性が待ち受けていて、窓越しに販売を始めたりする。意外なところに最先端の発電所らしきものが見えてくることもある。

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停車駅での様子。物売りの女性が外から熱心に声をかけてくることもある

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車窓に現れた最新の発電所施設とおぼしき建造物

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明け方に停車したキムリエン駅。人々の朝の様子が垣間見える

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長旅には人との交流がつきもの?

長旅は現地の人となにがしかの交流がおこる。フエへ向かうときは、私たちのコンパートメントには現地の人たちが同乗していたが、1人の中年男性は娘に皮をむいたみかんを分けようとした。1970年代の日本の地方列車にありそうな風景だ。ただこの男性、しょっちゅうかける携帯電話の声が大きい。これには閉口した。

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フエ駅。植民地時代にフランスによって作られた。到着したとたん、タクシードライバーが客引きの声をかけてくる

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フエ駅構内に貼られたポスター。共産圏特有の色彩やデザインだ

ホーチミンへ戻るときも、同様のコンパートメントに乗車。このときは中高生ぐらいのスポーツの学生グループが同乗。都市部の子どもたちであろうか。皆わりとさっぱりした雰囲気である。そのうちの1人が、妻の姿を見るなり、たどたどしい英語で自己紹介をし、英語で少し話したいと言い出した。

だが、こちらはひどく疲れており、「好奇心と向上心は買うが、今は勘弁してほしい」というのが本音だった。しかし少年はうれしそうに、「友達も連れてくるから」と級友を呼びに行った。「列車でパーティーになってしまうと、こりゃしんどいな」と妻と目配せした。

ほどなくして少年は友達を連れてきたが、彼らは恥ずかしいのか、めんどくさいのか、はたまた怖いのか、少年の手を振り切り、自分たちの席へ戻っていった。少年は「おい、行っちまうのか。えー、つまんない」といったようなことを言って去っていった。彼には気の毒だが、正直ほっとした。

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フエ駅のホーム。軽食も売られている

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“懐かしさ”の中にも“新しさ”を感じた旅

それにしても、ベトナムでは向学心のある若者を見ることが多かった。ホーチミンで泊まったホテルでは、大学生のバイトスタッフが仕事の合間に中国語を勉強していた。フエでのツアーについてきたガイドも学生バイトで、英語のブラッシュアップを兼ねているようだった。

こういう若者たちと巡り合ったのはたまたまかもしれないが、「1970年代の日本のようだ」という指摘には、若い国の若者の上昇志向も含まれているように思えてならない。最近はわからないが、日本でも欧米からの観光客に案内を買って出て、自分の英会話の練習をしようとする人がいたものである。

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フエ駅で写真撮影をする男性。鉄道などのインフラ整備はまだまだこれからだが、最先端の「消費端末」は中年の男性も使いこなす

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サイゴン駅に向かう列車がホームに入ってきた

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PROFILE

  • 「あの街の素顔」ライター陣

    こだまゆき、江藤詩文、太田瑞穂、小川フミオ、塩谷陽子、鈴木博美、干川美奈子、山田静、カスプシュイック綾香、カルーシオン真梨亜、シュピッツナーゲル典子、コヤナギユウ、池田陽子、熊山准、藤原かすみ、矢口あやは、五月女菜穂、遠藤成、宮本さやか、小野アムスデン道子、石原有起、高松平蔵、松田朝子、宮﨑健二、井川洋一、草深早希

  • 高松平藏

    ジャーナリスト
    ドイツ・エアランゲン在住。主なテーマは地方都市の発展。ドイツで取材・調査・観察を通して執筆活動を行っている。帰国時には自治体や大学などで講演・講義を行うほか、ドイツでも集中講義とエクスカージョンを組み合わせた研修プログラムを主宰している。ドイツ人の妻とは結婚して20年余り。著書に「ドイツの地方都市はなぜクリエイティブなのか 質を高めるメカニズム」(学芸出版社)などがある。

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