あの街の素顔

ドイツ屈指の観光地ポツダム プロイセン王国の宮廷文化を知る史跡7選

ドイツ・ブランデンブルク州の州都ポツダムは、「北のヴェルサイユ」とたたえられてきた風光明媚(めいび)な古都である。この地を治めていたプロイセン王国の絶大な権力を今に伝える宮殿や施設が多数ある。広大なサンスーシ公園の中にある、「大王」と呼ばれたフリードリヒ2世(1712~1786)が建造を命じたサンスーシ宮殿をはじめ、華麗な宮廷文化の面影を伝える七つの場所を巡った。
(文・写真:シュピッツナーゲル典子、トップ写真はサンスーシ宮殿)

1.大王の癒やしの場 サンスーシ宮殿

ドイツ屈指の観光地ポツダム プロイセン王国の宮廷文化を知る史跡7選

大王はわずか2年で夢の宮殿を完成させた

サンスーシ宮殿は、1745年から1747年にかけて大王が自ら設計に加わって建てられた夏の居城だ。内部は自然からインスピレーションを受けたロココ様式の装飾で飾られている。

ドイツ屈指の観光地ポツダム プロイセン王国の宮廷文化を知る史跡7選

花の間。自然と芸術を愛した大王の好みが反映されている

ベルリンの王宮で過ごしていた大王は、厳格だった父フリードリヒ・ウィルヘルム1世との衝突、気の進まない結婚、そして度重なる戦争と、憂鬱(ゆううつ)な日々を送っていた。そんな中、心労を癒やす唯一の場所としてこの宮殿を建て、妻エリーザベト・クリスティーネにも足を踏み入れることを禁じた。ちなみにサンスーシとはフランス語で「憂(うれ)いがない」という意味だ。

ドイツ屈指の観光地ポツダム プロイセン王国の宮廷文化を知る史跡7選

音楽の間。大王が吹いたフル―トをお見逃しなく

芸術や音楽に造詣(ぞうけい)が深かった大王は、ここで絵画コレクションに夢中になり、一流音楽家を招いて宮廷演奏会も開催した。自身もフルートを吹き、大王と共に演奏した宮廷音楽家の中には、大バッハの息子カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ の名前も見られる。

ドイツ屈指の観光地ポツダム プロイセン王国の宮廷文化を知る史跡7選

ジャガイモを普及させた大王の墓には常にジャガイモが供えられている

約300ヘクタールの広大なサンスーシ公園内に建つ平屋の宮殿は、こぢんまりした造りで、12部屋しかない。それでも大王にとっては夢の宮殿だった。35歳から亡くなる74歳までのほとんどをここで過ごした。

Schloss Sanssouci(サンスーシ宮殿)
住所: Maulbeerallee, 14469 Potsdam
https://www.spsg.de/en/palaces-gardens/object/sanssouci-palace/

2.ポツダム会談の舞台 ツェツィーリエンホーフ宮殿

ドイツ屈指の観光地ポツダム プロイセン王国の宮廷文化を知る史跡7選

1917年に建てられたツェツィーリエンホーフ宮殿

2020年は広島と長崎の原爆投下、そして終戦から75周年を迎える。太平洋戦争終結のシンボルともいわれるポツダム宣言をめぐる会談が行われたのがこのツェツィーリエンホーフ宮殿だ。

この宮殿は、かつてホーエンツォレルン家最後の皇太子ウィルヘルムが家族と住んだ家だ。55本の煙突や組み木が特徴の英国風ツェツィーリエンホーフ宮殿は、チューダー様式で1917年に建てられた。

第2次世界大戦末期、アメリカ、イギリス、ソ連の首脳会談がここで開かれ、欧州の戦後処理、そして日本への無条件降伏勧告などが話し合われた。会談が行われた部屋は、当時のまま保存され、一般に公開されている。2020年5月から11月、ここでポツダム会談75周年の特別展示会が催される。

Cecilienhof(ツェツィーリエンホーフ宮殿)
住所:Im Neuen Garten 11, 14469 Potsdam
https://www.spsg.de/en/palaces-gardens/object/cecilienhof-palace/

3.温室だった新迎賓館

ドイツ屈指の観光地ポツダム プロイセン王国の宮廷文化を知る史跡7選

オランジェリーは、宴会広間や来客のための迎賓館として改装された

ノイエ・カマーン(新しい小部屋)と呼ばれるこの館は、1747年にオランジェリー(温室)として建てられた。その後1771~1775年にかけて改装され、宴会広間や寝室を有する来客のための迎賓館となった。

ドイツ屈指の観光地ポツダム プロイセン王国の宮廷文化を知る史跡7選

迎賓館内は飾り気のない外観とは比較にならないほど豪華だ

サンスーシ宮殿同様、内部はロココ様式で装飾されており、なかでも、古代の胸像や女神たちを描いた天井画で彩られた中央広間の優雅なたたずまいは目を見張る美しさだ。

Neue Kammern von Sanssouci(新迎賓館)
住所: Park Sanssouci, 14469 Potsdam
https://www.spsg.de/en/palaces-gardens/object/new-chambers-of-sanssouci/

4.欧州人の想像が生んだ中国茶屋

ドイツ屈指の観光地ポツダム プロイセン王国の宮廷文化を知る史跡7選

中国風を想像して造られたユニークな茶屋

重厚な宮殿のあるサンスーシ公園内で、淡い緑と金色のひときわ目立つ円形の館がある。大王が1767年に建てさせた中国茶屋だ。まず目に入るのは、ベランダに立つ、お茶を飲んだり音楽を演奏したりする金色の中国人らしき像。じっくり観察してみると、大王も訪問したことのない世界の人物は、実際の中国人とはちょっと顔つきが異なり、ユニークだ。

ドイツ屈指の観光地ポツダム プロイセン王国の宮廷文化を知る史跡7選

内部には中国磁器が数多く展示されている

内部には、大王が収集した中国磁器が展示されている。大王はここをたいそう気にいり、食事をとったりお茶を飲んだりすることも多々あったという。

普段ザクセンのマイセン磁器を使っていた大王は、そのうちに自国の磁器を作ってみたいと考えた。1763年、王室の窯を設立し、それが現在のベルリン王立磁器製陶所である。

Chinesisches Haus im Park Sanssouci
住所: Am Grünen Gitter, 14469 Potsdam
https://www.spsg.de/en/palaces-gardens/object/chinese-house-in-sanssouci-park/

5.「ラファエロの間」があるオランジェリー宮殿

ドイツ屈指の観光地ポツダム プロイセン王国の宮廷文化を知る史跡7選

オランジェリー宮殿内外では1000種類の植物の管理と保存、栽培と展示を手掛けている

オランジェリー宮殿は1851年から1864年にかけて、プロイセン国王フリードリヒ・ウィルヘルム4世の命により建てられた。2つの塔をもつ中央館は、ローマにある別荘ヴィラ・メディチをモデルにして造られた。

ドイツ屈指の観光地ポツダム プロイセン王国の宮廷文化を知る史跡7選

ラファエロの間。複製とはいえ、絵画と室内の偉観に圧倒される

宮殿と呼ばれるのにふさわしい贅(ぜい)を尽くした部屋が多数ある。なかでも圧倒されるのは、イタリア絵画の複製が50点以上も飾られた「ラファエロの間」だ。絵画コレクションに夢中だったフリードリヒ・ウィルヘルム4世は、ラファエロの絵画をたいそう気に入り、オリジナル作品を買い求めたが、全く手に入らなかった。そのため、複製を飾ることにした。複製画とはいえ、高い天井のこの部屋に一歩足を踏み入れると、目もくらむような美しさに感激するに違いない。

Orangerieschloss (オランジェリー宮殿)
住所: An der Orangerie 3-5, 14469 Potsdam
https://www.spsg.de/schloesser-gaerten/objekt/orangerieschloss/

6.プロイセンの権威示す巨大さ 新宮殿

ドイツ屈指の観光地ポツダム プロイセン王国の宮廷文化を知る史跡7選

壮大な新宮殿はカメラに収まらない

サンスーシ庭園の西端にある豪華なバロック様式の新宮殿は、サンスーシ宮殿とは対照的に巨大だ。フリードリヒ大王の命でサンスーシ庭園内に建てられた最後の宮殿でもある。

1756年から始まった七年戦争で勝利した大王は、プロイセン王国の権威を示すかのようにスケールの大きい宮殿を造らせた。 建物の全長220m、中央の丸天井の高さは55mと迫力の大きさだ。

ドイツ屈指の観光地ポツダム プロイセン王国の宮廷文化を知る史跡7選

金銀の絹糸を織り込んだ組み紐(ひも)が壁に使われていることから「組み紐の間」と呼ばれるこの部屋は、演奏の間として使われた

内部は一部のみ見学でき、大王の収集した18世紀の芸術品が展示されている。部屋は200室以上あり、大理石の広間やロココ調の劇場もある。洞窟の間は貝殻細工の装飾が見事だ。

ドイツ屈指の観光地ポツダム プロイセン王国の宮廷文化を知る史跡7選

貝殻の部屋とも呼ばれる洞窟の間は、壁に2万個以上の鉱石やサンゴなどが埋め込まれている

Neues Palais (新宮殿)
住所: Am Neuen Palais, 14469 Potsdam
https://www.spsg.de/schloesser-gaerten/objekt/neues-palais/

7.丘の上にある幻想的な城

ドイツ屈指の観光地ポツダム プロイセン王国の宮廷文化を知る史跡7選

ベルヴェデーレとは“見晴らし”という意味で、見晴らしの良い場所に建てられた離宮のこと

ポツダム旧市街の北にあるプフィンクストベルクの丘に見えるのは、プロイセン国王
フリードリヒ・ウィルヘルム4世が建てさせた城、ベルヴェデーレ・プフィンクストベルク。建築家
カール・フリードリヒ・シンケルを起用して1847年から建設が始まり、完成したのは1863年だった。

ドイツ屈指の観光地ポツダム プロイセン王国の宮廷文化を知る史跡7選

中庭に足を踏み入れると、イタリア・シチリア地方のヴィラに迷い込んだような雰囲気だ

バルコニーへ登るとベルリンまで見渡せ、日が暮れ始めると、周辺は幻想的な雰囲気に包まれる。

ドイツ屈指の観光地ポツダム プロイセン王国の宮廷文化を知る史跡7選

日が沈み始める頃、バルコニーからは運が良ければベルリンまで見渡せる

Belvedere Pfingstberg
住所: Pfingstberg, 14469 Potsdam
https://www.pfingstberg.de/en/

18世紀から20世紀初頭にかけてプロイセン王国の君主たちが建造した建築物や公園は、
ポツダムとベルリンの宮殿群と公園群」として、世界遺産に登録されている。

ポツダムは、ベルリンから電車で30分ほどでアクセスできるため、ベルリンに泊まってポツダムへ日帰り、せいぜいポツダムで1泊、という観光客が多いようだ。短時間でサンスーシ宮殿とツェツィーリエンホーフ宮殿、そして市内やオランダ街散策、が典型的な行程らしい。筆者も過去のポツダム滞在では、時間の余裕がなく、典型的なルートしか回ったことがなかったが、今回はポツダムに3泊してじっくり見学することができ、大満足だった。

ドイツに旅する機会があれば、ポツダムにゆっくり滞在して宮廷文化を楽しむのはいかがだろう。

【取材協力】
ドイツ観光局
https://www.germany.travel/jp/index.html

ベルリン=ブランデンブルク・プロイセン宮殿および庭園財団(SPSG)
https://www.spsg.de/startseite/

ブランデンブルク州ツーリズムマーケテイングGmbH
https://presse.reiseland-brandenburg.de/ 

ポツダムマーケティングサービスGmbH
https://potsdam-marketing.de/

PROFILE

  • 「あの街の素顔」ライター陣

    こだまゆき、江藤詩文、太田瑞穂、小川フミオ、塩谷陽子、鈴木博美、干川美奈子、山田静、カスプシュイック綾香、カルーシオン真梨亜、シュピッツナーゲル典子、コヤナギユウ、池田陽子、熊山准、藤原かすみ、矢口あやは、五月女菜穂、遠藤成、宮本さやか、小野アムスデン道子、石原有起、高松平蔵、松田朝子、宮﨑健二、井川洋一、草深早希

  • シュピッツナーゲル典子

    ジャーナリスト
    英米文学部卒業後、ドイツ企業に勤務したのが運のつき。そこでドイツ人の夫と知り合い結婚し、渡独。寄稿先は論座(Web)、「AERA」、「世界」、日本新聞協会、共同通信、日経BPなど。市場調査やテレビV撮影コーディネート・見本市通訳も。ドイツ人へのインタビューが好き。共著に「世界が感嘆する日本人」。日本通運欧州版月間情報誌では2007年よりドイツを中心に欧州の旅のスポットを紹介中。

新潟市内、“新たな食”をめぐる旅[後編]

一覧へ戻る

ミシシッピ川が育んだ、食と音楽のミックス・カルチャー ルイジアナ

RECOMMENDおすすめの記事