心に残る旅

入江悠さんのネパール 旅して初めて知った親心

いつもと違う場所で風に吹かれた経験は、折に触れて思い出すもの。そんな旅の思い出を各界で活躍するみなさんにうかがう連続インタビュー「心に残る旅」。第14回は、医療AIによる命の選別をテーマにした映画「AI崩壊」の監督、入江悠さんです。
(聞き手・溝上康基、写真・鈴木厚志)

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40代を前に両親とネパールへ

入江悠さんのネパール 旅して初めて知った親心

――ヒットメーカーとして多忙だと思いますが、心に残っている旅の思い出をお聞かせください。

「一人旅が好きで、30代に入ってからは、映画を1本撮り終えるたびに、海外へ出かけています。まだ一度も行ったことのない国へ行くことを習慣化しています。理由は、頭を一度、ゼロの状態にリセットするため。また、次の作品の準備、その勉強のためです。これまで計15カ国ぐらい訪れているでしょうか。約10年、一人旅を続けてきましたが、実は2年前、もうすぐ40歳になるのを契機に、初めて両親を誘って3人でネパールへ行ってきたんです。とても思い出深い旅になりました」

――なぜ、家族での旅行先にネパールを選んだのですか。

「私の両親は埼玉県に住んでいるのですが、海外からの移民がとても多い地域なんです。父が、地元の企業に出稼ぎに来ているネパールの人たちと仲良くなり、ネパールに興味を持ったようで、それなら、行き先はネパールにしよう、と家族で決めました。これまで私自身、アジアが好きで、タイやフィリピン、マレーシア、カンボジアなどを旅してきましたが、ネパールへは、まだ一度も行ったことがなく、ずっと興味がありましたし」

――どんな旅だったのですか?

「それまで、私はネパールの知識がほとんどなかったので、まず、どんな文化圏なのかを知りたかった。ネパールは中国とインドの間にあり、そこで培われてきた〝ハイブリッド(融合された)な文化〟は、とても興味深かったですね。母と一緒に寺院を見学したり、カトマンズの街を散歩しているだけで、その独特の空気を感じることができて楽しかったです。カトマンズは首都なのですが、未舗装の道の上を、土ぼこりを巻き上げながら巨大なトラックが走り、タクシーに乗るときは運転手と料金を交渉しなければならない……。古き日本の昭和のような空気が流れていました。これまでバックパッカーの不便な一人旅にも慣れているつもりでしたが、久々にアウェー感を味わうような旅でしたね(笑)」

「AI崩壊」のヒントも得られた

入江悠さんのネパール 旅して初めて知った親心

――ご両親との旅は、一人旅とは違いましたか。

「両親も旅が好きで、幼い頃はよく家族旅行をしていました。とくに母は家族の中でも一番の旅好き。よく1人でスキーなどへ出かけていましたから。でも、大人になってからの久々の家族旅行でしょう。今まで、お互いに聞けなかったことも、旅先の食事中などにゆっくりと話すことができましたね。この旅から帰った後に撮影を始めたのが新作映画の『AI崩壊』だったんです。主人公は、娘を持つ父親。私の作品の主人公で、家庭を持つ父という設定はこれまでなかったので、子育てをする父の思いについて、私の父から直接、じっくりと聞き出せる、いい機会になりましたね」

――「AI崩壊」で、大沢たかおさんが演じた主人公、桐生浩介は科学者であり一人娘の父でもあります。入江監督は〝実の父〟から桐生の父親像を作っていたのですね。

「ちょうど、大沢さんに、父親役をどう演じてもらおうかと、設定について悩んでいた時期でもあったんです。父親とは子育てについてどう考え、何を悩むものなのか? このネパールでの家族旅行で、父が、私の子供時代、育て方についてどう考え、悩んでいたのか……。これまで聞けなかったそんな話を、初めて聞くことができました」

「映画監督になる」を見守ってくれた両親

入江悠さんのネパール 旅して初めて知った親心

――入江監督は、地元・埼玉の高校に通っている頃、映画にのめり込み、映画監督を目指しますね。

「そうです。私は高校時代に映画の道へ進もうと決意し、その後も、ずっと映画と心中する覚悟でした。父はサイエンスライターで、母は数学の中学校教諭です。父も母も、映画監督になりたいという息子の夢に反対もせず、何も言わずに、ずっと支えてくれていました」

「私は20代の頃、親のすねをかじって映画を撮っている時期がありました。当時、父も母も本心では、『映画の道で息子は本当にこれから食べて行けるのだろうか?』と思っていたらしいです(笑)。私の仕事や将来について心配しながらも、それでも私のことを信じて応援し続けてくれていたのだという真の親心を初めて知ることができました。そんな話を両親から聞けたのも、この旅のおかげです」

――これまでの旅で得た経験や知識は、映画作りに影響を与えていますか?

「たとえば、『AI崩壊』の中で、大沢さん演じる桐生は、AI医療の研究者として日本で成功をおさめた後、シンガポールへ移住します。これは私が以前、シンガポールを旅したときの経験から得た知識を使っています。シンガポールはアジアの中で経済都市として大きな発展を遂げ、世界で成功した人たちが、移住したいと考える国であると知りました。実際に自分が現地を訪れて得た知識を、映画の脚本の中に生かせることがありますね」

サバイバル能力が研ぎ澄まされる海外旅

入江悠さんのネパール 旅して初めて知った親心

――海外を旅する魅力とは、どこにあるのでしょうか?

「日本にいたら気づけないことも、海外に出ることで初めて知ることができる。たとえば日本ではコンビニなどで買い物をし、まったく会話せずに一日を過ごすこともできますが、コンビニのない国ではそうはいきません。言葉が通じなければ、身ぶり手ぶりを駆使して意思を伝えないと買い物もできない。コミュニケーション能力が問われます。バックパッカーとして旅に出掛けるのが好きですが、そんな旅では日本で身につけた自分の立場もテクノロジーなどもまったく意味がありません。頼れるのは自分の身一つで、個の力が問われる。そういう環境の中に身を置いて一人旅をすることで、人が生きていくために本当に必要な生命力、サバイバルの能力が研ぎ澄まされるのではないかと思っています」

――将来、旅してみたい国はありますか?

「いつか、トルコに行ってみたいですね。私は歴史が好きなのですが、トルコはオスマン帝国の時代に世界の覇権をとった国。その歴史や伝統が残る街並みを見てみたい」

INFORMATION

入江悠さんのネパール 旅して初めて知った親心

入江悠さんが監督・脚本を務めた映画『AI崩壊』が全国公開中。

2030年。天才科学者、桐生浩介(大沢たかお)が開発した医療AI「のぞみ」は、全国民の個人情報と健康を管理していた。しかし、突然、「のぞみ」が暴走。日本中がパニックに陥る中、桐生はAIを暴走させたテロの容疑者として追われる身となる。

出演:大沢たかお 賀来賢人 広瀬アリス 岩田剛典 高嶋政宏 芦名星 玉城ティナ 余貴美子 松嶋菜々子 三浦友和
公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/ai-houkai/
配給:ワーナー・ブラザース映画
©2019 映画「AI崩壊」製作委員会

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PROFILE

旅する著名人

家入レオ、ふかわりょう、HARUNA(SCANDAL)、福士蒼汰、加古隆、池内博之、吉田戦車、清水尋也、しりあがり寿、高畑充希、松本穂香、江國香織、為末大、入江悠

入江悠

映画監督

1979年横浜市生まれ。日本大学芸術学部卒業。2009年、自主製作映画「SR サイタマノラッパー」で一躍、映画界注目の監督に。2015年に「ジョーカー・ゲーム」、2017年に「22年目の告白―私が殺人犯です―」が大ヒット。新作「AI崩壊」が1月31日に封切られた。

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